Travel through Architecture by Taka Kawachi
日本を代表するホテルロビー ホテルオークラ東京 河内タカ
東京虎ノ門にある「ホテルオークラ東京」。本館が建て替え工事のために2015年8月31日に閉館した際、和の伝統美とモダニズムを融合させたメインロビーの消滅を惜しむ声が国内外から上がり話題となったことがあった。僕自身も時が止まったような黄昏色の雰囲気を心に刻むべく足を運び、「あぁ、これで見納めなんだなぁ」と名残惜しく家路についた思い出がある。それから4年の歳月が流れ、新しく名前が変わった「オークラ東京(The Okura Tokyo)」は2019年9月に開業したわけだが、その時まったく予想しなかった奇跡が起こったのだ。永遠に失われてしまったと思われたあのロビーが、オークラプレステージタワーの5階にほぼオリジナルのまま再現されていたのである。それは誰もが狐につままれるような出来事だったはずだ。
あとで知ったのだが、この時の建て替えにあたってホテル側には一貫した方針があったという。それが次の時代に継承できる「日本の伝統美」の表現であり、その軸となったのがホテルの象徴であった本館メインロビーの再現だったというのだ。そして、この肝煎りとみえるプロジェクトに起用された建築家が、かつてのロビーの設計を手がけた谷口吉郎(1904-1979)の長男・谷口吉生(1937-)だった。親子の間で設計が継承される例はほとんどなかったと思うのだが、谷口は父親が残した半世紀前の意匠を、現代の建築基準法に則りながら、ときには異なる素材を用いて忠実に再現するために様々な課題が沸き起こったことは容易に想像できる。
その入念な取り組みは報われることとなる。新装されたロビーはかつての総面積より2割ほど広くなったばかりか、以前と変わらぬ柔らかな採光に包まれ、まるで生き写しのように見事に蘇ったのだ。漆塗りの丸テーブルの周囲には梅の花の形になるように5脚のラウンジチェアが色ごとにゆったりと置かれた。さらに訪れる者たちを喜ばせたのが、天井から吊り下げられた「オークラ・ランターン」の復活だ。これは金糸等を挟み込んだ五角形のアクリル板を10枚つなぎ、古墳時代に装飾玉として使われた切子玉をモチーフにしたものである。この明かりは以前も大きな役割を果たしていたが、白熱灯から新しくLED電球に替えられたが、変わらぬ優しい明りを昼と夜の時間帯によって異なる照度を切り替えながら、この空間の持つ奥ゆかしい和の演出を担っている。
聞くところよると、このホテルの建築美はもともと派手さよりも優美さを基調としていて、装飾にしても光琳の豪華絢爛さではなく、光悦や宗達らに見られる江戸期の侘びや寂びに通じる美意識を汲んだものなのだという。当然ながらロビーにおいても和の意匠や素材が随所に施されていることがわかる。例えば、外光をほのかに遮る麻の葉文様の美術組子は、釘を一本も使わず高度な技によって組まれた芸術品であるし、壁面を彩る屏風風の装飾も、京都西陣の龍村美術織物が手がけた純絹のつづれ織りによる四弁花文様も見惚れるほどの出来栄えだ。
ロビーに使われていた部材の色を調べていくうちに、創業当時からの経年変化に加え、喫煙によるヤニの色も加わり色の度合いがかなり変わっていたことが判明したようだ。しかしながら新築の真新しさだと、以前と比べて違和感を持ってしまうのではないかと考えた谷口は、開業から25年経った頃の色味を想定した空間を目指したのだという。これはかつての雰囲気を取り戻すために、谷口たちがいかに細心かつ緻密な工夫を施したかが分かるエピソードで、ここがどれほど特別な空間であるかが理解できるはずだ。もしまだ「オークラ東京」を訪れたことがなければ、是非足を運んでいただき、和の美とモダニズムが融合した美しい空間にじっくりと浸ってみてはいかがだろう。
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真、建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち1&2』などがある。
Text Taka Kawachi | Photo The Okura Tokyo | Edit Yutaro Okamoto |