Interview with Hiroki Nakamura (visvim)

ビズビムのデザイナー 中村ヒロキが考えるプリミティブ

情熱と道徳こそが
人間のプリミティブ
中村ヒロキ

初夏の陽射しが感じられた5月のとある日、都内某所に江戸時代から今も残る古い日本家屋を訪ねた。家の中から流れ出てきたビリー・ホリデーのレコード音に誘われるように玄関をくぐると、「ちょっと待っててくださいね。コーヒーを淹れていますから」と奥から声が聞こえてきた。その声の主は、2000年のブランド設立から「普遍的であること、後世に残るものづくり」を一貫して行うビズビムのデザイナー、中村ヒロキだ。ビズビムが掲げるこのブランドコンセプトは、本誌テーマである「プリミティブ」に繋がる部分がきっとあるはず。中村が話す言葉から、そのヒントを紡ぎ出していこう。

アイディアの種を
余白のある土壌で育てる

ビズビムのプロダクトといえば、フィンランド先住民族のサーミ人のモカシンやアメリカはナバホ族のブランケット、そして日本の江戸時代の着物など、中村が世界中を旅して触れ合い、そして心から良いと感じた伝統技術をアイディアソースにするものが多い。そうやって各国でさまざまなモノや景色、文化を見てきた上で、現在はロサンゼルスを活動の拠点としつつ日本と行き来しているという。

「実はロサンゼルスに事務所を置いたのは20年近くも前のことなんです。当時ビズビムに勤めていたスタッフにロサンゼルス出身の子がいて、その子が帰国するとなって。だったら現地にも事務所を開こうと。当初は年に一度ぐらいしか現地へ行っていなかったのですが、アメリカ出身の奥さんとの結婚を機に7年ぐらい前から本格的にロサンゼルスを活動の拠点とするようになりました。ビズビムのプロダクトは天然素材のものが多いので、ロサンゼルスの陽の光や空気、質感のオーガニックな環境に自然と同調したんです。同じアメリカ国内のニューヨークなど東海岸に比べると人も少ないし、物理的にも精神的にも余白が広い。だからこそ自由な発想を膨らませやすい土壌があります。日本にいると伝統からのインスピレーションは多くありますが、同時にさまざまなルールや既成概念が確立されてしまっている。だからそのインスピレーションをアイディアとして広げていく作業をロサンゼルスで行うイメージですね」。

日本に滞在しているときは、北海道から沖縄まで足を運び、伝統技術を実際に目で見て体感してきた中村。骨董市にも足繁く通うようで、たとえ作者が無名でも本当に価値があると直感したものを見極めて買うという。そうして自分の足で見つけてきた奄美大島の泥染め(Silver No.15にて特集)や江戸時代の半纏、襤褸(ボロ)など日本が世界に誇る技術や美的感覚をベースとしたプロダクトがビズビムの特徴の一つだ。その真骨頂と言えるのが、数百年に渡って受け継がれる伝統技術を現代の生活に適した形にアップデートする中村のクリエイティビティにある。それを可能とするのも、中村が日本だけでなく世界中で拾い集めたアイディアの種を、ロサンゼルスという自由で柔軟な発想をしやすい環境で育てる仕組みがあってこそ。日本や各国のコアな伝統技術をベースにしつつ中村のフィルターを通して新たに生み出されることで、ビズビムのプロダクトは世界中でボーダーレスに愛されているのだろう。

かっこいいのは
内側にある本質

日々さまざまなモノに触れ、本質的に価値のあるものを探求し続ける中村。そもそもだが中村にとっての「原始的=プリミティブ」とは何なのだろうか。その原体験は10代の頃に影響を受けたユーティリティウエアにあると彼は話す。

「僕が子供だった頃にスキーなどアウトドアカルチャーが海外から日本に入ってきたんです。だからアメリカのアウトドアギアやヘヴィーデューティなダウンジャケットが世代として流行していました。そういう要素に囲まれて育ったので、アメリカンカジュアルに自然と惹かれていって。当時はただただかっこいいとしか思っていなかったのですが、なぜそれがかっこいいのかをしだいに突き詰めるようになりました。なぜならそれらのアイテムは街で着るためにデザインされた洋服でなければ、ファッションでもない。

では一体何がかっこいいのかと考えて気づいたのは、『本物だから』ということでした。例えばブーツにしても、ただ単にギアとして惹かれていたのではなく、山登りのために作られたという目的や理由に惹かれていたのです。視覚的に見えている外側だけを追いかけてもだめなんです。プリミティブやトラディショナルという表現にできるかもしれませんが、要は内側にある本質を突き詰めなければいけないのです。でもどうすればその中身が出てくるのかがわからない。だから自分なりに仮定して、色々な場所に出かけ、考え、試したりして、本物に対する価値基準を鍛えていかないといけません。それは手間のかかる作業ですし、生きていく上で絶対に考えないといけないことではないのかもしれない。

でも僕にとってかっこいいと思える本物は本質にしかないんです。ファッションといえばファッションなんだけど、いわゆる外見的なファッションではなく内側こそが重要なのです。僕が江戸時代の日本家屋にわざわざ住む理由もそうです。この家にはそういう僕の好きなものを集めています。中には骨董的価値が高いものもあれば、市場的には価値のないものもある。でもどれも僕の心に引っかかったということが大切なんです。一つ言えるのは、どれもコマーシャルのために作られたのではなく、たとえば誰かへのプレゼントや、子どものために作られたというような明確な理由があるということ。それはすごくチャーミングなことですし、本物ですよね。僕もそんな本物を生み出すために日々いろいろな角度からものづくりに取り組んでいます。そのためにはまず自分が何を感じ、どういう人でありたいのかを考えることが重要で。自分を浄化するという意味でも、僕はコマーシャルなものをなるべく見ないように心がけています。骨董市によく行きますが、商人の話はなるべく聞かないようにして、『これはハッピーな人が作ったんだな。これは怒った人が作ったのかな』と感じ取るようにしている。その感想が正解かどうかは分からないですが、僕はそう感じたのだから仕方ないですよね。だったら少なくとも自分はハッピーなマインドでものづくりをしなければ、ビズビムのプロダクトを手に取るお客さんもハッピーにはならない。そういう小さな気づきや心がけを一つずつ積み重ねていくことに日々努めています」。

上っ面ではなく
機能性にこそ伝統がある
情熱こそが
心を響かせる

中村が目指す“人を幸せにするものづくり”。それは機械的に量産されたものでなく、手間や時間をかけてでも想いを込めて作られた、作り手の人情味というプリミティブが感じられるもの。消費社会と呼ばれる現代だが、本物と呼べるものづくりはまだまだ日本に多く残っていると中村は話す。

「今住んでいる日本家屋には14~15年前に引っ越しました。縁側に座り、コーヒーを飲みながら庭の日々の小さな変化を観察する時間が特に好きで。でもある時に、『あれ、この庭を作った人は誰だ?』とふと思ったんです。石や苔など細かい部分を見れば見るほど、意識しないと目には引っかからないほど自然に作り込まれている職人技が詰まっていると気づきました。それで調べてみると、安諸親方という庭師の方だとわかりました。日本では今や数人しか作ることのできない土塀の技術を彼は持っていて、この庭は20~30年前に作ったようです。当時のことを親方に聞くと、木や石は近くの山や川から拾ってきたものを使っていて、お店などで購入した材料は一切ないと話していました。そう聞いたことで確信に変わりましたが、庭から溢れていたそのアイディアやパッションが心に響いていたんです。きっと安諸親方は江戸時代の庭師に近い感覚を持っているのだと思います。どうすれば僕もその境地に少しでも近づけるのかと日々考えています。

今回は2ヶ月ほど日本に滞在しているのですが、そういう精神的な気づきの場面が多くありました。僕は古い車に乗っているのですが、奥さんとの結婚10周年を記念して旅に出ました。東京から兵庫県まで下道を走って向かったのですが、旧車なので何度も道中で壊れてしまうわけです。その度に道具を使って自分で修理するのですが、京都の山の上でついにどうにもならない故障をしてしまって。困っていたら奥さんが近くのディーラーを見つけ出してくれました。そこへ『急にすみません。工具を貸してもらえませんか』と1963年製のアメリカの旧車をなんとか運び込みました。そしたらそこの整備士さんが、『こういうキャブレーターの車は20年近く見ていないなぁ』と言って作業し始めてくれたんです。気づけば3時間半ぐらい手伝ってくれて、奇跡的に直りました。顧客でもなんでもない僕らの急なお願いの相手をしてくれたわけですし、お礼をしたいともちろん伝えました。そしたら彼らは、『いやいや気にしないで。この修理は京都からのギフトです。久しぶりにこんな車を触れて楽しかったよ』と言うんです。そんな心意気こそ忘れてはいけないことなのだと感じました。安諸親方や京都の整備士さんがビズビムに直接的に何かをしたわけではありませんが、そういう人間性を持つ人たちとの関わりの積み重ねがビズビムのプロダクトに現れてくると思っています。外見的な話ではなく、内側や源流にある人間的な道徳観や優しさこそが本物と呼ぶべき本質なんです。でもこれは学校で教えてくれることではなく、おじいちゃんやおばあちゃんのような先人から受け継がれる伝統としての道徳観だと思います。

ビズビムのものづくりにも様々な職人さんが関わってくれています。彼らは自分たちの技にプライドを持って日々鍛錬しています。同じことを繰り返すことで技を極めたり、その繰り返しの中に広がりを求める精神が日本の伝統とも呼ばれる職人技に宿っているのです。同じ類としてはドイツにマイスターカルチャーがありますよね。でもほかの国だと職人ではなく、作業員となってしまうことが多い。その決定的な違いが、ものづくりに対する情熱なのだと思います。情熱で作らないと心に響くものが生まれるわけがありません。だから僕にとって職人は宝ですし、彼らとマーケットを繋げるのがデザイナーとしての僕の役目だと思っています」。

常に裸足で過ごすという中村。その理由はビズビムのはじまりでもあり、中村が日常的に履くレザーシューズの機能性にある
「レザーは動物の皮なので、昔のベジタブルタンニングでなめすと毛穴が埋まらずに透湿性が保たれ、裸足で履いても蒸れません。しかし現代で主流のクロームタンニングは顔料を吹き付けるので、毛穴が塞がれ透湿性が悪くなってしまいます。畳に関しては、昔の日本家屋の床下は土だったので、そこから上がってくる蒸気を通気させる機能を持っていました。でも現代の一般的な畳はマンションのフローリング用なので、中身にプラスチックが貼られていて透湿性は全くない。上っ面をそれっぽくしても意味がなく、目的を持って作るからこそ伝統の技に辿り着くのです」。
感覚を研ぎ澄ませ
本質を見極める

“直感”とは、眉間の位置にある脳の松果体の働きだと言われている。「より自然に近い生活をすることで松果体は磨かれる」と中村は考えて実行しているからこそ、彼の生き方にはプリミティブな人間性を感じさせられる。
自分なりの方程式

便利になると信じて進化する情報化社会の現代だが、「おすすめされたから買おう」とか「流行っているから良いもの」、「あの人が持っているからかっこいいし欲しい」と盲目的な消費活動へ人を走らせてしまうことも少なくない。それほど危険な価値基準はないし、だからこそ無責任で愛着もない消費活動の負のサイクルが続くのではないだろうか。江戸時代から残る日本家屋に住み、「テレビや新聞、映画などコマーシャルなものは全く見ない」と話す中村の生活は一見すると現実離れさえしているかもしれない。しかし、ものごとを選択したり買うときの根源は「自分の価値基準」に従うことのはずであるし、そのことを徹底している中村の姿勢は現代社会への警鐘とも捉えられる。

「意識して自分でものごとの選択をしていけば、『これは心に刺さる。こっちのやり方は好きではない』と判断できるようになってくるんです。その経験を積み重ねていくことで、自分が本当に好きなことや興味のあることがわかってくる。『Feel』と『Think』という意味や意識は違うはずなのに、現代ではごちゃ混ぜになってしまっていて、特にFeelをしない人が多くなっていると思います。誰かが教えてくれることではないので、自分で意識して感じようとする必要があります。実はFeelとは、眉間の位置にある脳の松果体という部位の感覚だと言われています。だからこの部位を磨くことを意識すればいい。第六感や虫の知らせと表現されることもありますが、全て松果体の働きなのです。例えば醤油をかけ過ぎると味がわからなくなるし、無機質な空間に長くいると感覚が麻痺してしまいますよね。だから食べるものにせよ生活様式にせよ、自然に近ければ近いほど意識が研ぎ澄まされ、微妙な違いや本質がわかるようになっていく。江戸時代の人の松果体はきっと光り輝いていたはずですし、僕もかなり磨けているのかなと信じています。僕はビズビムを立ち上げる以前はほかのメーカーに勤めていました。マーケティングなど様々な仕事をしましたが、『自分が心の底から良いと思うものを作りたい』と思うようになったんです。その気持ちに対して一点の曇りさえ持ちたくなかった。だから自分がスタートしたビズビムというブランドにおいては、100%良いと思えるものを22年間作り続けてきたつもりです。どんな時でも『自分は何がしたかったのか』を一番最初に振り返り、自分に問わなければいけません。そうやって『本当にいいと思えるものを届ける』と念仏のように言い聞かせてきました。ビズビムをスタートした22年前と今の自分の知識量は圧倒的に違いますが、スタイルや軸がブレていないと思っていただけるならそれはすごく嬉しい褒め言葉です」。

中村が考えるプリミティブ。情熱や人間性が込められているか、心に響くか否かを見極める中村の価値観は、ものごとを考えて選択するときの本来あるべき基準ではないだろうか。忙しない日々を生きる中でこの信条を保ち続けることの難しさは誰しもが実感するかもしれない。だからこそ、初心忘れるべからずとはよく言ったもので、本質を問い続ける中村とビズビムの魅力は時と共に増し続けていくだろう。

中村ヒロキ2000年のビズビム創設以降、「人を幸せにするものづくり」をテーマにしたクリエイションを行う。ウィメンズラインのダブリューエムブイは妻のケルシー氏がデザインし、家族一丸となってブランドを育んでいる。

◯visvim
https://www.visvim.tv/jp/

Photo Shunya AraiInterview & Text Yutaro Okamoto

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