Hideki Tohno (PHIGVEL Designer)
15年経っても飽きない この一本があれば十分 東野英樹 (PHIGVEL Designer)
初代オーナーが特注したグレーの文字盤に、数字の縁を色付けして視認性を持たせたダイヤル、オレンジ色の針、トリプルデイト機能、そしてクロノグラフ。自社の職人が作り上げたアンジェラスは、温かみと丁寧さを一際強く感じる稀有なマニュファクチュールなのだ。
道具として使い続ける
「15年前に買ったときから変わらずずっと気に入っています」。そう笑顔をこぼしながら愛機のアンジェラスを眺めるのは、ニュークラシックをテーマにした上質なものづくりが支持されるフィグベルの東野英樹。アンジェラスは1891年にスイスで生まれ、自社で時計のムーブメント開発から完成までを一貫して行い、さらにはクロノグラフムーブメントをも設計していた伝説のマニュファクチュールだ。輝かしい功績を誇りながらも、現在では知る人ぞ知る幻のブランドとなったアンジェラス。東野はどのようにして出会い、魅了されたのだろうか。「友人に連れられて行ったお店で偶然見つけたんです。時計にすごく詳しいわけではなく、アンジェラスのことを当時は知らなかったのですが、グレーの文字盤にクロノデイトというシンプルな佇まいに惹かれました。あまり知られていないマイナーなブランドであることもよかった。買ってから毎日のように着け続けていますが、当時と変わらないぐらい今も気に入っています。お店の人に聞いた話によると、グレーの文字盤がとにかく珍しいみたいです。アンジェラスは小さなメーカーだったので個人別注にも対応していたようで、僕の時計も誰かが個人オーダーした特注品なのではないかと話していました。38ミリのサイズもごつく見えすぎることなくちょうどいい。秒針はオレンジ色のため視認性が高く、トリプルカレンダーであることも実用的です。道具としての機能性がよく考えられていて、ヴィンテージであることを気にせず毎日使っています。オーバーホールをしたのは15年間で一回ほどです。腕時計は車と同じで、常に使って動かし、錆びさせないことが大切です。そもそも道具なので使わないと意味がないですよね。良いものは使った分だけ応えてくれますし、飽きることもありません。この一本さえあれば僕は十分なんです」。
知る人ぞ知る腕時計
時間を知るための道具として機能を果たし、長く愛せる無駄のないデザイン。腕時計に求める条件はそれで十分だ。東野は15年間ほぼ毎日このアンジェラスを身につけているが、腕時計はほかに2本を持っているようだ。アイテムとして重要なことはシーンに合った機能であるかどうかと話す。「ストーヴァというドイツメーカーの40年代のスクエアのドレスウォッチを持っています。あとは現行のハミルトン。僕はフライフィッシングをするのですが、ハミルトンの腕時計は防水かつソーラーパネルなので機能的なんです。それら3本を今は使い分けています。でもメインはやはりアンジェラス。以前この時計を着けて街中を歩いていたら、海外の方に突然話しかけられることがありました。『それアンジェラスだろ?見せてくれ』と。立ち止まっているときでもなかなか気づかれることのないアンジェラスですが、歩いていた瞬間にそれだと気づくほど熱狂的なファンもいるブランドだということもおもしろいなと思いました。知る人ぞ知る存在だからこそ、好きな人同士で通じ合う何かがあることも魅力です」。「この一本があれば十分」と心から言える腕時計に巡り合うためには、知名度や情報を頼りにするのではなく、いかに自身の直感を信じて手に取ることができるかに尽きる。幻のブランド、アンジェラスにはそう思わせるタイムレスな美しさが宿っており、東野が作るフィグベルのものづくりにも通じるものを感じた。
東野英樹
2002年にフィグベルを立ち上げる。「ニュークラシック」をコンセプトに掲げ、ワークやミリタリーなどヘリテージなアイテムを再解釈したものづくりを行う。今年の5月には愛媛県松山市に旗艦店「プロッド」の3店舗目をオープンさせた。
Photo Masato Kawamura | Interview & Text Yutaro Okamoto |