Interview with Alex Olson
アレックス・オルソンが辿り着いた 本質的に豊かな暮らし
本質的に豊かな暮らし
アレックス・オルソン
時間をかけて見出した
人間らしい生活スタイル
2010年代のニューヨークで圧倒的な存在感を放っていたスケーターといえばアレックス・オルソンは外せない。
当時のスケートカルチャーを牽引していた彼は世界の注目を集め、スケートシーンに限らずファッションシーンも盛り上げたひとりといえる。しかし、ここ数年はその拠点をNYから移し、地元であるロサンゼルスに戻っていることは、SNSなどを通して気づいたファンも多いのではないだろうか。スケーターのスティーブン・オルソンを父に持つアレックスはサンタモニカ出身という生粋のLAローカルなのだから何の不思議もないが、時代の流れを受けての決断だったのだろうか。そんな彼が今回の待ち合わせ場所に指定したのはロサンゼルスが誇るドジャースタジアム、その隣に広がる広大な公園エリシアンパークだった。Call Me 917(コールミー917)のフーディーを着て、乗り慣れた味のある古いマツダのSUVで現れた。
「ニューヨークには約14年間いたよ。そのうち7年はニューヨークに自分の住まいを持っていた。すごく好きだったし仲の良い仲間もたくさんいたんだけど、今はほとんどみんなニューヨークを去ってしまったんだ。今のニューヨークは残念ながら僕が好きだった頃の街とは違うね。こっちに引っ越してきたきっかけはちょうど2020年の3月にサーフトリップで1ヶ月間の予定で来ていたときのこと。そしたらCOVIDがアメリカでも深刻になって、そのままロサンゼルスにいることになってしまったんだ。まだレコードや音楽関係のものはニューヨークに置きっぱなしになっているけど、ギターとかはこっちに持ってきてるよ」。
当時の様子を語る彼の表情はニューヨークにいた頃に比べてとてもリラックスしているように感じる。彼の心情はパンデミックを経てどのような変化があったのか。
「当時は何が起きているのかはっきり分からなかったし怖かったよね。世の中には悲しい想いをした人もたくさんいるから簡単には言い表せないけど、実際僕には生活を変えるという意味で良いことも多かった。考える時間をたくさん持てたし、毎日好きなだけ音楽を作って、思う存分サーフィンをしてたんだ」。
好きなビーチはマリブやズマ、ノースサンディエゴにあるトラッセルズだという。デザイナーでウィンドサーファーでもあるメイヤー・ホッファのサーフボードを参考に独学でデザインしてみたり、シェイパーをしているアレックスの叔父から板をシェイプすることを学んだそう。コールミー917用にちょうどサーフボードをデザインしている途中だという画面を目を輝かせながら見せてくれたアレックスは明らかに楽しそうだ。買うと高いからと、最近はコーヒーテーブルまでもDIYしたらしい。自然に囲まれた地元カリフォルニアで、何にも制限されない根源的な人間らしさを追求する暮らしが今の彼にフィットしていることは間違いないだろう。飾らずにありのままのシンプルな暮らしを楽しんでいる彼からは、いいエネルギーが伝わってくるようだった。
「約7年前からヴィーガンになって、自分で料理を作ることも多くなってきた。仕事は公園でする時もあるし、オフィスや自宅など特にこだわらない。パソコンがあればどこでも仕事できるからね。1日のルーティンは、まず朝起きたら何か飲み物を作り、ヨガをしてメディテーションをする。それからメールやSNSのチェックをしてギターの練習をするんだ。それからオフィスに行くのがいつもの流れだね」。
長年ライダーとして活躍していたナイキSBとの契約もすでに終わり、ノルマとしてのスケートボードをしなければならない時間が大幅に減ったのも、予定に縛られない1日を送ることができる要因のひとつなのかもしれない。自身がニューヨークで立ち上げたブランドである、ビアンカシャンドンやコールミー917も、現在は自身と同じく活動の拠点をロサンゼルスに移し、マイペースにやっているという。今ではプリミティブな私生活を送るアレックスだが、昔と今ではブランドの運営や方針に何か変化があったのだろうか。
「もうプロのライダーではなくなったんだけど、自分の会社経営における責任とかのプレッシャーは特に感じなかったね。スケートボードチームを辞めたからコールミー917が実際に何であるか、そして最初何を作ろうとしていたのかを改めて考える必要があったんだ。自分のブランドを昔のSTUSSYやZooYorkみたいにしたいとずっと思ってきたんだ。でも会社をクールにするためにもうスケートボードやスケートチームに頼りたくはないと思っていて。会社として何をするか、もっと大きく捉えてみるべきかなと。だから今サーフボードやギターをコールミー917で作っている。実際に僕は趣味というか仕事というか、たくさんのことをしているからね。曲作り、DJ、スケートボード、ヨガ、サーフィン、デザイン、服づくり…。さらに僕たちはラジオ『917 call me』もやっているんだ。それらを楽しみにしてくれているファンのためにも何かしらの形にしていく必要があるよね」。
ありのままの自分を探して
アレックスにとって拠点が変わっても創作意欲がなくなることはない。今も昔も変わらず、クリエイティビティは人生に欠かせないと断言する。
「もし自分からクリエイティブな気持ちがなくなったら僕は落ち込んで悲しみに暮れると思う。僕にとってクリエイティビティは止められないし、いつも心のどこかで何を作りたいかを考えている。常に色褪せないものについて考えているから、時に自分でもうんざりするぐらい頭の中で大きな比重を占めているんだ」。
真摯に自分自身と向き合うアレックスがバランスを取る方法として、メディテーションやヨガにはまっていったのは自然なことだった。「最初、『ヘッドスペース』というアプリでメディテーションを始めたんだ。最初は、ちゃんと瞑想できるまでに何日もかかったと思う。僕はこのアプリに誘導される感じが好きで、より深く知りたいと興味を持ったし学びたいと思った。そして友人が教えてくれてヴィム・ホフを知ったんだ」。ヴィム・ホフとは、数多くの呼吸法や瞑想法を実践、その鍛錬された呼吸法によって氷風呂に長時間浸かっても何ら体調に変化が起きないことからアイスマンの異名を持つ人物だ。
「彼の瞑想法を学べるクラスを取ることにしてそのコースにはヨガも含まれていて、すべてはそこから始まったんだ。それ以来ここ3~4年は毎日何かしらのヨガをやっているよ。本当に素晴らしいと思っているし、自分自身のライフスタイルはもちろん、世界の見方を変えてくれたといえるね」。
ヴィム・ホフの呼吸法とは、呼吸を素早く勢いよく行い、血中の酸素量を上げ強制的な過呼吸状態を起こすことで肉体のコントロール能力を上げ身体の適応能力を高めるというもの。そうすることで体内の二酸化炭素量が減少しアルカリ性に傾くという。このヴィムのメソッドを取り入れているアクションスポーツアスリートは実際のところ多く存在している。睡眠の改善やストレスや不安の軽減、そして自分の人生を最高の状態で送るために感情をコントロールするのにも有効とされているのだ。人生をかけてスケートを続けてきたアレックスにとって、プロでなくなった現在では昔とまったく同じ気持ちや姿勢でスケートに向き合うことが難しくなってきたのだという。そんな自分自身を受け入れ、客観的に見つめ直すためにこの呼吸法やメディテーションを実践しているのだそう。
「今はできれば週に1回サーフィンに行くようにしてるんだけど、今年の波はそんなに良くないんだ。でもサーフィンに行くとその日は必ず素晴らしい日になることを知っている。サーフィンこそドラッグみたいなものだと思ってるよ。ただロサンゼルスは運転している時間が長くなるからサーフィンへの欲求がなくなればいいのにって思うこともある(笑)。それかビーチの近くに住んでいればいいのにって思うこともあるね」。
幼い頃マリブにも住んでいたというアレックスにとって、サーフィンをするライフスタイルは慣れ親しんだもの。30代になり呼吸法やヨガを学び、いま再びサーフィンに夢中になっているのは必然なのかもしれない。
激動のニューヨーク時代を経て、現在のロサンゼルスでの本能の赴くままの暮らしは、自分らしく生きるためにたどり着いたひとつのゴールでもあり、またそれは同時に次のステージへ移り変わっていくプロセスであるとも言える。
「僕は新しい洋服を買うこともないし、ヴィーガンだし古い車に乗っている。自分自身は日々ベストを尽くしているし、いつもそうありたいと思っている。そして自分のブランドを持つ立場としても昨今のサスティナブルな動きはすごくいいと思っている。でも環境に配慮しながら物を作るというのは僕のような小さな会社にはお金がかかるんだ。パタゴニアからはたくさんの刺激や学びを得たけど自分のブランドにどう活かすかはまだ模索中だね」。
自分の興味があることだけをやりたい、とは言い切れない現実的なファイナンス事情もあるが、ファンが面白がってくれるコラボレーションなどでアレックスなりのブランド展開を今後もしていくという。ニューヨークにある出版社、パラダイムから自身初の写真集『RED』を発表したのがちょうど2年前になる。
「今は音楽をベースにした新しい本の制作に入っているんだ。そしてサーフボードを作ったりしながら、917の小さなプロジェクトを少しずつ進めている。DJもRub ‘N’ Tugやポール(高橋)とパーティしたいねって話してる」。
若い頃から注目を集める存在だった彼が、自分自身を見つめ、原点に立ち返った結果手に入れた本質的に豊かな暮らし。それはまるで、アレックス自身がありのままの自己を探求しているかのように感じた。そんな人間の本質を育むようなライフスタイルによって、彼が次にどんなことを生み出すのか期待は高まる。マイペースなアレックスのネクストチャプターはまだ始まったばかりだ。
アレックス・オルソン
スケーターとしてはもちろん、ビアンカシャンドンやコールミー917を手がける。DJ、写真家、モデルなど多彩な才能をシーンで発揮し続けている。
Photo Hiroyuki Seo | Interview & Text Megumi Yamano | Edit Shohei Kawamura Shunya Watanabe |