Yataro Matsuura
松浦弥太郎が選んできた ヴィンテージロレックス
松浦が過去に所有していた1963年製のエクスプローラー1 “Ref.1016”タイプ2。こちらはミラーダイヤルでSCOC表記
の下にアンダーラインが入った希少なタイプである。
Photo Yataro Matsuura
エクスプローラー1で始まり
エクスプローラー1で終わる
もの選びの名手として、生活に寄り添う良質なプロダクトを多くのメディアで紹介し続けてきたエッセイストの松浦弥太郎。彼も腕時計の魅力に魅せられ続けている1人だ。過去には本誌でも貴重な“コメックス(※ロレックス社が潜水作業専門業社であるコメックス社のために制作したシードゥエラー)を紹介し、腕時計の魅力について語ってくれたことがある。「自分にとって腕時計とは、時間を見ることよりも、機能的な道具を身に付けているという少年心のようなものがある。そして、腕時計を着けていると時間の使い方を大切にしようと思う」と聞かせてくれた話は今も心に残る深い内容だった。その取材から4年が経ち、いま彼はどういった腕時計を着けているのか聞くと、答えはやはり、ヴィンテージのロレックスであった。松浦がヴィンテージロレックスの魅力に気づいたのは、20歳になった頃だという。
「その頃から自分のスタイリングというものを少しずつ楽しみ始めていました。着るものというのは1つの自己表現ですよね。そういう意味で、自分がしたいスタイリングを考えた時に、ジャケットやシャツ、パンツ、靴、ベルトといったアイテムと同列に腕時計というものが当時から自然とありました。もちろん、時間を知る機能やアクセサリー的な要素というものもあるのですが、トータルコーディネートを考えた時に、腕時計というものは僕になくてはならないものなんです。腕時計がないと、なんとなくスタイリングが完成されない。そんな思いが当時からありました。その時にじゃあ『自分は何を選ぶのか』と考えると、真っ先にロレックスがあったんです」。
現在、松浦が着用しているというエクスプローラー1“Ref. 1016”マーク1。マットダイヤルで飽きのこない素朴なデザインは、多くのファンを虜にし続けている。
松浦は、10代後半の頃、多くの時間をアメリカで過ごした。たくさんの場所に行き、たくさんの人と出会っていく中で、格好良い大人たちはみんなロレックスをしていたという。そんな大人たちに憧れて、必死に働き、始めて手に入れたファーストロレックスは1940年代に作られた金無垢のバブルバック。リーバイスのヴィンテージ501®にブルックスブラザーズのボタンダウン、足元はコンバースを履いて、バブルバックを着けるというのが、その当時の松浦にとっての理想的なファッションスタイルだった。その当時から今でも装いはあまり変わらないという。
そうしてファーストロレックスを手にしてから、腕時計の魅力に惹かれていく中で、道具感のあるツールウォッチの存在が気になるようになっていく。そして、20代の終わり頃にスポーツモデルとして最初に買ったのがエクスプローラー1のRef.1016だ。
「エクスプローラー(探検家)という名前の通り、エベレストに登った登山家が着けていたストーリー(※1953年、エベレスト登頂という歴史的偉業を受けてエクスプローラー1は誕生した)の通り、男の夢が詰まっているようなイメージが当時からありました。デザイン的にも豪奢ではなく、非常にシンプルで洗練されています。時が経っても古さを全く感じない完成度の高いデザインです。カジュアルな装いにも相性がよく、例え、傷がついても気にならないという部分が、自分のライフスタイルにしっくりくると思い、その当時選んだ覚えがあります。そして、1016を買ってからロレックスのツールウォッチの魅力にハマっていきました。色々なものを買ったり、手放したりを繰り返し、欲しかったものは一通り買って着けてきました。その間に色々なことに気づいたり、学んだりしていくわけです。とてもマニアックで長い旅でした。その長い旅を通して、自分なりに学び切ったいま、最終的にまた1016に戻ってきたんです」。
ヴィンテージロレックスという長い旅路の途中で、松浦は冒頭でも触れたコメックスのほか、“デイトナ Ref.6240”や“デイトジャスト Ref.6305”、“GMTマスター1 Ref.1675”など多くの希少なモデルを所有してきた。価値のある腕時計をたくさん経由し、シンプルな1016に回帰したという遍歴はとても興味深い。
腕時計だけが目立つのは
バランスが悪いということ
「希少なロレックスは、見る分にはとても格好良いし、欲しくなる。ですが、そういうレアモデルをコーディネートの一部として自分が着用をしているとなぜかしっくりこないんです。腕時計というのは、自己紹介の1つでもあると思います。持っているうちに市場の価値が高騰すると、やがて身分不相応に感じたりもするわけです。腕時計は自己満足で楽しめば良いと思う一方で、時計だけ目立ってしまうようでは、バランスのいいファッションスタイルとは言えません。サブマリーナーやシードゥエラーといったモデルも好きなのですが、僕にとってはやや大きくて腕に着けると迫力があるように感じます。そういう風に、あれこれと比較していくと、やっぱり1016になるんです。1016からスタートしたロレックスのツールウォッチの旅を通して、色々な勉強をしてきたけれど、結局は1016に勝るものはなかったのです」。
常に2、3本のヴィンテージロレックスを所有しながら、買い替えてきた松浦。だが、いつも手元にあるうちの1本は1016だったという。1016を1つとっても、1959年から1989年(一説には1990年)まで続く長い歴史の中で様々なモデルが存在する。ケース、ダイヤル、針など様々な種類がある中で、どれを選ぶかという楽しみがあると語ってくれた松浦。取材の時に着用していたのは、ミラーダイヤルからマットダイヤルへと変更になった1969年当初のマーク1モデルだ。
「マットダイヤルと比べると、ミラーダイヤルは輝きがある分、やや派手なんです。それとヴィンテージ感が強い印象があります。このマットダイヤルのマーク1は、控えめで、エクスプローラー1の中でも一見そんなに貴重じゃないものに見えると思います。貴重じゃないものに見えるというのは、日常使いに合っているんです。僕は同じマーク1だけでもすでに5本は買い替えてきました。どうしてかと思われるかもしれませんが、ダイヤルのコンディションやケース、針、夜光のバランスが揃うことって滅多にないんです。いつもどこかにネガティブな部分がある。製造されてからもう60年近く経っているから、それは当然のことで、その間にどこかにネガティブが生じたり、修理されたりしますよね。新品同様に綺麗なものというのはあり得ないんです。でも、なるべく整っていてほしい。ケースに対してダイヤルや竜頭、針といった全てが同じ年代で時を経てきたものが良い。その理想に行き着くまでにあれこれと買い替えていったわけです。最初から究極というものは狙えません。出会いもあるし、まず見つからない。その中から自分が納得するものを見つけていくという楽しみもあるんです。1016も価格が上がった今、決して誰しもが買えるものではないかもしれません。でも、それは人それぞれの価値観です。デニムに百万円使える人もいれば、靴に何十万円と使う人だっています。何か1つ、自分が気に入っているものを毎日着けるというのは、結構気分が良いものです。時間を見るときに光の当たり方によって表情が変わったりすると、『ああ、格好良いな……』、『この腕時計にしてよかったな』と思います。この先も僕はこの1016を着けていくんじゃないかなと思うんです」。
松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。Silverでは毎号巻頭の連載“Product for Feelin Good”にて日々の暮らしを豊かにするプロダクトを提案する。
Photo Kei Sakakura | Interview & Text Takayasu Yamada |