Unique Watch Store 03 Eguchi Vintage Clothing, Watch & Watch Repair Shop

江口時計店が提案する 時間をかけて大切にしたくなるもの

日常にこそ美しい時計を

渋谷駅から少し足を伸ばした、松濤の閑静な住宅街に位置する江口時計店。セキュリティのため二重にロックがかかっている扉の内側には、名作と呼ばれる数々のヴィンテージウォッチが整然と並んでいる。取材のため店内に入ると、少し緊張感があり、静かな慌ただしさを感じた。それもそのはず、世界で最も長い歴史を誇る美術品オークションハウス、クリスティーズのバイヤーのアテンドで、ドバイの王族がプライベートジェットでこの店のために来日し、その買い物の最中だったのである。江口時計店の審美眼と信念に対する信頼は、国境を超えているのだということを知った。

店主の江口大介が目指すのは、“高級時計店”ではなく“一生ものを選ぶ場所”。元々はヴィンテージエルメスを中心に古着の卸をしていた江口のファッションとジュエリーを扱ってきた長年の経験が、時計のセレクトにも自然と活かされている。

Left 2階は江口がもっとも大切にしている「入門」のための空間。はじめてヴィンテージウォッチを手にする人でも、自分らしい1本に出会えるよう、価格帯もモデルも比較的手に取りやすいものを中心に揃えている。奥にはヴィンテージエルメスやバーバリーなどの古着も並ぶ。
Right 江口時計店で特にタンクが多く並べられているのは、江口がそれを愛してやまないためだ。繊細なシルエットとジュエリーのような品格を携えているタンクは江口の言うところの「美しさの第一線」に位置している。

「シンプルな服に、良い靴と良い時計を合わせる、それがスタイルの芯になると思っています。僕にとって理想は、ラフなチェックシャツでタンクを着けたアンディ・ウォーホルや、白いTシャツとリーバイスのデニムに、ローファーとカルティエを合わせていたダイアナ妃の姿。時計自体はジュエリーととても近い存在ですが、ジュエリーがスタイリングを格上げする存在であるのに対し、時計はファッションの外しとして機能する時に、最上級に格好良い見え方になる。ジュエリーは職人による造形だけで感動を与えられますが、時計は外装の美しさだけではなく、ムーブメントの構造や開発の背景にまで思いを巡らせることでよりその人に似合うものになると思います」。

彼が信念を持って薦めるのは、ドレスウォッチを日常に取り入れること。たとえば、アディダスのジャージにカルティエのタンクを合わせる。そんな自由で洒脱なバランスが江口の美学だ。決して贅沢さを前に押し出すわけではなく、上質なものを身につけることで、人としての本質が磨かれていく。江口時計店のセレクトには、その美意識が色濃く反映されている。

世界観の積み重ねが信頼になる

1階と2階で顧客層を分けた、ユニークな店の構成も江口時計店の特徴。2階は、時計ビギナーや20代の若い顧客が気軽に訪れられるフロア。ここでは、江口氏が「入門機としてもっとも美しい」と語るカルティエのタンクや、機能美の代表格・ロレックスのオイスターパーペチュアルを中心に提案している。一方1階は、住所や連絡先を登録した者のみが入店できるクローズドな空間。並ぶのは数百万円から数千万円に及ぶ、世界的に見ても希少なハイエンドモデルたちだ。前述したように、店には世界中から貴賓が訪ねてくるが、その理由は単に高級時計のラインナップを豊富に揃える販売店だからというわけではない。ヴィンテージウォッチに特化した修理部門が別拠点・吉祥寺にあり、6名の熟練技術者が常駐。入荷後すべての時計は丁寧なメンテナンスを経て、店頭に並ぶ。販売当時の仕様を極力残すことを基本方針とし、文字盤のリペイントなども行わない。大切なのは「時を受け継ぐ」こと。1本の時計に込められた時間や記憶を、次のオーナーへと引き継ぐ橋渡しの役割を担っている。そんな丁寧な仕事を続けているからこそ、世界中から信頼を得られるのだ。

2024年にオープンした松濤店は、吉祥寺時代に抱えていた、週末には列ができ、丁寧な接客が難しくなってしまうという課題を解消するため、完全予約制を導入した。落ち着いた空間で、1人ひとりのペースで時計を選ぶスタイルを徹底している。一方で、予約が取りづらいという声にも応えるべく、2025年7月には渋谷PARCOに新たな店舗をオープンするという。カジュアルに足を踏み入れることができる形態で時計との出会いのハードルを下げつつ、江口時計店の世界観をより多くの人に体験してもらうための場所。松濤と渋谷、それぞれに役割を分担する形で、新たな展開が始まろうとしている。

「時計は人生で最初に手にする“一生もの”になる可能性を持っているからこそ、時間をかけて大切にしたくなるものを提案したい。時計に限らず、ジュエリーも服も、ひとつのものを丁寧に選ぶという行為を通して、人は自分の美意識を育てていけると思うんです」。時計は壊れることもあるし、メンテナンスにも手がかかる。それでも、一度手にした時計が何十年も時を刻み続け、世代を超えて受け継がれていくこともある。そういう“一生もの”に出会うことで、美意識が育ち人生が豊かになる。江口時計店は、そんな時計との出会いの場として機能し続けていくことだろう。

Left 上の階に並ぶカルティエ タンク。時計の魅力や哲学に触れる最初の扉として江口が自信を持ってすすめる、選び抜かれた品が並ぶ。
Right Top 下の階に並ぶのは、五大ブランドをはじめとするハイエンドな時計たち。高級さそのものに価値を見出すのではなく、背景のストーリーを理解しその中でベストなものを買う、という思考を持った客が集う。
Bottom Left カルティエのヴィンテージリングの数々。「過度な装飾がなくても、曲線の美しさや質感のコントロールで感動を生んでいるのが素晴らしい」と江口は語る。
Bottom Right 店内に併設されている修理スペースに置かれた、時計の精度をチェックする機械。人間の腕の動きを再現し、さまざまな方向に回転し続ける。修理後の最終確認としてこの機械で7日間回し続け、異常が発生しないことを確認してから店頭に並べられる。

江口洋品店 江口時計店 松濤
東京都渋谷区松濤1-28-6 VORT渋谷松濤residence 1F
03-5422-3070
https://eguchi-store.jp/
※来店はHPからのアポイント制

Photo  Naoto Usami Interview & Text  Aya Sato

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