BACAR

世界を魅了するピッツァ [バカール/レストラン]

ピッツァのオーダーが入ると、生地を取り出し台の上にドンと叩きつける。その音が店内に響き渡れば、客の視線が仲村に集中する。
「ピッツァという食べられる作品」
仲村大輔

人口あたりの飲食店数が全国でも屈指の沖縄。沖縄ならではの食文化を伝える店から世界中の料理店まで多くの選択肢がある中でも、誰しもが「あそこは外せない」と口を揃えて太鼓判を押す店がある。それが、バカールだ。かつて東京の名ピッツェリア“サヴォイ”で修行した、ナポリピッツァ職人である仲村大輔が店主を務める同店。仲村は、世界中のシェフを称えるアワード“The Best Chef”の2023年度ピッツァ部門で世界のトップ100に選ばれるなど、世界からの評価も折り紙付きである。
バカールのお店の魅力は、当然ピッツァだけではなく、一流のシェフによる沖縄とイタリアの食材がメインで使われた料理、それらに合ったソムリエが選ぶワインなど総合的に素晴らしく、充実度の高い店だ。しかし、客のほとんどはメインであるピッツァを目的に世界中からバカールを訪れる。なぜ、仲村が作るピッツァは人々を魅了するのか。一度食べればその魅力は充分にわかるのだが、仲村にピッツァ作りへの思いを聞いた。

シンプルなピッツァだからこそ
自分らしさがそこに表れる

「いまの僕があるのは、サヴォイで師事をした柿沼佑武さんという師匠のおかげです。20代半ばにナポリピッツァをやろうと沖縄を飛び出し、本場であるイタリアの名店をいろいろと食べて廻った。ですが、そこでこれは本当に自分がやりたいことなのか?と疑問を感じて終わったんです。その後、東京に美味いピッツェリアがあると噂を聞いて行ったのがサヴォイでした。そこのピッツァを食べた瞬間、『なんだこれは』と衝撃が走ったんです」。柿沼氏が作るピッツァに影響を受け、その後すぐにサヴォイの門を叩いた仲村。バカールで提供するピッツァは、マルゲリータとマリナーラの2種のみだが、これもサヴォイの影響。また、バカールの外観の入り口にあるネオンサインの店名ロゴもサヴォイと同じロゴを使用させてもらったようだ。
「店作りやピッツァも師匠の影響が大きいですね。ですが、ピッツァ作りの技術的なことを手取り足取りのようには教わりませんでした。というより、敢えて細かいことを教えなかったと思うんですよ。自分の感覚で作らされるというか。見て感じろという教えでした。師匠はドラムを叩いていたこともあったのでそういう手捌き。トマトソースを塗る木ベラの扱いは真似しようにも真似できないんです。強調して言っていたのは『美意識を鍛えなさい』とか『美味しいものを食べなさい』ということ。だから、感覚的なことはすごく影響を受けたけれど、今はそれを軸に自分らしさのあるピッツァを探求し続けています」。師匠の柿沼氏がドラムを叩くようなスティックさばきだとしたら、仲村のピッツァ作りはまるで絵を描くようなタッチだと感じた。お酒が進み賑わいを増す店内でも、仲村が生地を広げ、具を上に乗せてピッツァを窯に入れ焼き上げるまでの数分感は良い意味での緊張感が生まれるのだ。無駄のない、一連の美しい仲村の動作に観客が見惚れている様子は何度も確認ができた。
「絵を描くような感覚というのは、実は僕も意識しています。トマトソースの赤やチーズの白が溶け合う様子や、指の繊細な動きひとつで変わることもピッツァという作品だと思って作っています。マルゲリータとマリナーラは、これ以上何も引けないほどシンプルなピッツァ。だからこそ、僕がこれまでに経験してきたことや時間の蓄積がピッツァに表れるのだと思います。ただの作業じゃなく、クリエイトする感覚で仕事をしています。たかがピッツァじゃなく、されどピッツァだと考えていて、誰がどういう思いを持って作っているのかという付加価値を僕は表現していきたい」。
ピッツァを焼くのは一瞬のことだが、生地は30時間も寝かし発酵をさせているのだという。だからこそ、バカールのピッツァ生地は香りのいい軽やかさが魅力で、料理をひと通り楽しんだあとでもついつい口に運びたくなるのだ。

ピッツァが焼きあがった瞬間、窯の前で待機していたスタッフが急ぎ足ですぐさまにテーブルへと運んでくる。1秒でも早く食べて欲しいからだ。

生地を箱から取り出し具材を並べ、窯に入れて焼き上げるまでの一連の所作は美しく、まるでライプペインティングのような様子に人々は魅了される。
料理は作業じゃなくクリエイト
ワールドスタンダードな店作り

ピッツァは今のバカールを構成する上で、生地は30時間寝かして発酵を促している。高温多湿な沖縄はこの発酵を見極めるのがとても難しく面白いのだと仲村はいう。あくまで1つの要素だと仲村はいう。料理や酒、スイーツ、店の空間や賑やかな雰囲気すべてでバカールだ。働くスタッフも全員が個性豊かで、客とのコミュニケーションにも活気があり、バカールならではのこの雰囲気が「また来たい」と人々に思わせ魅了しているのだと感じた。店作りにおいて、仲村は「ワールドスタンダードな店でありたい」という。「僕が思うワールドスタンダードというのは、最高級とかではなくその街に必要とされる店。ニューヨークにあるチキンオーバーライスの美味しいフードトラックのような、その街の風景になくてはならない店」。いわゆる沖縄らしさはないが、バカールらしさがこの店にはある。それを求めて、世界中から予約をしてまでもこの店に人々はやってくるのだ。

Left 生地は30時間寝かして発酵を促している。高温多湿な沖縄はこの発酵を見極めるのがとても難しく面白いのだと仲村はいう。
Right 日が暮れると、バカールのネオンが灯り店内もより活気づく。この日も予約で満席で、海外からの来客も多かった。

BACAR
沖縄県那覇市久茂地 3-16-15
098-863-5678
@bacarokinawa

Photo Yuto KudoInterview & Text Takayasu Yamada

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