Naomi Hirabayashi (Art Director)
削ぎ落として辿り着いた とっておきの腕時計 平林奈緒美 (アートディレクター)
情報整理こそデザイン
「着ている服よりも、着けている腕時計や乗っている車を見る方がその人の本当の趣味がわかる気がします」。そう話すのは、アートディレクションやパッケージデザインなど幅広いデザイン領域で手腕を発揮する平林奈緒美。研ぎ澄まされた明確なメッセージ性と上質でタイムレスな美しさのあるデザインで、多くのクリエイターから支持される。そんな平林が持っている腕時計はカルティエ サントス カレやロレックスエクスプローラー1などステンレス製のミニマルなデザインのものが多く、愛車は鉄板が剥き出しのミリタリー仕様のメルセデスベンツ Gクラスのホワイトカラー。冒頭の平林の言葉通り、持っている腕時計や車から彼女の人となりが見えてくる。「服は簡単に買い変えられるし、毎日違うコーディネートだってできますよね。でも腕時計や車は頻繁に買い替えられるものではないので、選ぶ基準にその人の本質が強く表れる。私の場合、過度にデザインされたものが身の回りにあるとノイズに感じてしまうことが多いんです。もちろん世の中にはそのようなものもあっていいと思いますが、加飾することだけがデザインではない。情報を整理し、無駄なものや必要最低限のものを見極めることもデザインだと思っています」。
腕時計はアクセサリーの一部
平林のデザイン哲学にハッとさせられる。加えるのではなく、いかに整理して減らし、本質を削り出せるか。それは選択の連続である日々において最も大切にすべき考え方の一つであり、平林のもの選びの基準にもなっている。「洋服やものは大好きでよく買うのですが、その日に着るコーディネートをいちいち考えることは面倒。セットアップが理想ですね。最近着ている服はENNOY、everyone、 ARTS&SCIENCE、ATONなど、仕事をしているブランドのモノトーンのアイテムばかりです。シンプルな服装に腕時計やネックレス、ウォレットチェーンをつけるのが一番しっくりきます。ゴールドではなくステンレスやホワイトゴールドなどシルバー調のものが多いです。何においてもメンズ仕様のものが好きなのですが、腕時計は手首に対してのサイズ感が大事だと思っているので、フェイスの小さなものかボーイズサイズを選んでいます。女性がいかにもなオーバーサイズのメンズの時計をつけているのはあまり好みではありません」。
Snoopy Watch Swiss Made (1960s)
平林が小学校三年生の時、祖母が買ってくれたもの。使わないものはどんどん処分する平林だが、この腕時計はなんとなくずっと持っていたとのこと。60年代のスイスメイド。ブレスレットはもともと黒いエナメルだったが、劣化のため金属に付け変えている。ベルトは別のものに変えようか検討中とのこと。
Explorer 1 Ref. 5500 (1960s) by Rolex
婚約指輪の代わりに夫と交換し合ったロレックス エクスプローラー1。ジャケットにもジャージにも合わせられるデザインであることが選んだ決め手。ボーイズサイズのギルトダイアル(特定の時期に作られた、文字板の表面に美しい艶があるダイアル)で、歴代腕時計コレクションの中で最も長く愛用している一本だという。
Pulsar P-5 (1970s) by Hamilton
1970年に誕生した世界初のLED式デジタルウォッチ、パルサー。「ロボコップのようなデザインで、デジタルだけどアナログ感もあるのが好きです」と平林はいう。このモデルは「タッチコマンド」と呼ばれ、ディスプレイ上下の丸いタッチセンサーに触るとLEDが点灯するようになっている。
The Calatoraba Ref. 3410 (1960s) by Patek Philippe
ラウンド型腕時計のマスターピース、パテックフィリップのカラトラバ。18Kが主流だが、平林のものはホワイトゴールド。非常に珍しいアンティマグネティック(非帯磁式)ムーブメントのCal.27AM400を搭載した個体である。「たまにはこういう腕時計も着けてみれば」と夫がプレゼントしてくれたもの。
Santos Carrée Galbee LM Ref. 2960 (1980s) by Cartier
“ゴーストダイヤル”の愛称で知られるカルティエのサントスガルべ LM。文字盤を見る角度を変えるとブランドネームが見え隠れすることがモデル名の由来となっている。綺麗にするために研磨されてエッジが丸くなった個体を平林は好まないため、できるだけ磨かれていないエッジの立っている個体を探してドイツから個人輸入した。
いろんなものが欲しいわけではない
平林が持っている腕時計は5本。バッグは普段持ちの1つと、同じデザインで色違いのショルダーバッグが2つ。ピアスも毎日しているダイヤと冠婚葬祭用のパールしか持っていないという彼女にとって、腕時計の本数は少し多く意外に感じたが、話を聞くとやはり一貫した平林イズムがあった。「腕時計は日によって着け替えているわけではなく、基本的には新しく手に入れた腕時計をずっと着けています。歴代の中で一番長く着けているのはロレックスのエクスプローラー1。結婚したときに婚約指輪の代わりに買ったもので、私にはボーイズサイズ、夫にはメンズサイズをプレゼントし合いました。1本の時計をずっと着けることになるので、どんな服装にも合い、飽きのこない腕時計ということでエクスプローラー1にしたんです。ボーイズサイズがあったことも決め手の一つでした。次に買ったのはハミルトンのパルサー。ロボコップのようなデザインに惹かれました。一番新しく手に入れたのはカルティエ サントス カレのゴーストモデルです。ふと目にしたときに強烈に惹かれ、どうしてもすぐに欲しくなりネットで探して3日後にはドイツのディーラーから個人輸入していました。工業的で角ばったデザインが好きなんです。また、自分で選ぶとどうしても同じ方向性のものしか買わないので、『こういう腕時計も着けてみたら』と夫がプレゼントしてくれたのが、パテックフィリップのカラトラバ。モデルとしては18Kが多いですが、ホワイトゴールドを選んでくれました。スヌーピーの腕時計は、小学校三年の時に祖母が買ってくれたものです。もともとは黒いエナメルの極太のベルト仕様でした。思い出のものはいつまでも取っておかず、使わなければどんどん処分するのですが、この腕時計だけはなんとなくずっと持っていたままでした。持っている腕時計はどれも古いものなので、スマートフォンで時間を見る方が正確だし楽。でも昔から腕時計を着けていた名残で、今も左腕に着けていないと物足りない気がしてしまいます」。
好きなものを見つけることは、自分にとって不要なものを削ぎ落としていく作業でもある。そのことを徹底しているからこそ、平林の考え方やデザイン、もの選びには一貫性がある。選び取った腕時計はどれもがとっておきの一本。だからこそ長く愛することができ、自分だけのストーリーが詰まったコレクションになるのだ。
平林奈緒美
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、資生堂宣伝制作部に入社。ロンドンのデザインスタジオ「Made Thought」に出向後、2005年よりフリーランスで活動。
Photo Masato Kawamura | Interview & Text Yutaro Okamoto |