The Reason Behind Eyewear by YUICHI TOYAMA. (Designer)
外山雄一がアイウエアを 作り続ける理由

2009年にブランドをスタートし、現在世界15カ国、550店舗以上で展開するユウイチ トヤマ.。「ダブルダッチ」に代表されるニュートラルなデザインと日本的な様式美を組み合わせたアイウエアは世界中で高い評価を得ている。彼はどのようにしてアイウエアデザイナーを目指し、栄枯盛衰の激しいメガネ業界においてブランドを発展させ続けているのか。本人から話を聞いた。
取材を行ったのは青山にあるユウイチ トヤマ.の旗艦店。暖かな日の当たる店内には宮城県の伊達冠石から切り出した什器や、作家 橋本知成が手がけた信楽焼など国内の工芸作家作品を中心に数多くの作品が飾られ、彼のインスピレーションの源を垣間見ることができる。店舗奥にあるプライベートオーダールームで外山の柔らかな口調のなか、取材が始まった。
アイウエアと
カルチャーとの出会い
「僕がまだ幼い頃はアイウエアは今ほどファッション的でもポジティブなイメージがあるものでもなかったんです。そんなある時テレビを見ていると俳優の陣内孝則さんがアランミクリの横長のスカッとしたデザインのアイウエアをかけているのを見て『うわ、かっこいい』と思ったんです。当時サングラスといえば、レイバンくらいしか知らなかった僕には衝撃的でした。ほかにもジェームス・ディーンがかけるクリップオンのセルフレームやデニス・ホッパーのレイバンなど、海外の俳優がかけているアイウエアなどに憧れていきました。そこからはまっていったのが、ヒップホップです。トゥーパックやテディー・ライリーがかけていたゴルチェのサングラスは衝撃的で今でも強く記憶に残っています。この時のインスピレーションやサンプリングに感じた彼らのオリジナリティは今のアイウエア作りにも活かされています」。

海外俳優やヒップホップミュージシャンへの憧れからアイウエアへの興味を強め、美術専門学校を卒業後ゴルチェやヨウジ・ヤマモトなどデザイナーズブランドのアイウエアを手がける鯖江の会社へ入社した外山。そこから数々の有名ブランドのデザイナーとの仕事が始まっていく。
「国内外のさまざまなデザイナーズブランドのアイウエアをインハウスで手がけるようになり、彼らのアトリエに訪れたり、交流を繰り返しながらアイウエア作りを行う日々が始まりました。アイウエアとは関係のない人々が生み出す美学を探りながら自分の解釈で彼らに提案を行う。大変な作業でしたが、普段とは違った刺激にとても胸が躍りました。退職後自分のブランドを立ち上げるまでの間にフリーランスとして働いた期間を含め、それが今アイウエア以外のさまざまな物事からインスピレーションを受けてものづくりを行う自分のスタンスの根源にもなっていると思います。インスピレーションでいえば東京でアイウエアの仕事を続けることにも理由があります。アイウエア作りの拠点が鯖江であるメガネ業界では、効率や利便性から鯖江に住むデザイナーも多い。ただアイウエアだけに向き合う日々では、インプットとして不十分だと思うんです。マーケットの中心が東京にあるからこそ、電車や休日出かけた時になっています。どんな人がどんなアイウエアをかけているのか、そういった外的要因から情報を得てアイウエア作りを行うことはインスピレーションにもなり、ユウイチ トヤマ.のブランドの武器のひとつにもなっています。そうやって過ごしていけばこの世にある全てのものがインスピレーションの源になっていくんです。その方が人生も楽しいですしね」。
エモーショナルな感覚を
感じるものづくり
感覚的な経験や心の起伏を細かく感じながらデザインに落とし込んでいく外山。それはデザインの中にエモーショナルな要素を組み込むことにもつながっていくという。
「学生時代に憧れた映画のワンシーンやヒップホップを含めた音楽を聞いていて自分の心が動かされた瞬間や、はっとさせられる情緒的な感覚を大切にしてます。その感覚をユウイチ トヤマ.でも感じてもらいたいと思っています。例えば雨が降っている時に車を運転していると昔同じ状況で聞いていた曲をふと思い出して懐かしくなるように、ユウイチ トヤマ.のアイウエアを長年愛用していて『あの時、これを選んで良かったな』と昔の審美眼を再確認できるようなものづくりが理想的なんです」。

「半完成品」としてのデザイン
素材の美しさを見出す
過去に囚われないブランド独自のデザインで高い評価を集める外山だが、彼のアイウエアデザインにおける信念について語ってくれた。
「生活全てがインスピレーションであるのと同じで、色々なデザイナーさんや作家さんの作品から大きな影響を受けています。特に年齢を重ね、日本の作家さんが持つ美学に感銘を受ける機会が増えました。色々な作品を鑑賞するときに必ず『作り手はどのように美しさを表現しているのだろう』や『見た人は何を良いと感じるんだろう』と考えて勝手な答えを見つけています。そういった作品と同じ美学が日本のものづくりにはしっかり裏打ちされていると感じます。ダイナミックな作品が評価されやすい世の中ですが、奥ゆかしい創造の中に美しさをまとわせる、そんなものづくりに影響を受けることが増えました。特に海外で展示会を行うようになった当初、『メイド・イン・ジャパン』でしか評価されず、デザインを見られていないことに強い違和感を感じたんです。そうした時にインスピレーションになったのが日本の工芸品たちでした。『素材と向き合う』ことが自分がデザインをするときの哲学なのは日本人の作家さんが素材と向き合い苦悩しながら控えめな曲線の美しさや、質感の出し方に考えているのを感じ取れたことがきっかけです。アイウェアのデザインはトレンドを意識することも大事ですが、ものづくりにおいては素材と向き合い、それをどう美しく魅せるのかを実直に考えることの大切さに気づかされました。例えばメタルパーツを透明なセルフレームで包んで透過させたら普通のセルフレームにはない美しさが生まれるのではないか、など苦労して考えたことが美しいフレームとして実現した時、その哲学を曲げずにデザインを続けることの大切さを感じます。

かけて初めて完成するデザイン
素材と向き合い、その美しさをデザインに反映する。そんな彼の哲学がユウイチ トヤマ.の独自性に溢れ、かつ繊細な美しさを持つデザインへと繋がっているが、もうひとつ彼にはアイウエアにおいて大切にしている価値観があった。
「『半完成品』とよく表現しているんですが、アイウエアのデザインは顔にかけて初めて完成するものだと思っています。今でこそ伊達メガネをファッションとして楽しむ方もいらっしゃいますが、根本的にアイウエアは矯正用のレンズを保持するための枠だと思っていて、アイウエアが顔の主役になるのは本来の用途として矛盾している気がするんです。僕があまりに奇抜なデザインにしないのは、顔をどう引き立たせるか、あくまでかける人がいて、表情を豊かにしたり、その人の生活や見栄えを引き立てるものであるべきというのが本質にあるんです。もちろんプロダクトとして美しくありたいという自分の思いはあるので、さまざまな角度からデザインは提案していきますが、『独創性のあるシェイプにするなら、シンプルな美しいフレームでシェイプを引き立てる』など、アイウエアデザインとしてのバランスを取ることはとても大切にしています」。

前職からはじめ、長年に渡り鯖江でアイウエア作りを行う外山。そこには日本でアイウエア作りを行う秘密が隠されていた。
「昨今国外でもアイウエア作りは容易に安価で行えるようになりました。それでも鯖江でアイウエア作りを行う理由は職人との緻密な対話が可能だからです。彼らには長年にわたって培ってきたノウハウがあるので、しっかりと話し合っていけば、こちらのやりたいことを実現できる確かな技術力があります。ただ職人さんの集まりなので、基本的にはできないと言われることが多いんです。それでも彼らの技術力を最大限に活かすには会話を繰り返しながら、少しずつ実現してもらえるようにコミュニケーションを繰り返していくことが大切だと思います。前職から数え30年以上に渡り試作品を作ってもらっている試作職人の方もいて、彼らの技術なしでは体現し得ないことが数多くあります。こうやって僕が色々な人に協力をしてもらいながらアイウエアデザインを続けているのは、ユウイチ トヤマ.の哲学を継承していくためだと思っています。派手なものは伝わりやすいけど、ユウイチ トヤマ.のようなこれみよがしではないデザインが人に伝わっていくにはかなりの時間がかかります。ただ時間がかかるからこそ、それを次世代のデザイナー、お店に来てくれているお客様にも自分の考え方や視点を伝えていきたいと思っています。特にこれからの世代交代を見据えて、自分の考え方や、哲学を継承していきたいんです。世代が変わればデザインが代わる。下の世代には変化していってほしいので、そうやって変わっていく時代の中でも、考え方や哲学の根幹にユウイチ トヤマ.の精神性を残していきたいと思っています」。



外山雄一
1993年に福井の眼鏡メーカーでキャリアをスタートし、2009年に自身のブランドUSHを立ち上げた。2010年にアトリエ サンクを設立。2017年にはブランド名をユウイチ トヤマ.に改めた。ジョルジオ アルマーニとのコラボレーションを始め、国内外から高く評価されるアイウエアブランドを築いている。
| Photo Naoto Kobayashi | Interview & Text Katsuya Kondo |












