primitive soul RINKO KIKUCHI

菊地凛子が表現する プリミティブなファッションストーリー

Interview with
Rinko Kikuchi
about Primitive Soul

俳優菊地凛子。世界を舞台に活躍する数少ない日本人俳優のひとりである。俳優として、女性として、母として、人間として。世界中のさまざまな人たちと交流しながら、自分なりの表現、生き方を探し続け、貫いてきた。
彼女の話を聞く中で印象的な言葉がある。「素直でいること。本能的で動物的であること」。これは当たり前のようで、当たり前にできないことでもある。この言葉は今号のテーマであるプリミティブと深く繋がり、彼女らしい言葉でいま現代を生きる私たちに、大切な気づきを与えてくれている。

撮影当日、朝9時。菊地は自分で車を運転し、撮影スタジオにひとりで現れた。その姿はとても自然な佇まいで、キリっとした普段のイメージとはまた違う柔らかい笑顔が印象的だ。著名な俳優が、スタジオに自分の車でひとりでくることは稀だ。その行動からも菊地が自分なりの哲学を持っていることが伝わってくる。

大地を感じられるピュアで
自然なものが心に響く

プリミティブ(原始的、人間的)というテーマということで、まずはシンプルに五感に関わることから聞いてみたいと思った。頭で考えることよりも、直感的に、動物的に感じられることから話すことで彼女の素直な感覚に触れていきたい。まずは人間にとって最も身近な食べ物、食事のことについて聞いてみた。

「温かいものが好きなんですよね、夏でも基本温かいものが好きです。それかすごく冷たいか。温度が極端なものが好きなのかもしれないです。昔から極端で、スープはすごく熱いのが好きだし、すごく冷えたお酒が好きだったりします。温度に対して敏感なのかもしれないですね。だから暑い夏が大好きなんです。あとはすごく単純ですが、美味しいものが好きです。私は食べ物に時間とお金を割いている方で、人生の中でも食べることに関して、とりわけ大切にしていますね。好きなワインに合わせてペアリングで食べるのも好きですし。あとは地元で昔から人気の中華料理屋さんの餃子にビール。そこにいる人たちのムード、人間味を感じる空間やお料理が好きですね」。

人間味、作り手の雰囲気を感じられるということに繋がりの深い、ナチュールワインも好んでいるという。自然との向き合い方、根源的な考え方は食事から始まり、日々の生活に寄り添うものだ。

「ミネラル感が強いものが好きだったり、酸味も好きです!作り手がその時の気分で作った、その時ならではの計算されすぎていないピュアで粗野な感じ。地球の恵みというか、土地のミネラルを感じられるものは、私を元気にしてくれて活力が湧いてくる感じがします。作り手の趣味が存分に伝わってくるラベル(エチケット)のデザインも好きなんですよね。ひと昔前は高級なシャンパンを飲んでアッパーなムードというのがファッションの世界には多かった気がしますが、今、私は大地を感じられるピュアで自然なものが心に響いて、楽しいな、豊かだなと感じます。また、そういう感性を持っている人が増えているのを実感します。私はアルザス地方のワインが好きなんですが、酸味があって、その土地の個性を感じられるところは興味深いです。個性があるというのは、作り手がミニマムなチームで、自分たちの手の届く範囲で大切に作ってるからだと思うんですよね。なんか家族のような根源的なものを感じます」。

家族のようなという話題から、菊地は自分が一番好きな場所について話を続ける。

「家族といえば、やっぱり私は家族のいる場所が好きですね。一番自分らしいところだから。帰れる場所がすごく大切だなと感じます。帰れる場所があるから仕事の場所に飛び立っていける。私は海外で長い期間仕事になることもあるので、自分の家族、自分をよくわかってくれる友達・仲間がいる場所が本当に好きだし、大切にしています」。

五感に関する話の中で、嗅覚、香りについても聞いてみた。菊地の中でも香りは経験上とても大切な部分を占めているようだ。

「香りに関しては、いままでそこまでこだわったことがなかったんですが、最近サウナに行くようになってロウリュを経験すると、アロマのフワっとくる感覚が好きになりました。車に乗って目的地に向かうときも車内でアロマの香りを愉しんだりします。女性的な天然のローズとかが好きです。おそらく本能的に女性ホルモンが欲しているんですかね。でも、なんと言っても子供の匂いがいいです(笑)。頭の上から発する匂いがたまらんです(笑)。まるで天使です。でも、香りっていろんなことを思い出させますよね。一番記憶に残る感覚かもしれない。私はかつて映画祭に行く時など、ひとりで飛行機に乗ることも多かったのでアメリカンエアラインの匂いは若いころに、辛くて頑張っていた時のことを思い出します。エールフランスの機内で流れる曲も、その頃の記憶が蘇ってきますね」。

素直であること。
喜怒哀楽があること。

若い頃から俳優として多くのハイブランドや、さまざまなファッションに関わってきた菊地にとって、いまファッションに感じること、撮影のスタイリングについても聞いてみた。

「若い頃はシャープで硬い感じのものが好きだったんですが、いまは肌に馴染むような柔らかいものも好きになってきました。昔はわりとシャープなお洋服を着るイメージが強かった気がするし、レッドカーペットも少しシャープでモードなスタイルが多かったと思います。いまはより自分に馴染むというか、そういう部分を大切にしたいなと思っています。そういう意味ではやっぱり人の手で作られたもの。モードな服でも鞄でも、職人さんが作ったものが好きですね。今日の撮影で持ったエルメスの鞄とかはまさに職人の手仕事の美しさを感じるし、こんな綺麗なものを作れる職人さんの長い年月で培われた技術は本当に素晴らしいと思います」。

人間らしいところは、
人間しかわからない

年齢を重ねるごとに変化、進化する感覚。菊地も若い頃とは少し違った感覚を感じていると話す。それはより人間らしい本質に向かっているようだ。

「年齢を重ねて、自分がどんどん素直になってきてるなと感じています。子供との時間がほとんどで自分の時間は限られているから、感情を優先して素直に自分のやりたいことを選ぶようになってきました。とにかく自分に素直に、いまどうしたいかを考えています。生活しているといろいろ選択しなくてはいけないことがあると思うんです。でも自分に素直じゃないと選択することに多くの時間を使ってしまいます。その選択の時間も少なくして、時間を有効に使いたいと思ったら、自分に素直なのが一番なんです。何が好きで、何が嫌いなのか。常に自分の素直な気持ちを優先させたいですね」。

家族のこと、自分の素直な感情。とても根源的なことを大切に生活をしているという菊地に、改めて普段から根源的に大切にしていることについて聞いてみた。

「やっぱり、素直であること。喜怒哀楽があること。そういう人間的なことですかね。子供はそう考えるとすごいんですよ。あんなに泣いて怒っていたのに、急に『この、おかず大好き!』、『大嫌い!』って(笑)。あんなに動物的で本能的で素直で。そういう時に思うんです、私たちはいま社会で生きているけれど、本来は子供のように動物的で本能的であるべきだし、いろんな感情を持って人間らしくあるべきなんだろうなって。いまの世の中、SNSの中で、普段の生活以上に映えることを発信する人も少なくないと思います。でも今はもっと素直で自分に偽りなく、本能的な人の方が信じられるなと思います」。

本能的、根源的という視点から、『女性らしさ』ということについても聞いてみた。日本人以外のひとたちと関わることも多い菊地はどう感じているのだろうか?

「今はLGBTQというものがすごく注目されていると思うんですが、みんないろいろな部分を持って然るべきなのかなと思います。男性も女性的な部分をもっているし、女性も男性的な部分を持っているし。でも今日撮影をしていてスタッフのみんなに『カワイイ!』と言われて、なんか嬉しいなと思いました。それは本能的に感じた嬉しい感覚なんだと思います(笑)。いまはテクノロジーがすごく発達しているけど、なんか本能的に感じることって、いつの時代でもかけがえのないものなんだと思います。感情に素直でいることって原始的で、すごく人間らしい。悲しいけど笑えてくるとか、感情が何層にもなっていることってあると思うんです。しかもそれって言葉では説明しきれなくて、誰しもがそんな思いをしたことがあるはずです。『なんかさっき心がザワついた』って、でもそれって嫌だったのか、なんだったのか。怒りでもないし、言葉にできない感情っていうのがあって。私の場合は役者としてその感情を表現しようとするんですけど、そんな多面的な感情があって人間は成立しているので、その感情を大切にするべきなんじゃないかなと思うんです。白、黒、決められない感情、その説明のつかないグレーな感情ってずっと心に残ってたりするけど、それこそが人間らしい感情だし、そこを大切にしたいなと思っています。子供にも泣いて『ワーッ!』ってなったりした時に、『説明してごらん、言葉にして言ってみて』って言うんですけど、『説明つかないことも、いっぱいあるよね』みたいな気持ちです(笑)。AIが発展して、役者の仕事もAIが取っていくんじゃないかと言われているけれども、この言葉にできない、説明できない感情を表現することはできないんじゃないかと思います。人間らしいところは、人間しかわからない」。

どれだけテクノロジーが発展しても、人間の感情、根源的な部分は何事にも代え難い。テクロノジーが発展すればするほど、便利になって物理的にはなんでもできるようになる。だからこそテクノロジーでは解決できない人間らしいこと、根源的なことを大切にしたいと、いま誰しもが願っているはずだ。

「今の時期って暑かったんだけど、夕方になると涼しい風がふわーっと吹いたり、そういう何気ない心地良さが楽しい気分にさせてくれます。そんな日常の喜びをを大切にするから、仕事に向かっていける。そしてまた風の気持ち良さや、自分の場所に帰ってきた時の感情。それが生きていると実感させてくれる。根源的で原始的な人間のあるべき姿だなと思います」。

菊地凛子
1999年に新藤兼人監督の『生きたい』でスクリーンデビュー。その後、2007年には『BABEL』にて第79回米アカデミー賞、第64回ゴールデングローブ賞などに助演女優賞としてノミネートされるほか、CHANEL2007-2008⦆クルーズコレクションではキャンペーンモデルに起用されるなど、世界のファッションアイコンとしてもその名を轟かせた。近作ではWOWOW &米HBO Max「TOKYO VICE」。放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、のえ役での出演が発表された。

Interview & Text Takuya Chiba

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