Yoshiaki Imamura

追い求めた至高のエスプレッソカップ [今村能章/陶芸家]

“TIME”
自身が長年かけて作った陶器の破片たちにガラスを流し落とすことで、時間経過の対比と、重力を可視化することに挑んだ作品。時計の秒針が機械的に刻む時間、広大な自然を目の前にしたときに流れるゆったりとした時間。過ぎゆく時間の感じ方の違いに、幼い頃から疑問を持っていたという今村。地球の重力に従い、数時間かけてゆっくりと流れ落ちる様は、時計が刻む時間とは無関係に動く“生の時間”。それに反して、秒針に縛られた中で自らが作ったものが喰われていく様相は、見事にその対比を表現している。

古くから漁師の町として知られる糸満市。停泊する漁船を横目に、目的地へと向かうため海沿いに車を走らせる。程なくして個性豊かな植物に囲まれた家屋に到着した。一見するとグリーンショップかのようなこの場所が、沖縄を拠点に活躍する陶芸家、今村能章のアトリエである。中に入ると所狭しとディスプレイされた作品群に圧倒された。挨拶もそこそこにコーヒーを淹れてくれる今村。エキセントリックな作風とは裏腹な柔らかく穏やかな人柄が意外だった。そんな彼はいかにして作品を生み出すのか。その原動力と彼自身のルーツを尋ねてみた。「実は2歳ぐらいからピアノをやっていたんですよ。本気でピアニストになるものだと思ってて。でも高校生の時に、一生俺は毎日こんな何時間も練習するのかなって感じ始めて。そのタイミングでたまたま手を怪我して、生まれて初めてぐらいに2、3ヶ月間練習しなかったんですが、不思議とピアノから解放されたその時間が良かったんですよね。それがきっかけでこの先どう生きていこうかと考えた時に、当時の美術の先生に沖縄芸大を薦めてもらったんです。小さい頃から工作とか図工が好きだったこともあって、躊躇することなく大きく舵を切りました」。

沖縄という独自性
モノづくりとコトづくり

モノを作ることは生きることそのものだと今村は言う。「自分の作品って、ぱっと見は沖縄らしさは全然ないと思うんですよ。でも沖縄で生きてる時点で、ここに居ないと作れないものが仕上がるんじゃないかと思うんです。毎日海が見えて、毎日この湿度の中で生きていくことで自然と作品が生まれるんだなと感じますね。あと最近、モノだけでなくて、コトを作りたいと思い始めていて。コトって人を介して広がると思うんですが、モノって工房で作ってあとはギャラリーに投げておしまいだったりもするんです。でもコトを作っておけば、もし仮に自分が死んだり陶芸ができなくなったとしても、そのコトがずっと動き続け、家族や仲間とか下の世代がそれを引き継いで、さらに大きくしたりして楽しんでくれるんじゃないかと。沖縄は人との距離が近いし、面白い人と交わることが多いのでそういうことをするのに非常に適しているなと思ってます」。久茂地の繁華街にBACARというピザが有名なレストランがある。本誌でも紹介しているこのお店で長年働いていたという今村は、ここでもコト作りを学んだと話す。「ピザっていう食べ物を通してコトが生まれる感覚というか。陶芸は完成するまで1ヶ月かかっちゃうけど、ピザってその場ですぐ焼けるから、10分後にはお客さんの反応が返ってくる。食べているところを見る楽しさもあるし、また来てくれる人や色んな感想を伝えてくれる人もいる。そこから生まれる新しいセッションだったり思いがけない閃きを得たり、そういう部分がすごく楽しくて。陶芸も作って終わりじゃちょっと物足りないので、その先に広がる新しいコトを探求していきたいです」。

一昨年12月には、ボッテガ・ヴェネタが展開する、手仕事にこだわる職人や工房をフォーカスする取り組み“BOTTEGA FOR BOTTEGAS”にて、日本人アーティストの一人として選出された今村。それには代表作の一つであるエスプレッソカップが大きく関わっているという。「イタリア文化を象徴するエスプレッソに本気で向き合ってたからこそ選ばれたのかなと思います。日本に茶道があるように、イタリアのエスプレッソは最近までスタバすら出店出来なかったぐらい、すごくしっかりとしたアイデンティティがあるんです。厚みとか窪みの形とか角度とか厳密にルールが決まっていて、さらに持ち方とか作法みたいなのも細かくあって。それを現地に出向いて徹底的に一度ばらして再構成して研究しました。だからこそエスプレッソを本当に美味しく飲んで貰える自信があるんです」。1日に7~8杯飲むほどにコーヒーを愛するという今村。「おそらく本能的にコーヒーの匂いが好きなんでしょうね。実家も毎日コーヒーの匂いが充満してるような家庭でしたから。豆を挽いたり、ドリップしたときの香りにすごくほっとするんです。15年前ぐらいに、那覇のポトホトというコーヒー屋さんに出会ったのですが、そこで飲んだエスプレッソが衝撃的に美味しかったのも大きいですね。こんなものがあるのかと自分でも淹れてみたくなり、当時働いていたバカールにちょうどエスプレッソマシーンがあって、でも本格的なレバー式で淹れるのがとてつもなく難しかった。結局淹れられるようになるまで3ヶ月ぐらい掛かりました。最初にポトホトで飲んだものは、今でこそ一般的なシングルオリジンのゲイシャという品種の豆から淹れたものでしたが、もうお花畑にいるみたいな華やかさだったんです。あのエスプレッソを飲むなら今までの既製品の器では絶対味わい切れないと思って、オリジナルのカップを作り始めたんです。結果、美味しい飲み方にたどり着くまで5年ぐらいかかって。でも結局イタリアの形と全く一緒なんですよ。だからイタリアのものは本当に研究し尽くされてこの形になったんだなということも分かりました。今はその形に固定して作ってるのですが、それを持ち歩くというところまで発展させていってる最中です。味覚だけじゃなくて、視覚やファッションやカルチャーとして、エスプレッソカップを通して若い子たちがものづくりや陶芸にも興味を持てば、もっと作り手たちの活躍の場が広がる。大量生産のものが浸透したことですごく便利な世の中になったけど、同時にすごく悲しくつまらないなと思っています。そこに何か一石を投じれたらなという想いでこれからも作り続けていきたいです」。飽くなき探究心とそれを支える深い知識。他者との交わりの中で得たことを独自の視点で昇華させていく今村は、次世代へと繋がる作品をこれからも生み出し続けるだろう。

今村能章
兵庫県生まれ。沖縄を拠点に異彩を放つ陶芸作品を生み出すアーティスト。コーヒー文化にも造詣が深く、独特な世界観によって生み出される唯一無二の作品は世界中から注目を集める。

Photo Tsunetaka ShimabukuroInterview & Text Shuntaro Iwasaka

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