dorozome VISVIM
2つとして同じものがない VISVIMの奄美の泥染め
奄美の泥染め、
奥深き色の魅力
幾多のブランドが揃うセレクトショップで服を眺めていると、明らかにほかとは違う雰囲気を放つ服がある。決して奇天烈なデザインではないにも関わらず、独特な風合いと存在感でタグを見なくてもそれとわかるのが、ビズビムの服だ。生地、染色、縫製、すべてのものづくりに対して徹底的なこだわりを追求するビズビムの服からは、それに携わる職人の息吹や色気さえも感じてしまう。
市場に溢れる多くの服が合成染料によって工業的に染められているのに対し、ビズビムの服は自然染料を用い職人が手作業で染色を行うものも多い。有名なものでは藍染があるが、自然染料ならではの独特な深みのある色味は、合成染料では決して味わうことのできない温かみのある心地よい着用感が魅力である。
そんなビズビムの自然染料を用いた染色方法の中でも、ここ数年に渡り継続的に登場しているのが泥染めである。名称通り、服を泥につけて染めていくこの古来から続く伝統技法。この泥染めが国内で盛んに行われている場所が鹿児島は奄美大島だ。奄美大島で泥染めというと、世界三大織物にも数えられる大島紬が有名だが、ビズビムの泥染めも大島紬と同じ場所、同じ手法で染められている。
奄美大島だからこそできる
自然が生み出す染色方法
奄美空港から車で約1時間。奄美大島の中心部に位置する名瀬エリアの外れに、ビズビムの泥染めを行う野崎染色工場はある。山裾から泥田が広がる自然豊かなこの場所で、2代目となる野崎徳和と3人の職人によってビズビムの泥染めは作られている。泥染めとはいうが、単に泥で色を染めている訳ではなく、車輪梅というバラ科の植物から取れるタンニン色素と泥の鉄分が結合し、酸化することで色は染まっていく。
「車輪梅じゃなくても、玉ねぎの皮でも、そこらに生えている草木でもタンニンはあるから染められるんですよ。でも、車輪梅は奄美でよく取れるんです。そういうこともあって、奄美の泥染めは昔から車輪梅が使われ続けています。一時期、多い時は月に5、6トンは使うこともあったので、安定的に量が取れることが大切です」。
そのように泥染めが奄美という地に適している理由は、染料となる車輪梅だけではない。泥も大切なのである。「触ってみてください」と野崎が泥田の中から持ってきた泥に触れると、これまでに触れたことのある泥とは別物で、触感はとても滑らか。鼻を近づけてみると、確かに金属の匂いを感じ、この泥がいかに鉄分が豊富かを物語っていた。
「滑らかでしょう。粒子が細かいからなんです。火山地域の泥はというと粒子が荒い。拡大してみると、金平糖の角が丸いか尖っているかのような違いがある。滑らかな泥は繊維の中に入りやすいし、生地を傷めにくいんです。それに奄美の泥はね、普通の田んぼも少し赤いんですよ。鉄分が多いんです」。野崎の話を聞いていると、泥染めがいかに奄美の地でやることが理に適っているかがわかってくる。
時間と体力を使う
手作業での染色
ここ数年、ビズビムでは特に車輪梅と泥を用いた染色に力を入れて多くのプロダクトを展開しているが、デザイナーの中村ヒロキは「土地の自然を利用した泥染めの有機的な技法、それが生み出す独特のムラや風合いに人間的な魅力を感じる」と語る。こうした加工を天然繊維だけなく化学繊維にも施すことで、より人間らしい温かみをもったプロダクトを生み出せないかと常に試行錯誤している。一般的に、泥染めに適した綿やシルクだけではなく、ナイロンのジャケットなどにもあえて泥を通すことで、使い込んで年月が経ったような柔らかな風合いへと仕上っていくのだ。撮影時は、アウターなどに加えキャンバスシューズの泥染めも行っていた。
工場内にはすでに完成形に近い黒くなったシューズとこれから染めるという生成色のシューズがあり、自然染色である泥染めによってここまで黒くなるのかと驚いたが、完成までの道のりは決して簡単ではなかった。順序はこうだ。まず、車輪梅を煮出し、抽出した赤い液の中に靴を浸ける。それを何度も繰り返すうちに色素が付着し赤みがかってくる。それを一度乾燥させて、工場の外にある泥田へ。泥田で何度か泥に触れさせていくうちに、段々と色味が鮮やかな赤から濃厚な赤ワインのような色味に変わっていく。
「この工程を80回繰り返すと真っ黒。ビズビムのスニーカーは大体50回くらい染めています。1日に染められるのは大体、20回くらいだから黒くしようと思ったら1週間くらいかかるんです」。機械を用いた合成染料での染色であれば、簡単に大量生産は可能だろうが、ここでは1着ずつ自然を相手に手作業で行っている。温暖な気候の奄美とはいえ、冬は冷たい泥水の中、仕事着はTシャツにウェーダー。取材時は2月下旬の雨の中、アウターを着ていても肌寒い気温だった。
「寒いですよ。でも、長袖を着ると濡れるでしょう。そうなると、余計寒くなるから着られないんですよ」。泥田の中で全身を駆使して泥染めをしながら、息を切らして、野崎はそう話した。想像していたよりもハードな作業を目の当たりにして、ビズビムの服がほかと異質な雰囲気が漂う理由がわかった気がした。そもそもビズビムが野崎のもとで泥染めしたプロダクトをスタートしたのは2011年秋冬シーズンから。これまで、大島紬の生地を専門に染色してきた野崎染色工場も、20年前程から洋服の泥染めを並行して行う様になり、そんな折、ビズビムからのオーダーがあったようだ。
「ビズビムの泥染めでは、今までは染めてこなかった素材やアイテムをこれまで染めてきました。スニーカーもそうです。だからこそ、研究開発じゃないけど、新しく一緒に取り組んでいることも多いです。上手くいくまで何度も試すうちに出来上がるまで1年かかる時もある」。伝統工芸の奄美の泥染めであるだけに、洋服の染色はもちろん、難易度が高く、仕上がりの品質が求められるオーダーに応えてくれる職人もそう多くはないのだが、野崎染色工場が長年、ビズビムと仕事を行っている背景には、職人の弛まぬ情熱と努力があるからだろう。
自然を相手にする泥染めであるだけに、量産も一筋縄には行かない。「泥染めでは、干すことも色を定着させる上で大切な行程。奄美は年間降水量も多く、乾きづらいことも多い。そういう時はどうしても時間がかかるし、夏と冬では染まり方も違う。夏はバクテリアが元気だから泥が染まりやすく、冬は逆に車輪梅のタンニン濃度が高いため、車輪梅が染まりやすい。その都度、タンニン濃度も泥の中の鉄分も変わるから、サンプルで良い色になったとして、量産の時に同じように染色しても同じ色になるとは限らないんです。ですから、染めている時は、どうしたら綺麗に染まるのか。それしか考えていない。ほかごと考えていたら、絶対に綺麗に染まらない」。
泥田に生えてくる水草にもタンニンは含まれているため、油断すると余計な色がついてしまうこともあるという。加えて、染めるのは生地ではなく、ほぼ出来上がった服。製品染めは、ここまで作ってきた職人の努力を背負っていることを考えると失敗はできない。それでも、合成染料とは違い、様々な色素や微生物の働きで染まった生地の複雑で奥深い色味や風合いは、泥染めならではの魅力がある。野崎にとって泥染めの魅力について聞くとこう答える。「やっぱり同じものが2つとないことですね。一緒に染めても違いが出ます。1つ1つに個性があるというのが魅力だと思います」。
泥染めの歴史を調べると、一説には約1300年前、車輪梅で染めた着物を隠すために田んぼの中に埋めたところ美しい色味になっていたという伝承がある。自然の摂理と先人たちの受け継いできた技によって、今もこの地で泥染めが行われビズビムの服となっていることを考えると、手にした時にはより大切に着たいと思えるだろう。昨今は、SDGsの流れもありアパレル業界でいかに環境への配慮をしているかが大きなテーマではあるが、自然の力を使い限りなく環境への負担が少ないのも泥染めの魅力だと言える。数ある選択肢の中で、どういった服を選んで着るか。生きた泥と職人の技が紡ぐ、美しい色彩のこの服には選ぶだけの理由が充分に詰まっている。
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◯visvim
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Photo Yusuke Abe | Interview & Text Takayasu Yamada |