Salehe Bembury: At the Dawn of His Newly Forged Creative Realm
フットウエアの新領域を定義する サレへ・ベンバリーの現在地
フットウエアデザイナーのサレへ・ベンバリーは今、「SPUNGE」というフットウエアブランドを立ち上げ、スニーカー業界に新たな旋風を巻き起こそうとしている。クロックス、ニューバランス、ベルサーチ、そしてイージーまで、15年にわたり多様なブランドで経験を積んできた彼は、そのすべてを“吸収し続ける姿勢”としてブランド名に刻み込んだ。自然物から着想を得た指紋や木目のモチーフは、彼の美意識を象徴するだけでなく、“触れる前に感じさせる”プロダクトへと導く独自のビジュアル言語であり、ベンバリーが何より大切にしてきたストーリーテリングの核でもある。
その背景には、大量生産の世界で目の当たりにしたロジックと、限られた生産数だからこそ許されるコラボレーションの自由度、その両方を知る彼ならではの創造の振れ幅がある。レアなものに対するハイプ文化の熱を理解しつつ、あえて“いつでも買える”ブランドを志向するSPUNGEは、スニーカーに新しい価値観をもたらそうとしている。今回、ベンバリーにその哲学の核心と、まさに歩み出したばかりのSPUNGEの未来について聞いた。

ー大手フットウエアブランドのオファーを断ったという話もありましたが、「自分のブランドを始めよう」と思った決定的な瞬間はなんでしたか?
そうですね。僕はフットウエアの世界に入って15年になるのですが、この15年間で、スタートアップから大企業、ハイファッション、カニエ・ウエスト率いるイージーまで、あらゆるタイプのブランドで仕事をする幸運に恵まれました。それぞれまったく異なる価値観と仕組みを持つブランドです。振り返ると、その15年はひたすら学び続けた時間でした。そして、そのすべてを吸収したうえで、一つのブランドとして形にしたいと思うようになったんです。SPUNGEはその結果。ブランド名のSPUNGEには、“常に吸収し続けるスポンジであること”という考え方が込められています。これが一番価値のある状態だと思っていて、ブランド名そのものがその姿勢を表しています。

ーあなたのデザインのシグネチャーとも言える“指紋・木目”のモチーフはロゴのような存在になっていますが、あれはどういう意味を持つのでしょうか? そして、それがどのようにストーリーテリングの一部になっていったのかも教えていただけますか?
デザイナーになった頃から、「偉大なデザイナーには一貫したビジュアル言語がある」と強く意識していました。ロゴがなくても誰の作品かわかる、あの感覚です。自分にとって自然で、心から惹かれるものは何かを考え続けた結果、行き着いたのが自然でした。オーガニックな形、木目、そして指紋。指紋は誰もが持っているものだから、説明がなくても直感的に伝わる。その親しみやすさに可能性を感じたんです。
ーなるほど。重ねて自然からのインスピレーションについてですが、スニーカーのような合成素材を扱う中で、あなたにとって“オーガニックなデザイン”とは何を意味しますか?
必ずしも自然物をそのまま再現することではありません。触感やテクスチャ、素材の背景にあるストーリー、さらにはパッケージングも含めて、オーガニックな要素は存在します。人が何かを身につけたとき、その人の価値観や情熱が言葉を使わずに伝わる瞬間がありますよね。ブランドが語り出す前に、すでに何かを感じさせている。その状態がとても好きなんです。

ーデザインを始めるとき、履き手には最初に何を感じてほしいと思いますか?
私が持っている理想は「触る前に感じるプロダクト」です。見る前、触る前から何かを感じ取れるようなストーリーや空気感を、常に意識しています。お披露目の瞬間は一度きりで、その一瞬にすべてが凝縮されるからこそ、表現の細部まで妥協したくないんです。
ー「SPUNGE」は“常にオンであるブランド”を目指す、と語っていましたよね。ドロップ文化やレアスニーカーとのバランスはどう取るのでしょう?
ハイプの世界に長く身を置いてきたからこそ、その熱が弱まりつつあるのも感じています。だからこそ、そこに依存しない在り方を選びました。SPUNGEは、特別な日にしか出会えない存在ではなく、必要なときにそこにあるブランドでありたい。まさにそこに、“常にオン”という考えが込められているんです。もちろん、これまで築いてきた文脈や仲間との関係も大切にしています。今着ているサトシナカモトとのコラボもその関係性があってからこそ実現できました。これからも、その両方の文脈を行き来できるようにしたいと思っています。
ーコラボ文化についてもう少し、最近はロゴを足しただけのようなコラボも多く、形骸化しているという声もあります。あなたはどうやって“意味のあるコラボ”にしていますか?
今のお客さんはとても鋭い。だからこそ、表面的なものはすぐに見抜かれてしまうと思っています。大切なのは、自分が子どもの頃に心を動かされた感覚に立ち返ることです。理由は分からなくても、強く惹かれたあの体験。その感覚を、どう現代に置き換えるかを常に考えています。そんなストーリーテリングを自分のデザインを通して表現するのが、常の目標です。

ーリッゾーリからの本の出版もおめでとうございます。『Salehe Bembury: I Make Shoes』はあなたのクリエイションのアーカイブでもありますよね。初期のスケッチなどを見返すと、どんな変化に気づきますか?
時間が経つにつれて、明らかに自由度が増していると思います。初期はブランドのビジョンを形にすることがデザインをするうえでの中心でしたが、機会が増え、自分の名前がプロダクトに刻まれるようになってからは、よりリスクを取れるようになった。この小さな成功体験の積み重ねこそが、もう一段階上げていいんじゃないか?と自信を持てるようになった大きなきっかけでした。最近の作品ほど、過去の成功がもたらした自由度を反映していると感じますね。
ーなるほど。10年後はSPUNGEでどんな足跡を残したいですか?
10年後も続いていること自体が、ひとつの成功だと思っています。始めることより、続けることのほうがずっと難しいからです。今は、その真っ只中にいて、すべてが繊細で、一つひとつの判断が重要な期間。そんなピリオドだからこそ、最初の一歩一歩を大切にしたいんです。
ーこれからも自分名義でのコラボは続けますか?
もちろん!15年かけて築いた自分の名前の価値を活かさない手はない。ただしやりすぎないこと、そして意図を持って動くことが重要。ニューバランス、ピューマ、クロックス、どのブランドとやるにしても、パッケージからストーリーまで、毎回違うものになるように細かく設計しています。作業としてのデザインにしたくないんです。これは子どもの頃からやりたかった仕事だから、ずっと抱えてきた熱量をちゃんと形にしたい。

ー自身のブランドを持つことのプレッシャーや期待も大きいと思いますが、コアと革新のバランスをどう取るのでしょうか?
可能性は無限にあると思っています。でも面白いのは、自分のブランドを始めて、急に初心に戻ったような感覚があることです。コラボは忙しすぎて、SNSのフォロー数やいいねの数なんて気にしている暇がないんですよ。でもSPUNGEはまだフォロワーが6万人くらいで、コメント一つひとつに『よっしゃ!』みたいに反応してしまう。でもこの親密さがブランドの価値につながると思う。実際に手に取ったときのクオリティや履き心地も伝わるだろうし。ただ、難しいのは僕が長くコラボの人として見られてきたせいで、SPUNGEをまた別のコラボだと思っている人が多いことです。でもそれは7年間かけて創った言語があるから。今はその言語をガラッと変えたところなんです。だから、彼らに新しい言語を学んでもらう必要があるんだ。
ーそしてサトシナカモトがSPUNGEの最初の本格的なコラボの一つですね。どういうきっかけで彼らと?
僕が一緒に仕事をする相手は、基本的に既に関係がある人です。無理やりのコラボは好きじゃなくて、友達とやるのが好きなんです。サトシナカモトについては、オーナーが僕の親友の一人。この2年でTシャツのブランドから、今市場で最も勢いのあるブランドの1つに成長するのを間近で見てきました。だから自然だったんです。今の立ち位置もふまえてしっくりきた。それに、僕はいつも彼らのパンツを穿いているから。30本くらい持っていて、本当に毎日穿いてるよ。今後出すコラボも、全部そういう意味のある繋がりから生まれます。
ー今後のSPUNGEについては?プロダクトは増えますか?
もちろん。誰でも買いやすいラインがあっても、同時に僕自身が好きなものを届け続けたい。僕自身がある種の消費者モデルだから。新しいシルエットも既に一つ完成していて、三つ目も間もなく完成します。新しいシルエットを出すことで、「これはブランドなんだ」とお客さんが理解してくれるようになる。すべて同じデザイン言語でつながっていて、スクィッシュ・テックという独自技術も使われていて、一つの家族かのように並ぶはずです。
ベンバリーの言葉の端々には、足元から世界を更新しようとする確かな情熱が伝わってくる。大量生産の現場で培った経験、そしてコラボレーションで得た自由。その両極を知る彼だからこそ、「いつでも買える」という逆説的な価値観を掲げ、誰もが参加できる新しいスニーカー文化を描き出せるのだろう。
SPUNGEが今まさに歩み始めたこの道は、単なるブランドの誕生ではなく、ベンバリー自身が新しい言語を追求する旅の始まりのように思えてくる。これから増えていくであろうシルエットやストーリーの数々が、どんな未来をかたちづくるのか、その足跡を追う楽しみは尽きそうにない。

サレへ・ベンバリー
アメリカ・ニューヨーク出身のフットウエアデザイナー。クロックスやニューバランス、ベルサーチ、イージーなどで経験を積み、スニーカーシーンの中核を担ってきた。自然やカルチャーに根ざした有機的な造形と大胆な色使いを特徴とし、現在は自身のプロジェクト「SPUNGE」を通じて、フットウエアの新たな表現を探求している。
| Photo Usami Naoto | Interview & Text Samuel Pattison |












