The Places worth the effort 04 kakinoha (Kamakura, Kanagawa)

個人だからこそできる 柿乃葉の純粋な店づくり

星の数ほどの洋服屋がある東京から少し足を延ばして鎌倉まで服を買いに行く。昨年9月にオープンした柿乃葉は、わざわざ買い物をしに訪れたい名店だ。セレクトショップ、ブルーム&ブランチのディレクターである柿本陽平が、週末のみひっそりと営む個人店として昨年オープンした柿乃葉。サーフィンが趣味ということもあり、鎌倉や逗子のエリアをよく訪れていたことに加え4年前からこの地に住み出した柿本が鎌倉エリアでお店を始めることは必然的であった。

「実はこの物件を選ぶ前に、すでに自分の中で決めていた物件があったんです。場所は鎌倉山でした。元々、アクセスのいい場所でやるイメージがなかったんです。駅すら遠い、車でやっと行けるような、わざわざ行くということに価値を見出したいと考えていました」。それに対し、何故かと聞くとこう答える。「その理由は、単純に僕にとってわざわざちょっと面倒臭い所まで行くという、その行動がお店に行く楽しみだったりするからです。何か雰囲気が良さそうなのでこの店に入ってみようという、回遊客を0にしたかった。僕も真剣に良いものを探して作りこみますし、目的を持って本当に来たいと思って来てくれた人にこそ空間や商品を楽しんでほしい。僕がこれまでやっていたセレクトショップとは一転して、ひっそりとした柿乃葉を作った背景には、そういう考えがありました」。

サーフィンをする柿本にとっても馴染みのある湘南のビーチ。柿乃葉を訪れる人も、お店の帰りに鶴岡八幡宮や海を見て帰ることが多いようだ。
写真家、十文字美信の居住地
この一角に構えたお店

今、お店がある場所は、鎌倉駅から鶴岡八幡宮の方向へ徒歩8分程の観光客の多い小町通りから一歩脇道を入った住宅街。マップを頼りに歩いているとたどり着く一軒の邸宅。表札を見てここが誰の家か気付く。ここは、写真界の巨匠、十文字美信の邸宅であり、居住地の中にお店があるのである。玄関の表札には十文字美信が自邸で営む、“Bishin Jumonji Gallery”と“kakinoha”の文字が並ぶ。鎌倉山の物件から一転し、この特別な場所にお店を構えることとなった理由。その経緯は、占いがきっかけだったと柿本は話す。

「スピリチュアルな話になってしまうんですが、鎌倉山の物件に対して自分でも理由のわからない迷いがあって、誰かに背中を押してもらいたかったんでしょう。鎌倉の長谷にとある占い師がいるのですが、念の為、自分とその場所の相性を確認するために占い師の元へ行ってみたんです。そこで『良くない。頑張って探したかもしれないけれど、あと1週間待て』と言われたんです」。やっと見つけた物件だったこともあり、柿本は戸惑いつつもその占い師に良い不動産屋を紹介してほしいと頼む。その後に出会ったのが、物件情報には出ることのないこの特別な場所だった。

「ここは元々、十文字さんが趣味で始めたカフェがあった建物です。隣にあるギャラリーで作品を見たあとに、お客さんに珈琲を飲みながらくつろいでもらうための場所でした。実は僕も来たことがあったんです。鎌倉は観光客も多く、十文字さん自らが毎朝焙煎するコーヒーの味と、カフェの雰囲気が良いこともあり週末にはすごく混んでいた。とは言え、本業は現在も第一線で活躍するフォトグラファーですから、カフェを10年続けたこともあって、違う人に任せてみようかと知り合いの不動産屋に相談をしていたようです」。

その話からは、奇跡の巡り合わせとタイミングを感じるが、それ以上に、柿本が思い描いていたお店のプランと感性が十文字美信と共鳴したことでこの場所で契約をすることとなったようだ。驚くことに柿乃葉は、1週間に1、2日程しかお店を開かない。開店日は、インスタグラムかウェブを通して告知されるが、数週間開かない時もある。そういったお店のあり方も自邸の一部を貸す上で心地良いことだろう。

柿乃葉に向かう途中、小道の入り口には“Bishin Jumonji Gallery”と並び表札が配置されている。蔦と相まって、自然豊かな場所であることがわかる。

観光客の多い小町通りから程近くても一本外れると閑静な住宅街が立ち並ぶ。小道を進むと見えてくる黒い門がお店の入り口となる。

店内からは年に4回職人が手入れを行なっているという十文字美信の庭を見ることができる。自然豊かな静かな場所で洋服を見られるのはこの上ない贅沢な時間だ。

“CAFÉBee”という名前のカフェだった名残を感じる、ハニカム構造のデザインを取り入れた床。このように元々の内装の良さを活かした空間作りを感じられる店内。
緊張感のある店内で
拘りのある服と向き合う

それでも、開店日には多くのファンがここを訪れる。新作の発売日には、店先に行列ができることも多々あるようだ。「東京から来てくれるお客さんが半分くらいです。うちのお客さんは、とにかく服がすごく好きな人が多い。手記(※柿乃葉のウェブにて公開されているブログ)を読み込んでくださる方も非常に多く、お店で洋服の説明をしなくても、すでに知ってくれていたりします。良いのはわかったから、あとは、実際に着てみて買うか買わないかを決める。目的を持って、わざわざ足を運んでくれる。そんな熱量のある人が多いんです」。

煉瓦造りの味のある外観が美しいこのお店の空間は、出来るだけ元の状態を残しつつアレンジしていったという。柔らかな陽光が差し込む窓の外を眺めると、程よく手入れされた和風庭園が映る。天然の空気清浄機とも称される漆喰の壁は、心地よい空気感を生み出す。BGMもかけず、わずかに聴こえてくるのは木々のさざめきと、鳥のさえずり。そして、作品のように吊るされた数着の洋服たち。心地よい緊張感のある静かな店内の中で、柿本の丁寧な接客を受けながら、拘りの洋服と向き合うことができる。このお店で取り扱われるアイテムは、その時々で変われど、取材時に並んで観光客の多い小町通りから程近くても一本外れると閑静な住宅街が立ち並ぶ。小道を進むと見えてくる黒い門がお店の入り口となる。

いたのは、コモリやナイスネス、ensou.(エンソウ)、MATEE&SONS(マーティーアンドサンズ)の洋服たち。ブランド名を羅列しただけで、通好みのラインナップだと感じることだろう。「セレクトも自分のエゴなんですよ。自分が似合うモノ、自分が着たいモノだけを置いています。僕には似合わないけれど良いモノというのはこの世に沢山ありますが、そういうモノは置きません。全て、僕が接客して服の良さを伝えるので、自分が着れるモノでないといけません。だから自然とこういったラインナップになっていくんです」と柿本が言うように、少し値は張るが、生地や縫製すべてが拘り抜かれた、袖を通したくなる服ばかりである。セレクトだけではなく、柿乃葉では別注のアイテムも積極的に製作している。これも、より柿本好みの生地やデザインを求めるという、拘りそのものだ。

そして、この冬からオリジナルブランドも登場する。名前は店名のkakinoha。まず製作したアイテムはドレストラウザーを1種類。「知り合いに腕の良いテーラーがいるんです。その人にかつてスリーピースのスーツを依頼したことがあり、その時もかなり細かな希望を出したのですが、希望通りに仕上げてくれました。特にドレストラウザーは普段から穿くようになるほど気に入ったんです。それをベースにして柿乃葉でも作っています。とても気に入っているのでこの形は固定して、今後も生地を変えて作っていこうと考えています」。オリジナルブランドも、柿本らしいニッチな拘りが垣間見れる。

そして、ドレストラウザーに続き、オリジナル第二弾として製作しているアイテムがスウェットだ。ヴィンテージのチャンピオン、リバースウィーブでも珍しいマルチカラーのモデルをイメージし、オリジナルのパターンで製作されたアイテムもセレクトと同様に「深い拘りが感じられる。「僕が着たい服というのは、作り手が利益度外視で挑戦しているものが多い。創作活動の部分に惹かれて、その人の服を着ることが多いです。お客さんも同じ気持ちの方が多く、僕がこのお店で攻めたことをやっていても、熱量のあるお客さんたちに出会えたことで、少々高くても高揚感を得られる服を着たいという方が多いということに気づきました」。

洋服以外にも、存在感を際立たせるモノが2つ。店内に置かれたチェアとミラーは、フランスのデザインデュオ“オードミネ”のヴィンテージだ。ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンなどと同様に同時期のフレンチヴィンテージとして密かに注目を集めつつあるオードミネの作品。ミラーは販売もしている。この椅子は、前かがみになって化粧をするためにデザインされたモノなので、少し前傾姿勢に傾いている。そのため、靴の着脱時の腰掛けに丁度良い仕様となっている。服以外のプロダクトもここでしか出会えないような珍しいモノに出会える店だ。

「お店をオープンした当初は、都内でも買える洋服も置いていましたが、最近はより、ここでしか買えない。そんなラインナップを増やしています」という柿本の言葉を聞いて、改めて柿乃葉という店名の由来を思い出した。柿本の自宅裏にあった柿の木から落ちた葉っぱに由来を持つ店名。紅葉し落葉した柿の葉は、黄や赤く紅葉したものや面白い模様が表れたものまで様々だ。その中からお気に入りの1枚を無邪気に探し求める。そういった純粋な気持ちが店名にも表現されている。柿本は自分のエゴだと言うが、そういった店主の純粋な拘りがあってこそ、わざわざ足を運んでまで買い物をしたくなるのだろう。

フランスのデザイナー、Adrien AudouxとFrida Minetによるデザインデュオ、オードミネのスツールと壁掛けミラーはヴィンテージのもの。南仏調の穏やかなテイストが心地いい。

手作業で服作りを行うことで知られるブランド、エンソウ。柿乃葉の別注であるこちらは、英国の名門生地メーカー“フォックスブラザーズ”のフランネルを使用している。

この冬から開始するオリジナルブランドの第一弾で製作したドレストラウザー。太いけれど品の良い絶妙なバランス。柿本が理想とするトラウザーズをテーラーの齋藤秀明に依頼し製作。

過去にチャンピオンが残生地をwマルチカラーのように配して製作していたリバースウィーブは、今では珍しいアイテムだ。それを再現したオリジナルのスウェット。

神奈川県鎌倉市雪ノ下 1-7-22
0467-73-8198
@kakinoha_kamakura

◯kakinoha
https://kakinoha-kamakura.com/about/

Photo Kei SakakuraInterview & Text Takayasu Yamada

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