ART THIS NEIGHBORHOODʼS CHANGED NATE LOWMAN

シュプリームも共鳴する ネイト・ロウマンの社会風刺

ギャラリーコモンで開催された個展「This Neighborhood’s Changed」の一部(2025年4月26日から5月25日まで)。十字架をかたどった絵画作品『Stay Out』(2024)は工事現場で使われる配管ラベルを素材とし、機能中のパイプには「STAY」、撤去可能なパイプには「OUT」と記される。カトリック文化の影響が強いアート界に対する皮肉であり、「こんな世界に入ってきたい人はいるのだろうか?」と疑問を呈している。

アメリカ史上最悪の自然災害の一つと言われる2005年のハリケーン・カトリーナや、2025年の年明けにロサンゼルス一帯を襲った山火事、自然破壊が叫ばれるゴルフコース開発、そしてキリスト教を連想させる十字架まで。アメリカの歴史的事件や社会的問題を痛烈に社会風刺しつつ、ポップアートのように表現された作品群。手掛けたのはニューヨーク現代アートシーンを代表するネイト・ロウマン。シュプリームとのコラボレーションアイテムで彼のシグネチャーである「弾痕と花」を目にした人も多いのではないだろうか。彼のアートはなぜ我々の心を掴むのか。日本で初となる個展開催のために来日していたネイトに話を聞いた。

時代が変わっても
忘れてはいけない普遍的なこと

ネイトの作品の特徴は、先にも書いたがシリアスでアイロニカルな社会風刺テーマとポップな表現のバランスにある。そんな“ネイトらしさ”はどのようにして生まれたのだろうか。「幼い頃からアートが身近にあり、表現活動は生活の一部でした。しかし大学を卒業して2ヶ月後に9.11同時多発テロが起こり、自分はこれから何をしていくべきなのかがわからなくなってしまった。生きている時間を少しも無駄にはできないと思うようになりました。余計な装飾や意味のないことに時間を使うのではなく、自分の経験や考えだけを表現しようと決めたのです。
例えばハリケーン・カトリーナをテーマにした作品を例にすると、あれほど悲劇的な災害はそうありませんでした。ましてや当時の政府の救命活動の無力さも大きな問題でした。アメリカが国として抱える多くの問題を浮き彫りにしたハリケーン・カトリーナを、どのようにすれば作品として成立させられるかと考えたんです。出来上がった作品は毒ガエルのような狂った色の組み合わせになりましたが、普通は考えつかないような色合いになり、だからこそ挑戦する価値があった制作でした。あまり見栄えのよくないものや災害といったテーマをいかにして美しいと思わせるか、興味を持たせるかを表現方法として意識しています」。
空想ではなく、事実に正面から向き合い表現するネイト。毎日異なる5社の新聞を読んでいるようで、社会に対するアンテナを常に張っている。だが取り上げるテーマは現在から何十年も前までと時系列はバラバラ。「今朝のニュースをすぐに作品に落とし込むことはないですね。2年前のニュースを取り上げることもあれば、制作してから10年後に作品として発表することもあります。現実社会のスピードに合わせて制作するのではなく、ゆっくりと自分の中で時間をかけてテーマに向き合い、時代が変わっても忘れてはいけない普遍的なことを題材にするんです」。一瞬でニュースが世界中に拡散され、情報が氾濫する現代。意識しなければ情報の洪水に飲み込まれかねないからこそ、ネイトはゆっくりと時間をかけて情報を精査し、重要な出来事をすくい上げる。そしてアートという形に変換し、その出来事の重要性を世に訴えかけているのだ。

ロサンゼルスの山火事を描いた作品。炎に包まれたヤシの木が当時の悲惨な状況を想像させながらも、美しいと感じさせる絵画作品に落とし込まれている。
アプロプリエーションを通じて
未知の世界を知る

ネイトが用いる表現手法の一つに、アプロプリエーションがある。アンディ・ウォーホールの『マリリン・モンロー』や、リチャード・プリンスがマールボロのパッケージを複写して生み出した『無題(カウボーイ)』に代表される既存のものを引用する技法であり、大量生産・大量消費の社会から生まれたアメリカンポップアートらしい表現でもある。ネイトはなぜこの手法を使うのだろうか。「私はゼロから想像を膨らませて絵を描くことはしません。幼い頃から存在しないモンスターやドラゴンを描いたこともありませんでした。世界にすでにあるものに反応し、解釈をしたいんです。そうすることでさまざまなテーマにアクセスし、未知の世界を知ることができます。例えば私はウィレム・デ・クーニングが描いた『マリリン・モンロー』をアプロプリエーションした作品を制作しました。ウィレムは抽象主義作家としてアブストラクトな作品を多く制作しましたが、なぜマリリン・モンローだけは具体的に扱ったのかと疑問に思ったのです。そしてアプロプリエーションを通じて彼が考えていたことを理解しようとしたのです。何度も何度も模写をして描き重ねていくことで、ウィレムが考えていたであろうことが少しずつ分かってくる感覚がありました。アートは主観的な活動ですが、アプロプリエーションをすることで他者の主観を知ることができる。その経験や学びは自分の思考の財産にさえなるのです」。時代を超えて語り継ぐべき出来事を精査し、アートという名の弾にして社会に撃ち込むネイト・ロウマン。彼のメッセージは、これからも見る者の心に弾痕の如く刻まれていくだろう。

Upper Right
ネイトが自身の身体に唯一刻んだタトゥー。彼が描いたデザインを盟友であるアーティスト、ダン・コーレンが彫ったもの。皮肉溢れるモチーフにネイトらしさが溢れている。

Bottom Right
日本での展示に合わせてシュプリームとのコラボレーションでローンチされたVANSとのトリプルコラボレーションシューズ。シュプリームとは20年近くコラボレーションを重ねており、「シュプリームほど自由な発想と姿勢で長く活動しているブランドはそうそうないと思いますね。私のアートがスケートボードやシューズなどにプリントされることで、アート界だけでなく、もっと若くて広いカルチャーと繋がり、手に取ってもらうことができました」と感謝とリスペクトの言葉を口にした。

ハリケーン・カトリーナの衛星画像の色調を変えた作品。「毒ガエルのようだ」とネイトは言う。調和ではなく、不調和に美しさを見出そうと挑戦した作品であり、「一般的な美しい芸術」に対するカウンターメッセージでもある。

ネイト・ロウマン
1979年ラスベガス生まれ。2000年代初頭より絵画や彫刻、インスタレーション作品などを制作。ニューヨーク近代美術館、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館、ポンピドゥー・センターなど、世界的美術館で展示されている。

Photo    Yuki HoriTranslation    Kosuke AdamText & Edit    Yutaro Okamoto

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