Learning from the Mountains

写真家・阿部裕介に聞く 山からの学び

自分にしか見えない景色がある

山好きにはマナーを心得たジェントルマンが多い。山に登ることは自然の中に溶け込んでいくことであり、色鮮やかな草花や生命力溢れる木々、たくましい野生動物や繊細な川魚、そして日々変化する季節の経過との触れ合いを通じて、「自然にお邪魔している」という気の遣い方を学ぶからなのかもしれない。山に登る魅力や気をつけるべきことを、山をこよなく愛する写真家・阿部裕介に聞いた。「アウトドアブランドのお仕事で、カリフォルニア州にあるヨセミテ国立公園やネパールなど世界中の山によく行かせてもらっています。特に標高が高い山に登り、アスリートやアイテムを撮影することが多いです。標高の高い山に登る魅力は、自分しかいない世界、自分にしか見えない景色があることだと思います。最近は1日に20キロを10時間かけてを歩くようなロングトレイルに挑戦することが増えてきました。友人に誘われてアパラチアントレイル(アメリカ東部のアパラチアン山脈に沿って約3,500kmの超ロングトレイル)に挑戦し、ロングトレイルの魅力にさらに気付いていきました。そのときは雪が積もっていたのですが、8日間ぐらい歩きました。ロングトレイルは、日本でいうところの高尾山のような山道を長く歩きます。冬の凍った山を登るには専門知識と経験が必要ですが、ロングトレイルは老若男女問わずできることも魅力。高い山に登る時は常に命の危険が隣り合わせでしたが、比べるとロングトレイルの方が精神的にもリラックスでき、山の景色や一緒に歩いている人たちとの会話を楽しめる余裕があるのも好きなんです。
僕が山遊びをする理由の一つに、“山を登っている人の表情を撮ること”があります。僕は写真家であり、景色だけを撮るよりも、その景色を見ている“人”を撮ることの方に楽しさを感じます。国によってハイカーのスタイルはガラッと変わるので、いろんな山を登ることが楽しいんです」。

マナーを知っているからこそ楽しめる

山登りに明確な楽しみを持っている阿部。今はロングトレイルを主に楽しみつつも、4000mを超える山にも足繁く通い、「山と生きる人々」を撮影し続けている。山をより楽しむためには、どのようなマナーを心得るべきなのだろうか。「当然のことではあるのですが、登る山のことをしっかり調べるに尽きます。基本中の基本ですが、意外にそうしない人が多いですし、それがどれだけ危険なことか。靴はコンバースだったり、ライトも持たずに夕暮れから頂上を目指そうとしたり。当たり前のことですができていない人は結構いるもので、山から降りられなくなったり、夜中に山小屋に救助の連絡が入ったりすることがよく起こっています。そんな登山者への対応が求められて山小屋の方達は夜も眠れないというのはマナー違反ではないでしょうか。僕自身の経験談への戒めでもあるのですが、山登りは自己管理が絶対的に必要です。そうでなければ、たった一回の登山が命の危険に関わります。だからこそ基本や前提をわかっていることが大切ですし、その基本の上でこそ楽しめる景色が広がっています」。前提やマナーを習得することの大切さ。阿部が話す心構えは、山登りだけでなく日常生活にも通じる。わきまえているからこそ探求できる楽しさがあるのだ。山ではそのようなシーンに多く巡り会えるからこそ、山好きにはマナーを心得たジェントルマンが多いと改めて確信できた。

アパラチアントレイルの道中の写真。アメリカ東部のジョージア州のスプリンガー山からメイン州のカタディン山にかけての14州をまたぐ3,500kmのロングトレイルで、北から下るか、南から上がるかのコースとなる。

アパラチアントレイルの道中で阿部がすれ違ったハイカーのポートレート写真。山で遊ぶことを心から楽しみ、解放された表情になっているのが印象的だ。3,500kmを踏破するものは、「スルーハイカー」と呼ばれる。
写真家・阿部裕介の山の必需品

Photo Taijun Hiramoto
1.Backpack by Zpacks
シンプルなデザインながら、軽量で極めて高い耐摩耗性と耐引裂性を誇る Ultra 100Xファブリックを使用したバックパック。中央のジッパーは大きく開閉でき、バッグの中に素早くアクセスできる機能性もある。長距離を背負っても疲れづらいのが魅力。
2.Jacket by THE NORTH FACE
必ず持ち歩くというザ・ノースフェイスのベントリックスジャケット。衣服内を適温に保つインサレーション機能に優れている。胸元に見える「Midnight Pizza Club」は阿部と友人たちの登山クルー名で、刺繍はネパール滞在時に現地で特注。
3.DCF Stuff Sack
超軽量でありながら高耐久性を実現した次世代の素材のDCF (ダイニーマ®コンポジット・ファブリック)を使用した阿部の手作りによる小物入れ。梱包袋として使いながらも、衣服を詰めて枕としても阿部は使っている。
4.Bug Net
バグネットは夏のロングトレイル必需品。歩行中も休憩中も蚊や小虫から頭部を守り、山小屋にいるときや就寝時も付けることでストレスを大幅に減らしてくれる。小さく軽量ながら効果は絶大で、水場での浄水や水汲み時にも欠かせない存在です。
5.Alcohol Stove by Batchstovez
手にすっぽりと収まる小型ながら、少量のアルコールでも2人用の調理器具などでも十分な火力を発揮する。ロングトレイルは複数人で行くのがベースであり、調理器具はメンバーで分担して持ち寄り、荷物の軽量化を考えることも魅力。
6.Emergency Blanket
体温の低下を防ぐための、軽量でコンパクトな防寒防水シート。体から放射される熱を反射・吸収して保温性を高め、汗をかくほど温まるという。風や雨も防ぐ目的でも重宝できる。
7.Trail Running Shoes by THE NORTH FACE
世界で最も美しい谷と呼ばれるネパールのランタン谷やアメリカのアパラチアントレイルで長距離を歩き続けた相棒、ザ・ノースフェイスのベクティブ。多層構造ソールユニットによる安定性と反発性で足をサポートし、高い耐摩耗性も備えている。
8.Bag by Hilltop Packs
DCFやEcopakを素材にし、軽量性と耐久性を追求したバック。 アメリカの自社工場ではカスタムプリントもオーダー可能で、 阿部はMidnight Pizza Clubのメンバーとのオンライン打ち合 わせ画面をプリントする洒落を効かせている。
9.Silk Blanket by Cocoon
シルクを素材にした高保温機能が世界中のハイカーに愛されるブランケット。わずか150グラムのため持ち運びがしやすく、シルクのため透湿性にも優れ、季節を問わず活躍してくれる。

阿部裕介
1989 年、東京生まれ。写真家。青山学院大学経営学部卒業。人と風景のあいだに立ち上がる物語を追いながら、国内外を巡り撮影を続けている。写真集に、高知のよさこい祭りを記録した『ヨサリコイ』、今井浜海岸で家族を撮った『Moments Will Fade』、インドを旅した『Relagaadee』『Shanti Shanti』など。俳優・仲野太賀、映像作家・上出遼平とともに「Midnight Pizza Club」を主宰。

Photo  Yusuke AbeInterview & Text  Yutaro Okamoto

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