Car with Styles by Fumio Ogawa

フォークソングの女王が愛した 史上もっとも美しいクルマ Jaguar E type by Joan Baez

「ストーリーを持ったスタイルある車」。このテーマのもと、10回に渡り連載を続けてきた本企画。11回目となる今回から、より人と車に焦点を当てた企画へと進化。すぐに着替えることのできる洋服と違い、車はすぐにアップデートができない。そこにはよりその人らしさが見えてくるのではないだろうか。歴史的な偉人たちと、彼らの愛車の関係をライター・小川フミオとイラストから紐解いていく。

初回に取り上げるのは、ジョーン・バエズ。米フォークソング界の女王として、1960年代から人気を誇ってきた歌手だ。
いまも現役で活躍中だが、とくに高い人気を誇った1960年代の姿は、ジェイムズ・マンゴールド監督の映画「名もなき者」(2024年)で丁寧に描かれている。主役のボブ・ディラン役をティモシー・シャラメが務め、名演と話題になった本作、バエズ役のモニカ・バルバロのうまい演技もあって、バエズとその歌は、若いひとたちの間でも、ふたたび認知を拡げているようだ。美しい声と、繊細だけど力強い歌いかた。そして、強いだけの者へと立ち向かう歌の内容は、時代を超えて心に響く。
映画を観ていてははあ、と感心したのは、バエズが当時乗っていたクルマが取り上げられていたこと。1964年型のジャガー「Eタイプ」だ。米国では「XKE」の名で販売されていた。史上もっとも美しいクルマとされているのが、英国のジャガーカーズが1961年に発表した、このEタイプだ。それ以前のCタイプやDタイプがルマン24時間レースなどで戦うレースカーだったのに対して、Eタイプは市販型スポーツカーとして、英国やドイツのみならず、米国の富裕層からも大きな歓迎を受けた。
いまでも、ジャガーカーズの専門部署がフルレストアした車両を販売しており、それも人気が高いと聞く。ドナーカーといって、レストアのベースになる車両を完全に分解して、一から組み立て直すのが、彼らのビジネス。
私も、トランスミッションを載せ替え、改良したサスペンションシステムを搭載した初期型のフルレストアモデルを英国で操縦したことがある。すばらしい乗り味で、車はすぐにアップデートができない。そこにはよりその人らしさが見えてくるのではないだろうか。歴史的な偉人たちと、彼らの愛車の関係をライター・小川フミオとイラストから紐解いていく。5000万円は安いのか高いのか、判断に苦しんだ記憶がある。
記録を読むと、バエズは米カリフォルニア州モンタレーのジャガー販売店に立ち寄って、小切手を切ったとか。販売員は、たとえカリフォルニアとはいえ、エスタブリッシュメントとはほど遠い雰囲気の、ヒッピーみたいな23歳の女の子が、当時6000ドルの高級スポーツカーを買うなんて、と驚いただろう。急いで銀行に確認したそうだ。ニューヨークシティ出身のバエズは、西海岸を気に入ったのか、ハイスクールもパロアルトで卒業している。サンフランシスコとロサンジェルスの間に位置するモンタレーでどんな家に住んでいたのか。ファンとしては興味があったが、映画で描かれていたのは、住みやすそうな、米国風木造住宅だった。
ニューポートフォークフェスティバルに行く途中、ディランがトライアンフのバイクでバエズのモンタレーの家に立ち寄る場面が出てくる。玄関脇に停められているのが、ジャガーなのだ。家の雰囲気によく合っていると思った。
バエズはすでに、最初の3枚のアルバムの売れ行きが好調で、ゴールドレコードとして認証を受けていた。印税でジャガーを何台も買えただろう。
当時は、スピード好きの若者なら、マッスルカーを好んだはず。大排気量のV型8気筒エンジンを搭載したポンティアックGTOやオールズモビル442といったモデルだ。バエズは、しかし、パワフルとはいえ、品がよく、スタイリッシュな英国車を選んだのが、いかにも“らしい”。男だったら、きっとアストンマーティンを選んでいたのではないだろうか。
日本をはじめ各地でヒットした1970年制作の悲恋物語「Love Story」(邦題「ある愛の誌」)では、東部のエスタブリッシュメント出身の主人公役がライアン・オニール。彼が通うハーバードロースクールに、父親を演じる名優レイ・ミランドがEタイプで尋ねてくる場面がある。エリック・シーガルによる原作ではアストンマーティンとなっている。このあたりの微妙な差がおもしろいのだ。
1960年代のバエズの人気は、当時の米国で自由を求めるひとたちの運動と軌を一にしている。映画を観るとわかるように、日本の教科書にも載っているマーティン・ルーサー・キング牧師による公民権運動を応援。体制に疑問を抱く若者を中心とした米国市民から絶大な支持を得た。
日本でフォークソングというと、四畳半とか石鹸カタカタというイメージが古い世代にあるけれど(古すぎ?)、米国ではちょっとちがう。アイルランド移民たちが母国から持ち込み、厳しい労働に耐えながら口にした歌などがフォークソングと呼ばれてきた。
バエズも、大ヒットを記録した「ウィ・シャル・オーバーカム」や「シルバーダガー」のように、昔からの労働者歌を掘り起こし(それがフォークソングのそもそもの在り方)、それに新しい意味を与えた。そこがアーティストのゆえんだ。
ジャガーに乗ったのも、バエズにとっては、当時の米国へのプロテストだったのだろうか。彼女のライフスタイルに、英国の高級スポーツカーがひと役買った、なんて想像すると楽しいではないか。

小川フミオ
自動車誌、グルメ誌、ライフスタイル誌の編集長を経て、現在はフリーランスのジャーナリストとして活躍中。雑誌やウェブなど寄稿媒体多数。

Text  Fumio OgawaIllustration  ragelowEdit  Takuya Chiba  Katsuya Kondo

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