MUSIC BLONDE ON BLONDE BOB DYLAN

当時の衝撃をもう一度 時代を超えて讃えられる名作

Bob Dylan
Blonde On Blonde
Released 20th June 1966
Length 72:00
Columbia

先日公開されたボブ・ディランの伝記映画『名もなき者/A Complete Unknown』を早速観てきた。いわゆるアーティストのドキュメンタリー映像ではなく、ドラマとして初期ディランのストーリーが語られる作りになっていて、通で無くとも楽しむことのできるような音楽映画であった。今回、ボブ・ディラン役にはティモシー・シャラメ、彼の当時のガールフレンド、スーズ・ロトロ(役名はシルヴィ・ルッソとされていた)役にはエル・ファニング、ジョーン・バエズ役にモニカ・バルバロが起用されるなど時代を象徴する俳優陣が名を連ねる。今回の作品で最も驚いたのは、演者が実際に楽器を弾き、本物さながらの歌唱を披露しているということだ。ティモシー・シャラメの歌唱シーンは思わず涙が溢れるほど圧巻の演技だったし、ピート・シーガー役を演じるエドワード・ノートンによるバンジョーの演奏もとても印象的だった。時間が経過したことで映像化しやすくなったというのもあるかもしれないが、60年以上前の出来事が今の時代に映画になること自体が特別なことのように感じられた。映画では主にデビュー直前から『Highway 61 Revisited』が生まれる1965年くらいまでのことが描かれているが、今回取り上げる『Blonde on Blonde』はその次となる7作目のアルバムとして1966年にリリースされた。当時はロックのレコードが2枚組LPで発売されることは稀なこと。クレジットもタイトルも無く、ただ茶色のジャケットにストールを巻いたディランが見開きでプリントされたアートワークにも彼らしさが現れているように思える。フォーク、ブルース、ジャズ、カントリー、ロックンロール、ポップスなど、たくさんの音楽が複雑に混ざり合い、若き勢いと毒気を漂わせながら堂々たる貫禄を見せている本作は「One Of Us Must Know(Sooner Or Laterr Or Later)」を除き全曲がナッシュヴィルで録音され、2回の収録期間の中、計7日間で制作された。ディランは前作『Highway 61 Revisited』から、ホークス(ザ・バンドの前身となるバンド)を率いていたが、その中からロビー・ロバートソン、そのほかにもアル・クーパー、チャーリー・マッコイ、ウェイン・モスほか、名だたる顔ぶれのミュージシャンが参加している。ブラスの音で幕を開ける「Rainy Day Women #12&35」、軽快なバラードの「I Want You」、吉田拓郎の「春だったね」の元ネタとも言われている「Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again」痛いほど美しい名曲「Just Like A Woman」、レコードの片面全てを使った11分を超える「Sad-Eyed Lady Of The Lowlands」など、ユーモラスかつ風刺的な詩才、皮肉屋な彼が時折見せる切なくも優しい表情はたまらなく「ボブ・ディラン」そのものだ。本作の制作時、ディランは25歳であったが、本作の発売直後、彼はバイク事故により重傷を負い、それからはしばらくの間療養のため表舞台から姿を消すことになる。その後『John Wesley Harding』で再び音楽活動を再開していくことになるのだが、これまで多忙を極め心身ともに限界を迎えていたディランにとっては、この事故がひとつの区切りとなったと言えるのかもしれない。フォークの神として確固たる地位を獲得していたにもかかわらず、大衆が勝手に決めた理想像、大衆が自分に求める期待、それらを受けてはひっくり返したり、あくまで“ならず者”であり続けたその生き様に私たちは惹かれてしまう。ディランは“神扱い”を嫌うかもしれないけれど、多くのファンにとってディランが英雄であることは事実であり、現代にポップアイコンが起用されたこの映画が作られたということも、彼という存在がいかに時代を超えて愛され続けているものであるかを物語っているからにほかならない。作品数の多いディランをどれから聴いたら良いのか悩む人がいたとしたら、本作はそんな方にもおすすめしたいアルバムのひとつ。古さや新しさの概念を感じさせないもの、エヴァーグリーンな名盤とはまさにこんな一枚のことを呼ぶ。

ボブ・ディラン
1941年5月24日生まれ。アメリカ合衆国のシンガーソングライター。数々の歴史的名盤を世に送り出し、半世紀以上に渡った今もなお活動を続けている。2016年にはミュージシャンとして史上初のノーベル文学賞を受賞するなど、音楽の枠を超えたロック史上最も偉大なミュージシャンのひとり。

Photo  Takafumi Uchiyama Select & Text  Mayu Kakihata

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