Legacy of the Gentleman’s Spirit Vol.2
語り継がれる男の美学
ファッション、仕事との向き合い方、車の選び方。人生のさまざまな場面において、人の生き様は現れる。むしろその生き様の美学=ジェントルマンズマナーこそが、その人生を形作ると言っても良いだろう。その作法は十人十色だが、己を貫き、自分らしく生きる男たちは格好いい。外交官、映画監督、音楽家からスポーツ選手、落語家、俳優まで。時を超え、現代の我々にも刺激を与えてくれる男たちの信念ある生き方を紹介しよう。
長嶋茂雄
「三振する時も魅せる」
ミスタージャイアンツ、長嶋茂雄。日本中を魅了した背番号3の不世出のスーパースターもダンディズム溢れる確かな男の美学を持っていた。それは常に観客を意識した“魅せる”プレイをするということ。天覧試合のサヨナラホームランに代表されるチャンスに強いバッティング、ショートへの打球までをもキャッチする華麗なサードの守備。そしてヘルメットを飛ばしながらのダイナミックなスイング。三振をするときも、絵になることを考え、わざと大きなヘルメットを被っていたという。ホームランやダイビングキャッチといった陽の場面だけではなく、マイナスである凡退時も華やかに。それが何よりの魅力だった。天真爛漫な印象があるが、その背景には考えて抜かれたプロフェッショナルの意識があったのだ。引退試合での「我が巨人軍は永久に不滅です」というファンの心を捉えた明快でわかりやすい言葉も、魅せるという美学から生まれたもの。監督としても球場を明るく、華やかに盛り上げた真のエンターテイナー。常にファンの期待に応え続けた記録よりも記憶に残るプレイとその姿は、これからも語り継がれていくことだろう。
立川談志
「己に自信の無い奴が常識に従う」
アウトローな生き様に惹かれるのは人間の性。王道からかけ離れているからこそ、そのアンチで尖ったマインドが輝きを放つ。落語家・立川談志の生き方にもそんなアウトローならではの魅力がある。16歳で五代目柳家小さんに入門し、27歳の時には五代目立川談志を襲名し、真打昇進を果たした談志。だが、古典がもてはやされていた業界の常識を疑い、落語教会を脱会。立川流を創設した。独自の道を突き進み、革新を行う姿は、落語という伝統芸能の世界では異端児扱いされ、時にその行動は破天荒と呼ばれることもあったが、彼の軸には自分が信じる「人間の業を肯定する」落語があった。それは多くの新たなファンを生み、現在も志の輔、談春をはじめとして、数多くの弟子も輩出している。常識に囚われず、自由に自分の信念に基づいて行動する。その生き方も彼流の男のマナーであり、美学なのだ。そもそも落語という文化は、市井の世間話を洒落を利かせて面白おかしく話したもの。そんな背景を持って生まれた落語をアップデートさせた談志を粋と呼ぶかどうかなんて、その問いかけこそ野暮というものだろう。
松田優作
「24時間映画のことを考える」
20代でハードボイルドなアクション俳優としてデビュー。30代を迎え、知性を備えた演技派として、そして遺作のハリウッド映画『ブラック・レイン』での凄みを帯びた演技で日本を代表する俳優となった松田優作。39年という短い生涯の中で、彼は役者という職業にひたむきに向き合ってきた。役のために奥歯を4本抜いたり、高すぎる身長を気にして本気で足を切ろうとしたり、とそんなエピソードにはこと欠かない。撮影後も今はなき下北沢のジャズバー、「レディ・ジェーン」に通い、バーボンを片手に演劇論を戦わせる。酒の場で仲間たちに「お前たちは、俺には絶対に勝てない。なぜなら俺は24時間映画のことを考えているからだ」と語っていたという。行きつけのバーで決まった酒を飲みながら、自分がとことん熱中していることについて熱く語る。それもまた男の憧れる男の姿だ。ちなみに若き日の代表作、『探偵物語』の工藤俊作は、『ロング・グッドバイ』のフィリップ・マーロウをモデルとしていたのは有名な話。男の生き様について常に考えていたからこそ、あのコミカルでスマートなドラマが生まれたのである。
三浦知良
「少しの外出でもスーツを着る」
58歳を迎えた現在もいまだに現役を続けるサッカー界のスーパースター、三浦知良。ブラジル留学を経て黎明期、そしてJリーグ開幕を華やかに盛り上げ、日本サッカーのレベルを牽引してきたキングだが、ピッチの外での装いに彼の美学を見て取ることができる。そのこだわりとはスーツ。JリーグMVP授賞式での赤のスーツ、50歳の誕生日の会見でまとったピンクのスーツなど、そして移動時のダークトーンのダンディなスーツなど常にTPOに合わせたスーツを選んでいる。そのこだわりはプライベートにも及び、近所へのちょっとした外出でもスーツに着替えることもあるという。これも確かなジェントルマンのマナー。見た目も内面の一部だと考え、スーツを着ることで自分の気持ちを高める。好みは色気を備えたイタリア系のブランドで、ジョルジオ・アルマーニとは親交も深かった。生地にこだわり、ミリ単位でオーダー。ピッチでのストイックなプレーはもちろんのこと、ピッチ外ではその華やかな姿をイメージするファンの期待を裏切らない。彼もまた、プロフェッショナルなプレイヤーであり、エンターテイナーなのだ。
Illustration Yoshimi Hatori | Edit & Text Satoru Komura |