voice of nature [part 2]
受け継がれてきた品から、現代の洋服まで 素朴で温かみのあるモノたち
プリミティブなアイテムとは何かを考えた時に、自然と向き合った素朴なものづくりが答えだった。環境を少しでも良くしようと意識したモノ。自然の素材を使用して人間の手から生み出される温かみのあるモノ。受け継がれてきた品から、現代の洋服まで、世界中からプリミティブをテーマに素朴なモノを集めた。そうした自然を意識したプロダクトたちは、側に置いたり、身につけることで人生がきっと豊かになるはずだ。
本企画をディレクションしたスタイリスト二村毅の私物のベルト。実はこれ、エルメスの職人によって作られた鐙革(あぶみがわ)という馬具をスタイリスト自身が切って改造したもの。鐙とは乗馬の際に足を乗せる馬具のことで、鞍から吊るすために用いられるパーツだ。乗馬の激しい動きにも耐える必要があるため、ワックスや蜜蝋、牛脂を用いてベジタブルタンニングで仕上げることで堅牢度が高められたブライドルレザーを使っている。何度もオイルを染み込ませつつベルトとして使い続けることで少しずつ身体に馴染み、しなやかさや艶といった道具としての美しさが生まれてくるのだ。そもそもエルメスは高級馬具を制作する工房として1837年に歴史が始まり、馬車が移動手段の主流であった当時から品質は絶大な支持を得ていた。ロゴマークである従者と馬はそのアイデンティティに由来する。だが馬車の主人が描かれていないのは、オブジェのユーザーこそが主人であることを暗示しているのだ。馬具をベルトとして使うこのアイディアは、エルメスのメゾンアイデンティティのようにアイテムとユーザーの新たな関係性を体現していると言えるだろう。
農薬や肥料を一切使わず、畑も耕さない。作物の切り株や生える草花もそのままに種を蒔き、苗を植えて野菜を育てる。そんな農法を実践するのが、若き農家の柳田大地が手がけるソウファームだ。この畑は、有機農業の第一人者と称される金子美登が活動を始めた埼玉県比企郡小川町にあり、“有機の里”と呼ばれるこの地で柳田は農業を学び、そして自身が考える未来に向けた農法を試行錯誤している。「畑という空間にあるもの全てには意味があり、あるがままの環境に野菜を仲間入りさせる。そして生態系がさらに活発となるように、僕という人間も1人の生き物として参加させてもらう感覚」と柳田は話す。つまり外部の力には頼らず本来の環境で自生することで、数十年先も見据えた持続的な環境ができるのだ。原始的とも言える農法を実践するソウファームでは、ケールやスイスチャード、ファーべにニンニクなど80種もの野菜が育つ。豊かな土壌の栄養を吸収しながら本来の成長スピードで育つ野菜は、旨味や香りが凝縮する。自然そのままの環境だからこそ、虫に喰われることもあれば、形も不揃いになる。だがそれが野菜本来のたくましく素朴な姿なのだ。
サスティナブルという言葉が多用される現代において、その言葉を使うことなく環境問題と向き合う企業がパタゴニアだ。その言葉を彼らが使わないのは、自然環境に対しての責任があるから。何かを作る以上、持続可能なことは有り得ないという意識があるからこそ、地球に優しいとは言わず、モノを作る責任を持つことと循環性を高めていくことをパタゴニアは大切にしている。左のTシャツは、オーガニックコットンを100%使用し、化学薬品の不使用により、土や水、空気の汚染を削減するだけでなく、土壌の質を向上させ、水の使用量の大幅な削減に繋がっている。右のTシャツは、はぎれ生地を回収して再生したコットンと、ペットボトルを再生したポリエステルを混紡したリサイクル素材100%の生地。ヘンプソックスの素材である麻は、最小限の水で育ち、強い繊維となる。パタゴニアが生み出すモノは、より良い地球の未来へと向いている。全ては“地球に生かされている”ということを、アウトドアに親しむ社員がみな念頭においているからこそ、こうしたプロダクトが生み出されているのだろう。
カチナドールとは、ネイティブアメリカンの部族の一つであるホピ族(平和の民の意)が信仰する精霊の形を模した人形だ。ホピ族は2000年以上に渡ってアリゾナ州の厳しい砂漠環境で生活し、トウモロコシを主食とする農耕民族。そのため気候の変動には敏感で、超自然的な現象や大地との繋がりを敬い、万物にカチナ(精霊)が宿るという思想を持つようになった。その信仰心を表すための儀式は定期的に行われ、カチナを模した仮面を被り、身体にペインティングを施したり、特別な衣装をまとった男性たちが踊りを舞う。そしてカチナと一体となってパワーを授かり、自然への畏怖と謙虚さを改めて心に刻み込む。儀式の後にはその精神をコットンウッドの根に掘り込み、カチナドールとして娘や孫に贈るのだ。現在では400種以上ものカチナが信仰され、世界中にカチナドールのコレクターも多く、お土産品用にも作られるほど。中にはファンを抱える職人もいて、今回のハチドリの精霊を模したカチナを作ったホピ族のウォーリー・グルーバーは、細い鼻の先端までも一刀彫りし、細かく鮮やかなカラーリングを施す高い技術が評価されている。
靴に求められる本質的な機能は、“履き心地の良さ”にある。そのことに素直に向き合い続けているシューズメーカーの一つが、1774年にドイツで生まれたビルケンシュトックだろう。「自然から遠ざかった人の身体を自然な状態に解放する」というテーマを掲げて作られる靴は、解剖学に基づいて足にかかる圧力の負担を軽減するフットベッドという中敷きを使っている。弾力性のある特殊なこの中敷は裸足で歩くかのような履き心地を生み、素材には天然のラテックスやコルクを使っているというヘルシーさも相まって70年代のヒッピームーブメントで大人気となった。90年代にはマーク・ジェイコブスがグランジファッションのアイテムとして、2010年代には当時セリーヌを率いたフィービー・ファイロが自立したリアルクローズのアイテムとして取り入れている。ビルケンシュトックのスタンスは常に変わらないが、そのブレない軸が時代への反骨精神を表現する手段として頼られてきたのだ。消費社会が加速する現代では、レザーストラップの一足を選び、時間と共に経年変化し、長く愛せる素朴さを楽しみたい。
自然は生命であり、生命は芸術である。自然と芸術を等価なものと考える、ドイツを拠点に活動するオランダ人のヘルマン・デ・フリースが手がける作品は、落ち葉を拾い集めてキャンバスに並べたり、世界中の土を擦り付けたりと、自然界にある天然の素材を使って表現されている。園芸家や自然科学者という経歴があるデ・フリースは、自身をアーティストと名乗るのではなく自然の代弁者としていることからも、作為を入れるのではなくありのままの自然の美しさを伝えたいという思いがあることがわかる。そうした彼の芸術的な価値観は、道教や禅仏教からの影響によるもの。自然豊かなドイツの小さな町、エッシェナウで制作活動を行うデ・フリース。制作する作品だけではなく、彼自身の生き方もまた素朴で自然主義といえる。枯れ草をキャンバスに並べた作品のこのシリーズは、生えている場所に行き、そのままの状態をガラス板と裏板で挟んでカットするという方法で作られているもの。エッシェナウの大工が制作した額の中で茎の直線や草の曲線が幾何学的な模様を生み出しており、まさに自然本来の美しさが表現されているといえる。
人類の歴史は、編むことと共にある。今のように便利な素材がない時代、天然の草木を編むことで、生活に必要な道具を作ってきた。高度成長期以降は代用品へと形を変えていったが、今でも日本各地で様々な素材、編み地の籠やざるが作られている。籠やざるは世界中あらゆる国でも見られるが、生活に根差した道具でありながらも、素材の温かみや編み地の美しさは、現代のデザインプロダクトにも全く引けを取らない。むしろ、竹細工は道具として作られたものこそ、素朴な美しさがあると思う。これは、山梨県のスズ竹を使用した、深みのあるざるである。富士山の二合目で取れるスズ竹は、1年中採取が可能なため、いつも美しい色味と香りが楽しめると使い手から評判だ。規則的なヘゴの編み地や巻縁仕上げの縁部分など、すべてが竹でできている素朴さが美しい。元々は養蚕でまゆを入れておく為のものであったが、今では米研ぎざるとして使う人も多いようだ。食材を入れるもよいだろうし、洗濯物を入れるのも通気性が良いために合うだろう。写真のざるは、数年間使用したもの。使い込まれるうちに少しずつ深い色味になっていくのも、天然素材の魅力である。
香りは感じた瞬間に心に影響し、無意識のうちに感情や記憶を呼び起こさせる。日常に溢れているのに目には見えず、これほど神秘的なものはほかにはない。そんな香りを瓶に閉じ込めたのがコロンや香水であり、好きな香りを好きなときに楽しめる発明品だ。世の中には無数の香りがあるが、特に素朴なストーリーが詰まった1本が、現存する世界最古の薬局であるサンタ・マリア・ノヴェッラが生み出した「アックア・デッラ・レジーナ」。イタリアからフランス王家に嫁ぐカテリーナ・ディ・メディチのために調合されたことから「王妃の水」とも呼ばれ、500年前から今も変わらぬレシピで作られている。素材はフィレンツェの丘で天然栽培された薬草や油脂を使うことを徹底し、限られた素材から生み出せる量が守られている。だからこそ品質は高く保たれ、創業当時のレシピや哲学が脈々と受け継がれているのだ。化学物質や機械など数値で測られたものに頼る大量生産ではなく、天然素材や人間の情熱という曖昧だが数値を超えて本能に響いてくるものこそが、いつの時代も人間を感動させることをこの香りが歴史と共に証明している。
Photo Reiko Toyama | Styling Tsuyoshi Nimura | Edit Takayasu Yamada Yutaro Okamoto Katsuya Kondo |