Travel through Architecture by Taka Kawachi
都会の緑の中で優美にたたずむ 波打つガラスウォールの美術館 河内タカ
丹下健三の門下の一人であった建築家の黒川紀章(1934-2007)は、槇文彦、磯崎新、谷口吉生、菊竹清訓らとともに「メタボリズム」と呼ばれる社会の変化や人口の増加に合わせて成長していく都市建築を提案したことで知られている。その黒川の代表作が世界でも初めて実用化されたキューブ状のユニットが連なる「中銀カプセルタワービル」(1972)だ。メタボリズムを最も象徴する傑作建築だったものの、老朽化を理由に数年前に取り壊されてしまったのは残念なことだ。
今回取り上げる「国立新美術館」は“森の中の美術館”をコンセプトとし、黒川が手がけた最晩年の作品の一つである。エメラルド色のガラスがゆるやかに曲線を描くガラスの建築といえばおそらく思い起こす人もいるはずだ。国内最大級の展示スペースを誇る巨大建築でありながらそれほど威圧感を覚えないのは、この美術館に隣接する公園や青山墓地と同化するようにと植林され、開館から17年の歳月が流れ今や周囲に溶け込んで建築と自然との共生を具現化しているからだろう。
名古屋市美術館や福井県立恐竜博物館など、数多くの名だたる美術館や博物館の設計を手がけた黒川にとってもこの美術館は集大成と言っていい作品であるが、特徴的なうねりのあるガラスウォールは、外界からの紫外線や赤外線を減らすための水玉模様を有したグリーンのルーバー(羽板と呼ばれる細長い板)によって覆われ、それを格子状にガラスを組むことでより立体的に見えるような工法が施されている。ここを訪れるたびにいつも感心してしまうのが、エントランスから入ってすぐに眼前に現れる壮大かつ厳かな景観だ。「アトリウム」と呼ばれているこの大空間は天井高が約22mあり、奥へ奥へと延びる波打つガラスの壁にいたっては約150mも続く。さらに中央に鎮座する逆円錐型の美しいコンクリート壁は神々しいほど近未来的な雰囲気を演出している。
デンマーク家具の名品が点在する大空間
採光に関してもカーテンウォールを通過して差し込む外光に加え、展示室の入り口が並ぶ木材を規律よく並べた壁に仕込まれた蛍光灯が「光壁」となってアトリウム全体を程よい明るさに保っている。またこの吹き抜けに天井やガラス壁を支える柱が1本もないのも驚きで、実は見た目にはわからないように太い鉄柱をガラス壁の中に等間隔に仕込むことで洗練された吹き抜けの空間を作ることが可能になったのだ。
そういえば、この美術館を訪れたらぜひとも体験してほしいことがある。それがデンマークの名品と言われる椅子の座り比べである。館内には4つのレストランとカフェがあり、逆円錐型のトップにあるブラッスリー・ポール・ボキューズ・ミュゼにはアルネ·ヤコブセンの革張り「セブン・チェア」、地下のカフェテリア·カレには「アント・チェア」、そして同じ地下フロアに「エッグ・チェア」と「スワン・チェア」も置かれている。2階のサロン・ド・テ ロンドに行くとハンス・J・ウェグナーの代表作「Yチェア」、カーテンウォールの横にはこれもまたウェグナーの「シェル・チェア」と「CH25ラウンジチェア」、ポール・ケアホルムの「PK80 デイ・ベッド」などにも好きなだけ座ることができるのだ。
複数の展覧会の同時開催が可能な高い機能性を備える国立新美術館であるが、これまでルーヴル美術館展といった正統的な展示だけでなく、アニメやファッションをテーマにした企画展など柔軟さと多様さを兼ね備えている。「あそこに行けば東京のアートシーンが見える、つまり人にも会える。展示室は夕方に閉まっても、カフェとレストランのあるアトリウムは夜遅くまで開いている、という街角を作りかった」と黒川は語っていたが、今では都内で最も人気のある美術館の一つとなった。きっと黒川もこの都会のオアシス的な雰囲気を喜んだに違いない。
The National Art Center, Tokyo
山や波といった自然界の有機的な曲線美をイメージしたガラス張りの外観が象徴的な建築。そのガラスカーテンウォールから周囲の豊かな自然環境を大胆に取り入れ、床や壁材には木材を多く使用し、「森」を感じさせるあたたかな空間となっている。設計を手掛けた黒川紀章は、メタボリズム(新陳代謝)や循環(リサイクル)、生態系(エコロジー)などをテーマに、「生命の原理」と向き合った建築家として世界的に名を馳せる。
国立新美術館 東京都港区六本木 7-22-2
https://www.nact.jp/
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真、建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。
Text Taka Kawachi | Photo The National Art Center, Tokyo | Edit Yutaro Okamoto |