MUSIC ENIGMATIC SOCIETY DINNER PARTY

4人の才能が溶け合う 現行ジャズの進化の過程

Dinner Party Enigmatic Society Released 14th April 2023 Length 24:55 Sounds Of Crenshaw / Empire
現ブラックミュージックの最高峰
再び始動した4人のリーダーたち

本誌でも紹介をしたことのある女性ハープ奏者、ブランディー・ヤンガーの新作『Brand New Life』のリリースもあり、正直とても悩ましい選択ではあったのだが、このブラックミュージックの今を凝縮したような、ディナーパーティーの新作EP『Enigmatic Society』は、彼らの初の来日も相まって、今回取り上げるべき重要作であると感じた。
周知のことではあるが、ディナーパーティーはロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、テラス・マーティン、ナインス・ワンダーの4人から成る、名前だけでもフルコースを堪能できてしまいそうな、まさにシーンの最前線と言うにふさわしいスーパープロジェクトだ。ジャズピアニスト・音楽プロデューサーのロバート・グラスパーは、これまでに最優秀R&B賞をはじめ5度のグラミー賞受賞歴を持つ。以前本誌でも取り上げた『BLACK RADIO』シリーズは彼の代表作のひとつだ。ヒップホップやR&Bなどのジャンルとの融合によりジャズの新たな可能性を広げた現代の音楽シーンの最重要人物である。テラス・マーティンはLA生まれのプロデューサー、ラッパー、さらにはサックスやキーボードまでもこなすマルチ奏者。スヌープ・ドッグやケンドリック・ラマーをはじめ名だたるアーティストの作品プロデュースを務め、自身のアルバム『DRONES』もグラミー賞にノミネートされるなど、その才能は多岐にわたる。同じくLA生まれのサックス奏者、カマシ・ワシントンは、サックス奏者の父とフルート奏者の母の元に生まれ、出身校のカリフォルニア大学では音楽民俗学を専攻していたそうだが、彼の音楽を聴けばその経歴にも納得がいく。スピリチュアル~アフロジャズの先人たちを連想させるような、本能的でダイナミックなプレイはまさにそのDNAを受け継ぐ存在と言えるだろう。ナインス・ワンダーはDJ、プロデューサー。ケンドリック・ラマー、アンダーソン・パーク、エリカ・バドゥ、メアリー・J・ブライジをはじめとする数々のアーティストの楽曲を手掛け、現代のヒップホップシーンを支える重要なキーパーソンとしても知られている。この4人が、最初の作品をリリースしたのは2020年のこと。それぞれがリーダー級の存在になりうる巨頭が揃い、作品を共に作り上げること自体奇跡のようだったが、ましてや再び動き出し、新たなEPを完成させたということには驚いた。そして、彼らの常に上質で高度なクリエイティブの成果をリスペクトせずにはいられない。今回も複数のゲストミュージシャンが参加しており、これだけの才能が揃うとなると互いがぶつかり合わないのか、僭越ながら少し心配になるところなのだが、彼らの楽曲からは常に個を主張しすぎず、あくまでも調和を保ち、一つの作品に向けてそれぞれが自分の役割を的確に果たしているような深い知性を感じる。ディナーパーティーとは、4本の太い柱によって構築された音楽の世界へゲストを迎え入れるような、そんなプロジェクトなのかもしれない。
嬉しいことに、5月に秩父で開催された「ラブ・シュプリーム」というジャズにフォーカスした野外フェスで、ディナーパーティーの日本初公演をこの目で観ることができた。2日目の大トリを務めた彼ら。不安定な天気ではあったものの、雨も上がり徐々に日が沈みかけてきた頃、4人のステージは始まった。メロウなグルーヴに包まれながらも、どの瞬間も見逃せないという緊張感が心地よく、本当に素晴らしいパフォーマンスであった。中でもカマシ・ワシントンのソロで体感した衝撃は凄まじかった。いくつかの曲の中で披露されたソロでは、彼の体を覆う燃えるようなオーラが見えるような気がして、楽器から流れ出す引力に吸い込まれそうになる感覚に思わず息を飲んだ。なんだか大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、彼の奏でる音には間違いなく人間の精神そのものに訴えかける強いエネルギーが宿っていた。ジャズはミュージシャンたちのアドリブを楽しむことができるからこそ、ライブでその醍醐味を発揮する。完成されたアルバムをゆっくり聴くのも好きだけれど、やっぱりライブでの臨場感は特別なものなのだ。
ひょっとしたらジャズは敷居の高い音楽というイメージを持っている人もまだ多いのかもしれない。だが彼らの音楽のように、これが本当にジャズなのかと疑問に思うほど、今のジャズは難しい概念やあらゆるジャンルを飛び越え、着々と私たちにフレンドリーな音楽へと進化している。そしてジャズという歴史ある音楽が受け継がれていくプロセスの中には間違いなく彼らのような存在が必要不可欠であり、私たちはその進化を目撃することのできる良い時代に生きているのかもしれない。本アルバムのアナログリリースは7月に予定されている。シーンを牽引する4人の才能が溶け合い、誰にでも開放的なジャズが体現された本作は是非ともアナログで手に入れておきたいものである。

ディナーパーティー
ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン、テラス・マーティン、ナインス・ワンダーの4人によるプロジェクト。2020年にリリースした同名のアルバムは2022年のグラミー賞最優秀プログレッシブR&B賞にもノミネート。まさに現代のブラックミュージックの最前線を走るスーパーグループと言える。

Select & Text Mayu Kakihata

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