HERMÈS SPLASH TOKYO Interview with Véronique Nichanian

アーティスティック・ディレクターが語る エルメスのものづくりと今回のイベント

Photo Nacása & Partners Inc

エルメスにとって東京は特別な場所である。銀座には人々を迎え入れるためのメゾン(家)があり、2016年には羽田空港でショーを開催。2019年には原宿でラジオ局“ラジオエルメス”を期間限定でオープン。エルメスの歴史を記した竹宮惠子による漫画“エルメスの道”の発行や過去にSilverでも取り上げた映像作品“HUMAN ODESSEY”など数々のコンテンツをこれまで届けてきたエルメスは東京との繋がりがとても深い。
そんなエルメスが3月25日、東京で2023年春夏メンズコレクションのイベント“SPLASH TOKYO”を行った。舞台となったのは、東京湾に面した海の森水上競技場。イベントの内容については、未発表のスタイルを加えた全51ルックのランウェイショーに加え、パーティーを開催。グラフィックアーティスト、ヨシロットンがデザインを手がけた会場ではルシー・アントゥネ(Lucie Antunes)やOvall、田島貴男のライブやメディ・ケルクーシュ(Mehdi Kerkouche)によるダンスパフォーマンスが披露されたスペシャルな一夜となった。

東京を拠点とするグラフィティアーティスト、ヨシロットンが会場デザインを手がけたステージは、プールをイメージして水面に揺れる格子柄が特徴的だ。東京湾の運河を背景にした美しい空間でのランウェイショーは観客を魅了した。 Photo Yasuyuki TAKAKI

ランウェイのステージと併設されたパーティーの会場も同じくヨシロットンがデザイン。水辺をテーマとしたプールや装飾が至る所に用意されている。Photo Nacása & Partners Inc

SPLASH TOKYOの開催を記念して、メンズ部門のアーティスティック・ディレクターを長年務めるヴェロニク・ニシャニアンも来日。今回のコレクションやイベントについて、そして、ものづくりにおいて大切にしていることなど話を聞いた。

Photo Rasmus Luckmann

― ヴェロニクさんは日本がお好きと聞いています。日本の魅力はどういったところですか?

「いま、東京にいることが嬉しくてたまらない。昨日はお花見をしに中目黒に行きました。代官山から中目黒にかけてのエリアが特に好きで住みたいと思っているくらいです。東京の魅力は、クリエイティブな人が多いところです。例えば、渋谷や原宿を散歩していると、通りがかる人たちのファッションスタイルの自由な表現にはいつも驚かされます。自分のスタイルをどうやって活かすか、色や素材をどう組み合わせるかなど自由な感覚を持っている方がとても多いですね。私は世界中を旅していますが、こんなにクリエイティブなスタイルを持った人たちはほかの国ではそうそういません。また、日本のものづくりも素晴らしいです。繊細な感覚を持っている方が本当に多いように感じます。日本人は繊細で、控えめで静かで美しいものが感覚的にお好きだと思います。そうした感性はエルメスや私にとっても大事にしている価値観です。エルメスを通して、日本の皆さんとそうした価値観の共有ができることにいつも嬉しく思っています」。

― ヴェロニクさんは、1988年からエルメスのメンズ部門のデザイナーとして、2008年からはメンズ部門のアーティスティック・ディレクターとして務めています。この長い期間で変わってきたこと、また変わらず大切にしていることがあれば教えてください。

「私が勤めてきた長い期間の中で、メンズの世界は大きく変わりました。人々の精神性がより開けてきたということもあり、洋服のまとい方も変わってきたように思います。例えば東京でいえば、私は40年ほど前から訪れていますが、当時はかなり保守的な部分もありましたが現在では自由な感覚で色々なものを混ぜたり、色合いもかつてに比べて様々な色を使うようになってきていると思います。そうした時代の変化を捉えることは大切です。対して、変えずにいきたいと思っていることは職人の手仕事に拘り、時間を掛けて作られたものづくりへの価値を持ち続けること。新しい技術と交わりながら私たちの持っている技術を進化させていくことを大切にしてきました」。

― 仕事をしていく上で、ヴェロニクさんがやりがいに感じることは何でしょうか?

「スタッフみんなでこの色はどうか?この生地はどうか?と素材選びをする時もそうですし、全てにやりがいや情熱を持って仕事しています。チームには様々な国籍や年齢の人がいます。私は文化が違う方達との仕事というのがずっと前から好きなんです。感覚も好みも違う人たちと仕事をすることは非常にエキサイティングです」。

― ヴェロニクさんにとって理想的だと感じる男性のスタイルはありますか?

「自らを表現できる人。何か決まった形式に捉われる事なく、いろんなものを自分のものにして表現ができるような方。それは男性に限らず女性でも素晴らしいスタイルだと思います」。

― 毎シーズンコレクションを表現していくプロセスはどういったものでしょうか?

「シーズンごとに途切れているのではなくそれぞれのコレクションは、一つの書物のようにシーズンからシーズンへと繋がる物語のようなもの。今回の2023春夏シーズンのものを例えば去年の春夏のものと合わせて使って頂いても良いわけです。皆さんのクローゼットの中身が毎シーズンのように一新される訳ではないですよね。新しく買った服をこれまでに持っている何かと合わせて着ることになります。ですので、全てのコレクションは繋がっているというのが前提です。
シーズン毎のスタート地点をお話しすると、私は今どんな色が気になるかという色のチョイスから始まることが多いです。使いたい色が見つかれば、この色であればどういう生地が良いだろうと考えていきます。その後に、この生地であればどういうフォルムが生まれてくるのかというようなプロセスです。多くのデザイナーはシルエットから入る方が多いんですが、私の場合は逆なんです。今回の場合は、新型コロナウイルスによる長い隔離と制限の期間を経て、ワクワクする感覚、生きている喜び、パーティーの楽しさといったポジティブな感覚を表現したいという気持ちがありました。ザリガニの大きなデッサンや鮮やかな色彩はそういう気分が反映されています。そういう気分を表現しながらも洗練されていてものづくりのクオリティが高いというのがエルメスとして大切にしていることです。腕によりをかけて作ってあるということ。それから長持ちして、時間を越えて残っていくもの。ワクワクするような感覚と注意深く作られたものづくりが同時に成立しているのが私たちのものづくりなんです。現実に根差した現代的でありながら長く残るデザインを作ることに関心があります」。

2023発夏シーズンを象徴するような鮮やかな色使いの服も多く登場しランウェイを彩った。Photo Koji Shimamura

― 今回のイベント「SPLASH TOKYO」についても教えてください。

「SPLASH TOKYOのランウェイを歩いたのはモデルだけではありません。今回の会場が東京湾に面していることもありサーファー、スイマー、ミュージシャンや俳優もいます。モデルではなく、それ以外の個性のある人が混ざっているからこそ、面白いのです。ショーの間、誰もが彼らに気づくのもまた違った楽しみでもあります。」。

―最後に、新しいアイディアを生み出し続けるために日頃から意識していることがあれば教えてください。

「好奇心です。旅行に行き、人と出会うことが大切です。エルメスの素晴らしさは、真に自由なクリエイションができるメゾンというところです。そのためには新しいアイディアや技術、素材など全てに興味を持ち続けることは大切です。新しいアイディアを生み出し続けるのには、その時代とともに生きるということが大切なのではないでしょうか」。

ルシー・アントゥネの音楽に合わせてメディ・ケルクーシュを中心としたダンサーが踊りイベントを盛り上げた。Photo Yasuyuki Takaki

HERMÈS JAPON 03-3569-3300

Interview & Text Takayasu Yamada  

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