Product for Feelin Good by Yataro Matsuura

手を温めるためのマグカップ 松浦弥太郎

日々の暮らしを豊かにするプロダクト
US navy corning
watch mug cup & Soup bowl

一見なんの変哲もなさそうなシンプルな白いマグカップ。よく見ると取っ手はなく、丸っこいシルエットが愛らしい。だが、これはなんと第二次世界大戦中にUSネイビーたちのために作られた、正真正銘の軍モノ。古いものが好きで、軍モノ好きでもあるという松浦が日常的に使うのがこのマグカップなのだ。

「このマグカップに出会ったのはもう15年くらい前のこと。ボストンから車で2時間くらい走ったところにある、ブリムフィールドという場所で行われる全米で最も大きなアンティークのフリーマーケットがあって、僕は古いものがとにかく好きなので、旅行がてら買い物をしに何度か足を運んでいました。ブリムフィールドでは、果てしなく地平線が見えるほど広い敷地内にアメリカ中のアンティークディーラーが集まり、古いものなら家具から衣類までなんでもあって。1900年代のアンティークもざらにあるようなアメリカを代表するフリーマーケット。全部を見ようとすると3日間くらいかかるような広さなので、みんなテントを張って寝泊まりしたり、車中泊をして巡る人もいたりするような規模なんです。僕は昔から軍モノが好きなのもあって、支給品を扱っているディーラーを覗いてみようとブースを訪れたらこれがあったんです。なんてことのないマグカップなんですけど、少し大きめで持ってみるとずっしりと重い。形もぼってりとしていて素敵だなと思っていたら、ディーラーの方が『これはウォッチマンズマグなんだ』と教えてくれました。話を聞くと、USネイビーが船上で使うためのマグカップで、見張りの人が手を温めるために使うものなんだと。普通のマグカップはコーヒーやお茶を飲んだりするために使うものなのに、これは見張りをする人が両手を温めるためにベストな大きさや形になっていることを知ってすごく魅力を感じたんです。普通だったら、見張りの仕事をさせるのに手を温めてあげよう、なんて発想をしないのですが、手を温めるためのマグカップが必要だと考えて、わざわざ作られているというのが素敵な話だと思いました」。

不安定な船上で使用するからこそ、揺れによって落ちても割れづらく両手を温めるのに適した取手のない形状。ずっしりとした重さも揺れで動きづらくするための工夫だ。材質はミルクガラスで、手作業によって作られているため、1つ1つの厚みや形も微妙に違うところも魅力。実際に淹れたてのコーヒーを注ぐとガラス製ならではの熱伝導性が高く両手をしっかりと温めてくれる。

「朝にコーヒーを飲んだり、昼間にお茶を飲んだりと自分専用で毎日のように使用しています。マグカップを買った時に一緒に紹介されたスープボウルも使い勝手が良くてグラノーラを入れたり、ドライフルーツやナッツを入れたりして使っています。軍モノは丈夫で機能美に溢れているところに惹かれます。USネイビーのラインが入ったカップやボウルはよくあるんですが、このマグカップのようなシンプルなものは少ないですよね。それに、ブリムフィールドまで行って、出会って買ったというストーリーもあるので、使う度にその時のことを思い出したり。そういうものって愛着が湧きますよね」。

Left アメリカ最大級のガラス製品メーカーであるコーニング社の刻印が施された裏面。刻印の真ん中には、吹きガラス職人の絵が描かれており、個体差によって文字が読みづらかったりというディティールも面白い。
Right 両手ですっぽりと包み込むように持つことのできる形状。熱伝導性の高いミルクガラスによって瞬時に両手を温めてくれる。

松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。

Photo  Kengo ShimizuInterview & Text  Takayasu Yamada

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