Masato Segawa (SEEALL Designer)
物語に潜む意外性と 所作を重んじる時計選び 瀬川誠人
by Jaeger-LeCoultre
時計を着けるのは
美しい所作を生むため
「映画を観ていると、映像に映る人物の所作に強く惹かれることがあります。人間の営みから生まれる所作は色気があり美しい。たとえば、丁寧にお茶を淹れるという仕草や、レコードに針を落とすという行為がそうです。僕は腕に時計があることで生まれる所作や動作が好きで、それを生み出すために時計をつけています」。
映画や音楽、アートを愛し、その全てをSEEALLの服づくりにおける着想源にしている瀬川誠人。なぜ時計を着けるのかと問うと、いかにも彼らしい理由が返ってきた。時間を確認するためにジャケットの袖に触れ、腕を曲げて視線を落とす。人間の“その人らしさ”は所作の中に表れると考えている瀬川にとって、時計を身につけることの意味は、所作を生み出すためのもの。同時にクリエイターとして時計そのものにも魅力を感じているという。
「僕自身もものづくりをする身として、こんなにも小さなものの中に美的感覚と技術を同時に成立させることが、どれだけすごいことかと考えます。大きさや重さが制限され自由度が無い世界で、これだけ豊かなバリエーションが生まれるということ自体が、面白い世界ですよね。人の叡智が結集して作られた時計を最も美しく使えるのは、やはり人間でしかないんです」。
珍しさよりも意外性に惹かれ
探し続けたミリタリーウォッチ
時計に対する瀬川の審美眼は主にその背景にあるストーリーに向けられる。見た目の好みはもちろんだが、その時計がどのように作られ、どのような時間を超えてきたのか。ストーリーを知る中で直感を刺激される要素は“意外性”なのだという。取材時に着けていた時計は、第二次世界大戦中にイギリス国防省が12社に同時発注したミリタリーウォッチ、通称“ダーティダース”。中でも瀬川が選んだのは、クラシック時計で知られるジャガー・ルクルトが手がけた一本だ。戦場では時間を把握することがとても重要だが、当時イギリスで作られていた時計では強度、精度ともに足りておらず、国防省がイギリス陸軍の兵士たちのために、スイスの名だたる時計メーカーに全く同じデザインで発注したのだという。
「ドレスウォッチの印象が強いジャガー・ルクルトが、本来は手を出さないミリタリーを作った、というところに面白さを感じます。ダーティダースの中でも生産数が6000本と少ないですが、珍しさというよりもその誕生の背景にある意外性に惹かれました。第二次世界大戦中の1945年、混乱の中で作られたからか、ブランドごとの正式なモデル名は無いんです。12社が制作をしたことにちなんで、1967年に公開された映画『ダーティダース(邦題:特攻大作戦)』から取った通称が、後付けでファンの間で浸透しているというところも面白い。全く同じデザインであっても、ブランドの背景にあるストーリーが違えば、それぞれ表情や風合いも違って見えるんです。だから僕はダーティダースの中でもジャガー・ルクルトのものを長年探し続けていました。時計に詳しい友人たちにその話ばかりしていたので、この一本が市場に出てきたときにたくさんの人が連絡をくれ、イタリアに住んでいた頃に知り合ったディーラーから購入しました」。
装飾的な面ではなく機能で勝負をするミリタリーウォッチを、クラシックなブランドが作ったという意外性。ストーリーが魅力的なのはもちろんのこと、確かにブランドの精神は投影されていて、兵士が使用するに耐えうる強靭な時計でありながらもその風貌にはやはり気品が漂っている。
空間をデザインするように
素材や色を組み合わせる
時計を着けることで生まれる所作の美しさに目を向け、意外性のある時計を選んでいるという瀬川。ファッションの一部として時計をどう捉えているのかと聞くと、空間デザインのように全体の設計を俯瞰しながら、細部のニュアンスまで丁寧に調整しているのだという。
「僕は時計を特別扱いしていません。あくまで装飾品のひとつとして合わせ方を考えていますが、意識しているのは時計の色と素材感と形を、服・靴・眼鏡、そして時計以外のアクセサリーとバランスを取って組み合わせることです。眼鏡と時計の質感を合わせることは特に気にかけていますね。たとえば黒いレザーベルトの時計を選ぶ際は、茶色い革靴は履きません。18Kゴールドの時計を着けるときに、同じゴールドのリングをしていると少しいやらしく感じるので、くすんだゴールドかシルバーのリングを合わせます。今日は時計にシルバーが入っているので、シルバーとゴールドがドッキングした、ヴィンテージのティファニーのリングを合わせています。僕にとって時計を含む全てのスタイリングは、インテリアコーディネートに近いのかもしれません。床に対してどんな家具を選ぶのか、ガラスや木材の中でどんな質感のものを選ぶのか。上から下まで見たときにバランスが良くなるように、素材感と色を合わせて空間を作り上げるようなイメージです」。
そう語りながら、2本の時計と4つのリングを丁寧に収納した、これまた美しいドイツ製のF.HAMMANNのボックスを見せてくれた。激しい力仕事をする日や庭仕事をする日以外は、基本的にアクセサリーとして時計を身につけている瀬川。繊細な感性でスタイリングを組み立てているので、もし気分が変わって時計か眼鏡のどちらか一つを変えたいとなると、ほかのアイテムとのバランスが崩れることになる。そのため、誰かと会う仕事の日は必ずこのボックスと、眼鏡を3本入れたケースを持ち歩いているのだという。
Triple Calendar Limited to 150 pieces, 18K Gold (1982) by IWC
Tank Louis Cartier LM “Paris” Dial (1970s) by Cartier
背景のストーリーが
面白いことが最も重要
もの自体だけではなく、その選び方や組み合わせ方にも自身の確固たるスタイルを貫く瀬川。彼の持つ時計のコレクションについても気になってさらに話を聞くと、一本ごとに個性のあるストーリーを教えてくれた。
「IWCの3710は、1982年に150個限定で発売されたモデルで、裏蓋に56/150とシリアルナンバーが入っているんです。月と日付と曜日を示すトリプルカレンダー仕様なのですが、イタリア語で書いてあり視認性は高くはありません。純粋にデザインとしてエレガントなので、眺めて楽しんでいます。この時計は、SEEALLで使うレザーを作っていただいているイタリアの工場の初代社長から譲っていただいたもの。長年家族ぐるみで付き合いがある人に『君にこれを譲りたい』と言われ受け継いだものなので、見るたびに愛を感じます。カルティエのタンクは、江口時計店の江口さんに紹介していただいた、パリダイヤルと呼ばれているモデル。正直かなり近くで見ないと気がつかないのですが、ダイヤルの下部に小さく“PARIS”と刻印されています。タンクは99.9%がスイスメイドなのですが、部品のほとんどをフランスのもので構成したものだけがパリ表記を許されていたんです。それはとても難しいことだったので長くは続かなかった。だからこれは、70年代の後半から数年間だけ発売された非常に珍しいモデルです。誇りを持ってその小さな文字を記すために努力をした当時のフランス人たちのことを思うと、それだけでとても価値があると感じます。リップのクロノグラフとダイオードは、デザイナーのロジェ・タロンの作品を集めている中で出会ったものです。TGVと呼ばれる高速鉄道や家具、家電のデザインで知られるデザイナーが、時計という小さな世界でも彼の世界観を表現していること自体が面白いですよね。伝統的な時計の文脈にとらわれず、未来的な造形で新しい腕時計像を提示していると思います。LEDの発光デジタルなどのおもちゃのような見た目に反し中身は本格的で、名器と呼ばれるバルジューという当時最新のムーブメントを搭載しているんです。その見た目と機能のギャップもとても興味深いです。パテック・フィリップのカラトラバは、30代半ばで初めて手にした時計です。いたってシンプルなのですが、過度に装飾的にするのではなく機能を重んじる、モダニズム的なバウハウスの美意識が反映されていて、とても美しい。時計が欲しくて探していたというよりは、バウハウスの美意識を感じるものを集めていた時に出会いました。もう一つ、ホワイトゴールドでできているという、内省的な贅沢のような一面を持っているところにも惹かれています」。
Mach 2000 Chronograph Design by Roger Tallon (1970s) by LIP
Mach 2000 Diode Design by Roger Tallon (1976) by LIP
Calatrava (1970s) by Patek Philippe
時計を集めているという感覚ではなく、偶然の出会いの中で背景にあるストーリーを知り、純粋に心惹かれたものを購入してきたという瀬川。彼の時計の着け方には、彼の美しいものとの向き合い方、ひいては生き方までもが凝縮して表れている。
瀬川誠人
SEEALL デザイナー。音楽、映画、アートなど様々な分野からのインスピレーションをデザインの着想源にし、国内外の卓越した技術を持つ職人が手がける生地を使った服作りを行う。その審美眼によって選び抜かれた洋服や器、家具などをジャンルレスに取り扱うショップ、FAARのディレクターも務める。
Photo Masato Kawamura | Interview & Text Aya Sato |