Photography to the future by Tsuyoshi Noguchi
野口強がスタイルを学んだ アウグスト・ザンダーの写真

20世紀初頭のドイツで生きた人々を、職業や階層を超えて記録したアウグスト・ザンダーの代表作。羊飼いから教師、労働者から芸術家まで、社会を映し出す膨大なポートレートは、単なる写真を超えた“時代の肖像”といえる。装い、仕草、佇まいから当時の空気が立ち上がり、100年を経た今もなお、ファッションや生き方の本質を問いかけてくる。
一冊を通して見えてくるスタイル
野口強
現代におけるジェントルマン的思想を体現するファッションとスタイルを提案する本誌のテーマに関連して、今回の写真集連載ではセレクターを務めるスタイリストの野口強にその価値観を学べるものはなんなのかを聞いた。迷うことなく、本棚から取り出した1冊がアウグスト・ザンダーの代表的名著“CITIZENS OF THE TWENTIETH CENTURY(邦題:20世紀の人間たち)”だ。羊飼い、農夫、鍛冶屋、教師など、20世紀のドイツで生きるあらゆる人々を記録することを目的に撮り溜められた膨大な数のポートレート集をまとめた本書は、写真集であると同時に約100年前の人々のスタイルを記録した百科全書ともいえる存在である。リアリティを追求したファッションスタイルを提案し続ける野口にとってもこの1冊はまさに教科書のような存在であるという。
「いくら着飾っても、中身が粋じゃなかったら意味がない。かといって、いくら中身が粋でもTPOを理解していなければ台無し。いい店にTシャツ、短パンでなんて行けないでしょう。だからこそ、正装の基本を知っているということは大切で、ジェントルなコーディネートの参考にできる写真集ということであれば、やはりこの1冊は外せない。1920年代の人々の装いを見ると驚くほど洒落ているし、今見ても全く古びていない。つまり、ファッションの基本は変わっていないんだよね。だから本当の着方を学ぶには、こういう写真集に触れることが大事だと思う。当時の人たちは、スーツをどういう風に着こなしていたのか。ネクタイはどういうものか、靴は何を履いていて、懐中時計はどんなものを着けているのか……とページを通して見ていくわけですよ。スマートフォンで数枚の写真を見るだけでは本質的な部分はいまいち伝わってこないと思う。こういうスタイルを真似しようと思ったら、写真集で見る方がいい。1枚の写真だけじゃなく、1冊を通してみるからこそ、わかることがあるんじゃないかと自分は思う」。
当時の人々にとって写真を撮られると言うことは特別な行為だった。だからこそ、彼らは普段以上にきちんと装いを整えた。その多くはスーツ姿であり、そこに刻まれたスタイルは時代を超えて新鮮さを放っている。


「こういう写真集を見ていても思うけれど、スーツのスタイルはやっぱり格好良い。けれど、今の時代はスーツを着る機会も減ってきて、若い世代はテーラードから遠ざかっている。でも、スーツを着る機会を増やした方が楽しいんじゃないかと思う。もちろんカジュアルよりはルールが多いけれど、着ることによって学んでいくことは多い。例えば葬式でも、黒だったらなんでも良いというわけじゃない。本来はナローなスーツも、切れ込みの入ったベントもNGな訳で。そういうことを知っている人も少ないんだろうなと思う。ファッションスタイリストでも、ネクタイをしっかりと結べる人は減ってきているんじゃないかな。自分が若手の頃は、雑誌の仕事でもそういうことを学ぶ企画がかなり多かった。“フレッシャーズのVゾーン100提案”みたいなね。自分はそういうものをどこで学んできたというと、吉田克幸さん(ポータークラシック代表)や重松理さん(ユナイテッドアローズ創業者)のような先輩方や雑誌の編集長たちから教わることが多かったけれど、自分で学ぶとなると、こういう写真集からなんだよね」。
自由な価値観が広がる一方で、ファッションにおける「根本的な格好良さ」が見失われつつある現代。野口はこう語る。「本当に格好いいと思えるのは、中途半端ではなく、徹底したスタイルを持つこと。ザンダーの写真集を眺めていると、そのことを強く感じさせられるんです」。
野口強
1989年から、スタイリストとして長年国内のファッションシーンを牽引し続ける。ファッション誌や広告を中心に活躍し、多くのセレブリティからも信頼が厚い、業界の兄貴的な存在。ネットショッピングが普及している今でも、写真集は状態を確かめるため実際に書店で確かめてから購入している。
| Photo Masato Kawamura | Interview & Text Takayasu Yamada |












