Eyewear with Heritage Story

グローブスペックス 岡田哲哉が思う アイウエアのヘリテージ

グローブスペックスとファッションブランドのオールド ジョーのコラボレーションラインからの一本。「PAPA」 と名付けられているのは、その呼び名で親しまれたアメリカ人作家 アーネスト・ヘミングウェイが愛用していたラウンド型をオマージュしているから。当時のものは 一山式や彫金細工が多く見られるが、現代的にアップデートするためにチタンのノースパッドを取り付け、彫金は省いてミニマルな作りになっている。

Eyewear ¥41800 by O.J. GLOBE SPECS OPTICAL Co. (GLOBE SPECS)
Coat ¥171600 by la favola
Vintage Knit ¥11000 by BRACKETS
Vintage Shirt ¥9680 by LABORATORY®︎

一部の文字を読める人が
特権的に使っていた道具

世界一の眼鏡店、グローブスペックス。ミラノで毎年開催される世界最大級の国際眼鏡展示会MIDO展でBestore Awardを2年連続受賞するという快挙を果たした日本が誇る名店だ。華々しいその実績を獲得したのは、唯一無二の店舗デザインやサービスが評価されたことと、同店の創設者である岡田哲哉の眼鏡に対する深い造詣とヴィンテージメガネの収集力、そして名門から新進気鋭まで幅広い実力派眼鏡ブランドからの信頼を得る情熱があるからこそだ。ヘリテージというテーマを考えるにあたり、道具からファッションアイテムまで幅広く求められてきた眼鏡の役目の歴史を振り返ることは必然だと思った。アンティークからヴィンテージ、最新型までを網羅する岡田の話から、眼鏡に受け継がれてきたヘリテージを読み解いていく。「眼鏡の起源としては、聖職者や上流階級層のような教育をきちんと受け文字を読める人たちのための道具だったんです。当時の眼鏡はシザーといって、木製のフレームにレンズを入れて、蝶番を鼻に挟んでかけるハサミのような形をしていたんです。文字を読むための老眼鏡のような道具として使われていたようです。その名残は1930年代頃まであって、フィンチと呼ばれる鼻眼鏡がそれにあたります。当時は金属のチェーンを付けて、3ピースのジャケットのボタンホールに引っ掛けて胸ポケットにしまっていたんです。現代からすると洒落者の道具みたいですよね。20世紀初頭に出始めた、顔の堀が深い欧米人が目に埋め込むように使うモノクルという単眼鏡と言う型式もありました。テンプルらしきパーツが出てきたのは18世紀頃ですが、当初は耳にかけるのではなくコメカミを抑えて挟むような形でした。実はテンプルは英語でコメカミという意味です。テンプルのツルを耳にかける形はもっと後の時代になって出てきます」。

14世紀の絵画の一部分で、眼鏡が描かれた絵として歴史上最も古いといわれている一枚。

眼鏡は聖職者や特権階級、お金持ちなど一部の教育を受けて字を読める人たちの道具であったことの風刺画。鼻に挟むシザーや単眼鏡のモノクルが使われていたことがうかがえる。

眼鏡は特権階級の自慢の道具でもあったことから、宝飾やジュエリーに近い感覚でケースも凝ったものが多く作られた。写真はガルーシャと呼ばれるエイ革を用いたもの。
金張りや彫金は
ただの飾りではない

ごく一部の特権階級だけが使っていた眼鏡だが、19世紀の産業革命をきっかけに大衆にも広く使われ始めることになる。「産業革命を機に教育が浸透していったことで眼鏡の需要が高まったんですね。でも聖職者やお金持ちが使っていた眼鏡は金や銀で作られていて高価なので、とても庶民には買えないわけです。そこで生み出された技術が、普通の金属でベースの形を作りつつも、腐食性を補うために錆びづらい金のシートを巻く“金張り”でした。1910年代からアメリカンオプティカル社とボシュロム社、シュロン社のアメリカ三大メーカーがこぞって金張りを大量生産するようになり、一気に眼鏡が普及したんです。当時は眼鏡屋でお客さんが好みのレンズやツルの形状を選び、鼻の高さや幅を計測してブリッジやテンプルを決めて組み上げるという完全ビスポークでもあったんです。

1910年代後半や20年代になってくると、金張りの眼鏡に彫金が施されるようになってきます。当時の第一次世界大戦で職を失った宝飾職人たちが、実用的なものづくりである眼鏡の世界に流れてきたことが背景にあります。20年代以降の眼鏡のほとんどに彫金がされていて、装飾やジュエリー的要素が加わり始めました」。眼鏡の普及や技術の発展には明確な理由があったという納得できるストーリーだ。1910年代から40年代にかけては、アメリカ三大眼鏡メーカーの勢いがそのまま強く、特にアメリカンオプティカル社の金張り眼鏡が世界中に流通していた。60年代頃までヨーロッパで一番大きな眼鏡会社はアメリカンオプティカル社でもあったようだ。そのため当時のヨーロッパの眼鏡職人は同社で経験を積んだ人が多く、70年代以降のヨーロッパを代表する眼鏡メーカーのローデンストック社やカールツァイス社、マルヴィッツ社へ移動して主力メンバーとして活躍していったのだ。

エックスブリッジと呼ばれる形で、中世の職業別組合であるギルドで作られたもの。テンプルを耳にかけるのではなく、側頭部の頭が張っている部分を挟んで使われていた。

岡田の宝物とも言えるザ・スペクタクル(アンティークやヴィンテージの眼鏡を扱うアメリカのブランド)のコレクション。一般のコレクション、大量生産されなかった珍しいスペシャルコレクション、一点もので博物館級のミュージアムピースなどランクがある中で、それらよりもさらに希少価値の高い個体がこの木箱には並んでいる。

フレーム横にあるラインは“スピードライン”と呼ばれ、未来感のある速そうなデザインとして経済発展の著しかった1950年代に生み出された。当時のキャデラックや冷蔵庫などのプロダクトにも多く用いられいる。

フレームとテンプルを繋げるために使われる鋲(びょう)を隠す装飾して作られた鋲飾りの数々。一目見てどのメーカーの眼鏡かわかるようにする意図もある。工場の作業員は安全のためフードのついた眼鏡をかけることに対し、ホワイトカラー層はフード付きの眼鏡が必要でない立場であることを誇示するために鋲飾りを使ったという説からVIPセーフティとの呼び名もある。
ラウンドとオクタゴンが
フレームの原形

そもそもだがフレームの形はどのようにして生まれてきたのだろうか。「形としてはラウンド(丸)が始まりです。その後にオクタゴン(八角形)なども出てきましたが、いづれも上下対象の形、製造しやすいメリットがあったんです。当初テンプルはフレーム横の真ん中に付いていていました。でも真ん中につけると視野の妨げになるということから、アメリカンオプティカル社がテンプルをフレームの上部に付けるようになったんです。でもラウンド型のフレーム上部にテンプルを付けるのは構造的に難しく、取り付けやすいように逆三角形のフレームが作られました。それが現在のボストン型の原形です。実はボストン型とは和製英語で、アメリカだと通称P3と呼ばれています。当時のカタログを見るとP5やP6というモデルも載っているのですが、おそらくパントゥ(フランス語でボストン形の意)のPだと思います。でもなぜか現代にはP3だけが残っているんです。先に述べたようにテンプルの位置を変えて視野を広げるために作られたので、フルビューという呼び方もされています。この形が生まれた30年代以降の眼鏡はフルビューがベースになっていきます。オクタゴンもフレームの初期の形なのですが、レンズが丸いと作業の際に回転してズレてしまうことがあるため、それを防ぐために固定しやすい形として作られたと考えられています」。

眼鏡にファッション要素が
加わったのは1950年代から

その後も様々な目的やストーリーとともに新たなたフレームの形が生まれてくる。映画『トップガン』でトム・クルーズがかけていたことが象徴的なパイロットグラスは、1940年代にジェット戦闘機が開発されたことが誕生背景にある。「ジェット戦闘機は高度の高い上空をものすごいスピードで飛ぶので酸素マスクが必要です。そのため酸素マスクが収まって干渉しないようなレンズの鼻際の間隔や形状と、コックピット全体を覆い込んで見渡せるレンズの大きさと形状になっているんです。またヘルメットを装着したまま眼鏡を着脱できるようにと、テンプルはストレートでフラットにして、耳に引っかけない作りになっています。ダブルブリッジは剛性を高めるためのアイディアですし、軍のミルスペックから生まれたパーツの名残が現代にも多く受け継がれています。

パイロットグラスのように大きなパーツの要素を取り込み、ファッション感覚的に眼鏡をかける流れが終戦した50年代以降に生まれてきます。ミュージシャンのレイ・チャールズやバディ・ホリーはいつも太いテンプルのものをかけていることが印象強いですよね。素材としてはプラスチックが主流になり始めます。プラスチックはボリュームがありますし、色の自由度が格段に高くなるので目元の印象を大きく変えやすいんです。メタルフレームのリムの上にプラスチックのパーツを取り付けたブロウ型がありますが、機能性というよりは目元の印象を変える目的で取り付けられた経緯もあります。そのように50年代から眼鏡の種類は一気に広がっていきました」。

深い知識と幅広いネットワークを駆使し、岡田はヴィンテージメガネを集めるだけでなくオリジナルの眼鏡も作っている。「ヴィンテージをそのまま再現しようとは思わないです。ヘリテージとして価値のある部分は受け継ぎつつも、現代だから使える素材や技術を用いたものづくりを考えています。時代ごとに眼鏡をかける目的が変わっているので、当然製造手法も変化と進化を遂げています。でもヘリテージとして愛される眼鏡のルーツやストーリーを活かしたアップデートをできれば、ものとしての深みが出てくると思っています。道具として、ファッションとして眼鏡を素直に楽しんでもらいたいのは前提ですが、受け継がれてきた価値の本質やストーリー、つまりヘリテージとしての魅力をさらに伝えていきたいと思っています」。

ネットフリックスの新聞広告に使われていた1950年代の新橋駅の群集を捉えた写真から岡田がアイディアを得て、オールドジョーと作った一本。この写真に写っている眼鏡が実際にそうであったかは定かでないが、岡田の想像からパントとブリッジまでカバーしたブロウを取り付けた新しい形として生み出された。

岡田哲哉
1998年、東京渋谷にグローブスペックスをオープンさせる。代官山や京都にも店舗を拡大しつつ、現在の渋谷店ではサロンのように岡田自身がお客様に向き合って眼鏡をお見立てするサービスも行なっている。

Heritage Eyewear Collection

グローブスペックスが取り扱う眼鏡の中から岡田が厳選した、オリジナルな形やストーリーを持ったヘリテージな眼鏡と、ヘリテージの要素を受け継ぎつつ現代だからできる素材や技術を用いたニューヘリテージなものを紹介する。

Lesca Vintage 6mm Crown Panto
眼鏡作りが盛んなフランスの東南山岳地帯ジュラ地方で、代々眼鏡作りを家業とするレスカ家が手がけるブランド、レスカ・ルネティエ。これは60年代のヴィンテージの一本で、王冠のような形からクラウンパントと呼ばれる。フランスの伝統的な形でもあり、同ブランドはフレンチトラッドのエッセンスをアップデートする眼鏡作りが支持されている。

Eyewear ¥80300 by Lesca LUNETIER (GLOBE SPECS)

TheSpectacleAOCombination
終戦後の経済発展とともに眼鏡はファッションアイテム要素も帯び始める。1947年にシュロン社の当時の副社長ジャック・ロールバッハが考案したこのブロウ型は、それまで主流だったメタルフレームに新素材として普及し始めたプラスチックを取り付ける画期的なデザインとなった。マルコム・Xが愛用した形として最も有名でもある。

Eyewear by The Spectacle [Okada’s Own]

The Spectacle 3pc Saddle
レンズを外すと左右2本のテンプルとブリッジの3つのパーツになることから「スリーピース」と呼ばれるこの形は、アメリカンオプティカル社が1874年に生み出したもの。写真は同社が1910年代に作った金張りの一山タイプで、テンプルがレンズ中央付近に付けられたサイドマウントの形は現在だと希少性も高い。

Eyewear ¥242770 by The Spectacle (GLOBE SPECS)

The Spectacle FF-FV
テンプルをレンズの上部に取り付けることで視野の妨げを解消したことから「フルビュー」と呼ばれるこの形は、アメリカンオプティカル社が開発して1930年頃に特許を取得している。のちのボストン型の原型にもなった形である。左の1910年代の眼鏡には無いノーズパッドが付いているが、これは1920年代に生み出されたパーツと言われている。

Eyewear ¥158290 by The Spectacle (GLOBE SPECS)

Scye SPECS MALIK
グローブスペックスとファッションブランドのサイがコラボレーションした一本。マルコム・Xが着用していたモデルのブロウ型をオマージュしつつ、鋲飾りにはスピードラインをあしらって1950年代のアメリカンテイストを加えている。色はサイの洋服によく用いられるグリーンやペパーミントを意識し、女性でもかけやすい仕上がりになっている。

Eyewear ¥55000 by Scye SPECS (GLOBE SPECS)

lazare studio watson
岡田が今年出会った新ブランドとして高く評価しているフランスリヨン発のラザール・ステュディオ。デザイナーはアンティークやヴィンテージ眼鏡の愛好家でもあり、それらの美しさや魅力を損なわずに現代のタフな素材や技術を用いてアップデートした眼鏡を作っている。テンプルの先端の膨らみは重心を取るバランサーでありつつも、ブランドのアイコンにもなっている。

Eyewear ¥64900 by lazare studio (GLOBE SPECS)

O.J.GLOBE SPECS OPTICAL Co. FITZGERALD
ハイブリッジ(ブリッジをフレーム上部に取り付けたもの)は剛性の問題から長年メタルフレームにしか使うことができなかった。しかし近年開発された素材である高密度アセテートを使うことにより、メタル以外のフレームでハイブリッジを実現させた一本。形は岡田が所有する古くて細いアセテートの眼鏡をリファレンスにしている。

Eyewear ¥36300 by O.J. GLOBE SPECS OPTICAL (GLOBE SPECS)

GERNOT LINDNER GL-159
アメリカンオプティカル社で経験を積み、スティーブ・ジョブズが愛用したラウンドメガネを作ったルノアの創立者、ゲルノット・リンドナー。自身の名を冠して新たに設立したこのブランドは、彼の長年の夢であったスターリングシルバー(シルバー925)を使用したコレクションを展開する。この一本は眼鏡の初期の形であるオクタゴン型を使い、コンパクトなケースに入れるためにテンプルを伸縮できるクラシックな機能も取り入れている。

Eyewear ¥92400 by GERNOT LINDNER (GLOBE SPECS)

Photo Jun Yasui
Stylist Takayuki Tanaka
Hair Kazuhiro Naka
Make-up Asami Taguchi
Model Youri
Edit Yutaro Okamoto

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