MUSIC MR.MORAL & THE BIG STEPPERS KENDRICK LAMAR

5年の沈黙を破る ケンドリック・ラマーの魂の叫び

スマホやパソコンで気になった音楽を検索して、考える間も無くすぐに再生できてしまう時代。この上なく便利で、それができなかった時代に比べたら圧倒的に沢山の音楽を聴くことができるから悪いことではない。けれども、いくらでも音楽が聴けてしまうせいで、想像することや音を受け入れる感度が鈍ってきていないかと時々気になることもある。レコード店に行く人ならおわかりいただけると思うが、気になったジャケットを眺め、手にとって、実際に聴いて、という工程を踏んで、ようやくたどり着いたその音にシンパシーを感じたら、間違いなくそれは自分にとって“良い”音楽だ。

もちろん期待ハズレだったことも沢山ある。けれども、そこにたどり着くまでにはいろんな感覚を介している。第六感で感じるインスピレーションのようなものが今の時代を生きる私たちが大切にしなくてはならないものなのではないだろうか。5月13日に発売されたケンドリック・ラマーの新作『Mr.Moral & the Big Steppers』は間違いなく多くの人々の魂を刺激する力強い作品であった。スタジオアルバムとしては、ピューリッツァー賞を受賞した2017年の名作『DAMN.』以来の5作目となる。残念ながら現状アナログの発売が無く、今回はデジタルアルバムとしての紹介にはなってしまうのだが、待望の新作のリリースは多くのファンが待ちわびていたことであろう。

ジャケットにはケンドリックと高校時代から共に連れ添う妻のホイットニー・アルフォード、そして幼い2人の子供の映った幸せな家族写真、と思いきや、壁は所々剥がれ、ケンドリックは荊冠(キリストが十字架にかけられる時に被せられた)を被り、おまけに腰には銃が挿された物々しい雰囲気が漂っている。これまでもケンドリックはアルバムをストーリー仕立てのコンセプトアルバムとして製作し、ドラマチックに、かつロジカルに強い想いを私たちに訴えかけてきた。本作においても、5年間のブランクの間に起こった環境、そして心境の変化に向き合う彼の姿があった。Wi-Fi、スマホ、お金、高価な服やブランドバッグにジュエリー、見せかけの世界を全て捨てた時、自分に残るものは何なのか?富と名声を得てしても埋まらないもの、ケンドリック自身の抱えるあらゆる過去の闇や苦悩がむき出しにされ、人間の本質を突く痛烈なメッセージに思わずはっとさせられる。

5年という歳月をかけて作られた本作は、一度や二度では味わえない、彼自身の根底にある人間らしさ、魂、本質への追求を、時間をかけて考察していきたくなる、またしてもディープな作品に仕上げられている。音楽の良さというものは、写真を撮ったり、印刷することができない分、誌面でその良さを伝えるのはなかなか難しい。当たり前なことだけど、音楽の良さなんてものは実際に聴いてみなければわからないものなのだ。だから時には時間を割いて自分の感性に向き合い、音楽は常に聴き放題という概念から離れ、音を、そして魂に耳を傾けてみてほしい。AIで無限に選出される“あなたが好きそうな曲”ではなく、自分が良いと思う音楽を探す楽しさを私たちは忘れてはならない。

ケンドリック・ラマー1987年6月17日生まれのラッパー、音楽プロデューサー。ギャングカルチャーが深く根付くアメリカ合衆国カリフォルニア州のコンプトンで育つ。強い信念を貫く姿勢に世界中が注目を寄せており、現代のHIP HOP史において最も偉大な人物のひとりとなっている。

Select & Text Mayu Kakihata

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