Yosuke Aizawa (White Mountaineering Designer)

行動や気持ちにフィットする 腕時計との向き合い方 相澤陽介

“服を着るフィールドは全てアウトドア”というテーマを掲げ、デザインと実用性、技術の3要素全てが融合する服を生み出し続けるホワイトマウンテニアリング。計算された機能美を生み出すデザイナー相澤陽介は、腕時計をどのような観点で選んでいるのか。

どこに行って何をするのか
選ぶ腕時計はその日次第

「腕時計は様々な種類を所有しています。全部が高級時計というわけではなく、トイウォッチもたくさん持っています。美術大学の学生だったので、プロダクトデザインの観点で色々な時計に興味を持っていたんです。『このデザインはどうやってできたのか』、『どんなシーンで着けるのが格好良いのか』とその腕時計にある背景や使い方が気になって、今日に至るまで少しずつ集めてきました。学生時代からの習慣なので、手首に何も着いていないと気分が乗らないし、そもそも、携帯で時間を確認するのが好きではないので毎日必ず腕時計を着用しています。パッと腕を見るだけで時間を確認出来るのが、楽でいいんです。僕は、スノーボードやテニス、オフロードバイクなど比較的アクティブな趣味が多いのですが、何をするかによって腕時計も付け替えます。バイクの時は衝撃に強いG-SHOCK、スノーボードをする時にはゴーグルをかけても見やすいシンプルな三針など。腕時計以外にも言えることかもしれませんが、様々なシーンで使用してみないと、どのタイミングがベストなのかわからない。だから、所有している時計は、実際に試してみてどんなシーンに最適なのか、その日の行動や気持ちにフィットするものを着用しているんです。その方が着けていて心地良さも感じます」。

Credor Locomotive (1979) by SEIKO
3種類のバングルと共に着用するというセイコー クレドール ロコモティブ。1979年にジェラルド・ジェンタによるデザインで誕生。相澤の所有するオリジナルモデルはステンレススチールで作られており、多少のキズも「バングルと馴染んでいて良い」と話す。
『分かりやすい時計をしてはダメだよ』

どんな腕時計でも、最適なシーンで使用する事がルールだと語る相澤。
そんな彼が先日のパリコレクションで着用していたのが、1979年、腕時計界の巨匠ジェラルド・ジェンタによって生み出されたセイコーのクレドール ロコモティブだ。相澤自身にとって大舞台ともいえるパリコレクションでなぜ、相澤はこの時計を着用することにしたのか。

「海外では特にセキュリティには気をつけないといけないのですが、この時計は一般的にみてすぐに盗難の対象にならないしクオーツなのもいいですね。でも、それ以上に大切なのは、“会話が広がるかどうか”。それを意識してこの1本を選びました」。

会話を広げるための時計を選ぶ。相澤がこう考えるようになったのは、イタリアでのある経験がきっかけになっていた。

「僕が以前デザインを担当していた、イタリア・ラルディーニ社へ初めて行った時の話です。その時はロレックスを着けていたんですが、『分かりやすい時計をしてはダメだよ』と強く言われた事がありました。話を聞くと、分かりやすく高額な腕時計は盗まれやすいし、何よりイタリアでは、着けている腕時計が1つのコミュニケーションだから、分かりやすい腕時計をしていては話が広がらないと教えてもらったんです。後日、別の腕時計を着けてイタリアのパンツ工場に行く機会があったんですが、その時計がちょうど再販されたタイミングだったこともあり、腕時計について工場の社長から再販されたものか、オリジナルなのかとすぐに質問されたのを今でも覚えています。日本では時計についてそんなに聞かれることはないので、イタリアのファッション業界にいる人たちにとって、服だけがファッションではないんだと気付かされた瞬間でもありました。その人自身の日常生活や好きな物とファッションが結びついているからこそ格好良く見える。それは、腕時計でも同じこと。正しいシーンと服装に合わせて着用されているからこそ、似合って見えるし、その人のスタイルとして馴染んでくるのだと思います。また僕にとって、1日の中でどんな洋服や腕時計を身につけるかは、かなり後回しの感覚。僕自身の生活があって、スノーボードやテニスなど趣味がある。大切なのは何をするために何を身に着けるかだと思うんです。そこには理由があるし、そうすることで自分の中のストーリーが完結するんです。たとえば、僕がこのクレドールを着ける時は、3つのバングルと合わせて着けたいから。これらのバングルはブランドもそれぞれ違うし形も全く違う。だけど、この4つを腕につけるとバランスがいいんです。自己満足でしかないですが、どれか一つが減ってはダメだし、増えてるのも何か違うと思います。生活とスタイリングの両方にマッチしている腕時計を着けた時に初めて、いいなって思うんです」。

エットレ・ソットサスやカール・ゲルストナーなど相澤が学生時代から敬愛するデザイナーが手がけた腕時計のコレクション。「建築やタイポグラフィを手がけたデザイナーが腕時計をデザインするという事実が面白いのですが、腕時計はデザイナーが作る1番小さい最終形態。『その限られた世界をどのようにデザインするのか』、そんな視点から考えても、興味深いものが多いんです」。
集め続けてきた
ソットサスコレクション

様々なブランドの時計を所有している相澤。先述のジェラルド・ジェンタがデザインした時計も複数本所有しているというが、次に紹介してくれたのは、イタリアの建築家でポストモダニズムのデザインを代表する、エットレ・ソットサスがセイコーと手がけた配色がとても美しい腕時計シリーズだった。

「昔から彼がデザインしたものを集めていたんです。学生時代から大好きで、この腕時計は彼を調べていくうちに出会ったもの。彼らしい大胆で楽しいグラフィックと配色が綺麗ですよね。このシリーズは復刻版も発売されているのですが、オリジナル版とは仕様が少し変わっているんです。セイコーの方に理由を聞くと、当時のムーブメントが残っていないことや、ベゼルがなくガラスが剥き出しなので安全面など様々な理由で今は再現できないとのこと。時代背景によって作られるデザインも変わってしまうというのも面白いですよね」。腕時計のデザインからではなく、デザイナー自体が好きで購入したという、いかにも相澤らしいこのコレクション。現在では再現できない希少性をもったこのプロダクトも、語り継ぐべきマスターピースだ。相澤の腕時計にはストーリーがあり、使い方がある。着用する腕時計は選択肢があればあるほど迷ってしまうものだが、イタリアや日本をはじめとした世界各国での体験と、学生時代から培われた腕時計に対する豊富な知識と経験が、深みのある知的なスタイルを作り上げていた。

相澤陽介 多摩美術大学を卒業後、2006年から自身のブランドWhite Mountaineeringを始動。クロネコヤマトのセールスドライバーや受付スタッフの制服や北海道コンサドーレ札幌のユニフォームなど多くのブランドや企業のデザインも手掛けるほか、母校の多摩美術大学、東北芸術工科大学の客員教授も務める。

Photo    Kei SakakuraInterview & Text    Jo Kasahara

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