A Camera for Life
写真家の人生に寄り添うカメラ piczo CONTAX TVS II105

写真家にとってカメラは、仕事のための機材であると同時に、暮らしの一部として日常に寄り添う道具でもある。彼らは何を基準にカメラを選び、どのような瞬間を残そうとしているのか。その選択には、それぞれの人生観や、世界の見つめ方が表れる。カメラがあることで、人生はきっと豊かになる。そのヒントを、写真家たちの言葉から探っていきたい。
日常の相棒となるカメラ選び
ロンドンを拠点に活動したのち日本へ帰国し、ファッションを中心に国内外で活動しているpiczo。彼の写真は、ロケーションの空気感や被写体の何気ない仕草を軽やかにすくい取る、スナップのような自由さと、計算しすぎない自然体の構図が持ち味だ。彼が“自分の速度に合う”と語るカメラとの関係について聞いた。

ポケットに入る
日記帳のようなカメラ
ファッションや広告の撮影では、フィルムとデジタルを半々で使い分けている。案件に合わせてカメラもフォーマットも異なるため、「これが仕事の一台」というカメラは決めていない。だがそんな彼にも、暮らしにそっと寄り添い続けてきたカメラがあるという。それがコンパクトフィルムカメラ、CONTAX TVS IIだ。
「仕事用のメイン機という感覚ではありません。撮影内容や予算に応じてカメラは毎回変わるし、フィルムかデジタルかもその都度決める。でも日常のスナップだけは、10年以上ほとんどTVS II一択で撮り続けています」。
CONTAX TVS IIは、コンパクトフィルムカメラが最も円熟していた時期の後半、1997年に登場したモデルだ。オートフォーカスとオート露出により、ピント合わせも露出調整も不要。レンズ周りのバリア式と呼ばれるリングを回すと電源が入り、そのまま同じ動作でズームまで直感的に調整することができる。撮りたいと思った瞬間に、頭で考える前に瞬発的にシャッターを切れる設計が貫かれている。
CONTAXの中でも人気の高いT2、T3と同時代につくられているものの、性格は大きく異なる。T2、T3はより薄く小型で、明るいレンズを搭載し、いまでは中古市場でも30万円を超えることもある。一方TVS IIは、コンパクトさは少し叶わないものの、T2やT3と同じカールツァイスのレンズを使用しているため描写性能は同じように高く、さらにズームレンズを備えているのに価格もお手頃だ。
「コンパクトフィルムカメラは、全て自動で調整してくれるのが良さですよね。押せば撮れる、という身軽さが一番の魅力だと思います。T2やT3のいわゆる“高級コンパクト”は、レンズの性能が高い分たしかに写りは綺麗です。ですが、日常のスナップのために30万円以上を払うことは自分にとっては現実的ではなく、TVS IIはその二つと比較すると少しボディに厚みはありますがズーム機能もあって、当時は“日常に使えるリアルな価格”だったんです。日常の中でラフに使えるバランス感覚が、自分にとってはちょうど良かったんだと思います」。
ラフに扱えるからこそ
続いていく日常の記録
取材の日、テーブルに置かれたTVS IIのボディは、ところどころにヒビや傷が入り、補強のためのテープが貼られていた。フィルムの蓋に貼られたテプラには自身の名前。新品の端正さはとうに失われているが、その分“道具”として使い込まれてきた時間の積み重ねが滲み出ている。
「TVS IIを三台持っていて、壊れたら長野県の諏訪市にある工場に修理に出しながら、ローテーションして使っています。雑にバッグに入れたり、ズボンのポケットに入れて歩くこともあるので、とにかくよく落としてしまうんです(笑)。つい最近もボディが少し割れてしまい、何枚か連続で撮っているとフィルムが感光して、写真に赤いリークが入るようになりました。もうボディは作られていないので、パーツが残っているうちに修理して、できるだけ延命しているような感覚です」。

昨年までロンドンを拠点にしていて、今年帰国し大阪と東京を行き来しているpiczo。ライカのような高級フィルムカメラももちろん好きだが、「ボディだけで100万円を超えるカメラを、ロンドンやパリでぶら下げて歩くのは正直怖い」と話す。電動自転車でスマートフォンを奪っていくスリが増えている街で、いかにも高級そうなものを持ち歩くことへのリスクも、感じていたようだ。
「その点TVS IIは、見た目の意味でも気持ちの意味でも、いい具合にラフに扱える。ポケットに入れて歩いて、落として傷だらけになっても『まあ仕方ないか』と思える。そんな距離感だからこそ、10年近くほぼ毎日撮り続けられているんだと思います」。
彼にとってTVS IIは、意図を持って何かを撮るためのカメラというより、ただなんとなく日常に存在している記録装置だ。家を出てからフィルムが入っていなかったことに気付くこともあるというが、それさえも、このカメラが生活に溶け込んでいる証のように思える。
意味のない写真に宿る
純粋な感情
このカメラで撮るのは、ほとんどが“なんてことない日常の一瞬”だとpiczoは話す。パリの街角で、ゴミ箱の上にコーヒーカップが積み上がった風景。街中で釣り糸をたらし、その先にお金を入れるバケツを掲げるお爺さん。ロンドンの家でくつろぐパートナーや犬の姿。
「きれいだなとか、面白いなって思った瞬間を、とりあえず撮っておくだけ。『この瞬間を絶対に残さなきゃ!』みたいなドラマチックな感情ではないんです。記録というか、日記みたいなもの。意味のない写真と言えばそうなんだけど、逆に“よこしまな心”がないというか。作品にするためでもなく、SNSでいいねをもらうためでもないから、撮った写真にも変な力が入っていないような気がします」。

朝と夕方の光、空のグラデーション、部屋に差し込む一筋の光。心が動いたときに、そう感じた理由を言葉に変える前にシャッターを切る。彼がTVS IIで撮るのは、「アウトプットが決まっていない写真」なのだ。
「2016年の年末から、ウェブサイトのダイアリーにTVS IIで撮影してきた日常写真を載せ始めて、もう10年分くらい撮り続けていますが、ちゃんと仕上がっているのは今のところ2024年分まで(笑)。スキャンして、トーンを整える作業を仕事の合間に進めているので、どうしても時間がかかってしまうんです」。
基本的には自分のための記録以上の意味を持たない写真たち。時間があるときに写真としての質を整える作業をして、ポートレートサイトに載せ、写真に写っている友人たちにデータをシェアする。その作業で過去の時間を振り返ることはあるが、ごくまれにそういった「日常の写真」が欲しいという依頼が来ることもあるという。

「このカメラで撮った写真を日常的に見返すことは滅多にありませんが、そういったタイミングでアーカイブを掘り返すと、ちゃんと使える写真があったりする。撮った時には何の目的もなかったはずの写真に、後から意味が生まれる瞬間があるのも、写真のおもしろさです」。

偶然と違和感を受け止める
もう一台の仕事カメラ
TVS IIは、完全なプライベート用カメラではありながら、仕事現場でも活躍しているという。撮影の合間や、始まりと終わりなど、モデルやスタッフの表情がふっと緩んだ瞬間に、このカメラを取り出して一枚だけ撮る。狙いすぎていない“何気なさ”を写し撮るのに、これほど都合のいいカメラはないのだ。
「ブランドの撮影で、たまたまそこにいたおばあちゃんたちの間にモデルを立たせて撮ったり、太い木の幹にまたがってもらったら、木がだんだんキリンの首に見えてきたり。コンセプトから外れすぎない範囲で、ちょっとふざけたくなる瞬間があったりします。そういう“違和感のある一瞬”を撮るのに、このTVS IIはちょうどいいんです」。
撮影イメージとなるムードボード通りにきっちり撮れた写真は、仕事としての“合格ライン”を満たしてくれる。一方で、TVS IIで撮った何気ない一枚が、結果的にその撮影を象徴するような写真になることもあるという。
「仰々しいカメラで撮ると、どうしても“ちゃんと撮らなきゃ”という意識が強くなる。TVS IIは、ポケットから出して押せば撮れるので、そのプレッシャーをいい意味で感じさせないカメラなんです。ディテールのシャープさで勝負するんじゃなくて、“何気ない感じ”をそのまま残したい時に使ってるんだと思います」。
スマートフォンのカメラだけでも、日常を記録することはできる。けれど、フィルムを買って、現像とスキャンに時間と手間をかけることで、一枚一枚に自然と愛着が生まれる。
撮れていても、撮れていなくても、誰にも迷惑はかからない。ただ「きれいだな」「面白いな」と感じた瞬間を、とにかくフィルムに託してみる。その軽やかさこそが、piczoにとってのCONTAX TVS IIとの健やかな距離感なのかもしれない。


piczo
W Inc,所属。1981年12月13日生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報科を卒業後、その年に渡英。LONDON COLLEGE OF COM MUNICATION Professional Photography Practiceを卒業し、ロンドンを拠点にフォトグラファーとしての経験を積む。デジタルとフィルムを使い分け、広告から日常スナップまで多様なスタイルで国内外のプロジェクトに参加している。
| Interview & Text Aya Sato |











