do more with less THE NORTH FACE
地球環境を考える プリミティブなGeodome 4
地球環境を考える
Primitiveな
プロダクトである
そのロゴが街のファッショニスタにどれだけ支持されても、ザ・ノース・フェイス(以下:TNF)の本領はいつだってスマホの出番がほとんど無いような自然の中でこそ発揮される。同社のプロダクトの最大の目的は自然環境下での活動を支えて安全を担保することであって、着飾ることでは決してない。
「テントやバッグ、どんなギアでも必ず製品化する前にアウトドアフィールドでテストをします。デザインにしてもひとつひとつのパーツにまで全部に意味があって、格好いいからこれを付けよう、というものはありません」。
TNFでエキップメントやハードグッズ開発の部門を統括している狩野茂はそう明言する。用途も設計も多岐にわたるアウトドアギアの企画がどれだけ大変かは想像に難くないが、そんな狩野のものづくりの遍歴の中でも特殊な経験となったのが2018年に発売されたジオドーム4の開発だった。
真円に近いドーム型で、大人が中で優に立てる2.1mという高さと4人が寝られるフロア面積を備えたこの特殊なテント。その要となっているのが、“最少の材料で最大の強度をもたらす”と言われるジオデシック構造だ。その起源は今から60余年前、米国人発明家のバックミンスター・フラー博士の発表に遡り、以降現代まで世界各地の様々な建築に取り入れられてきた。それをテントに活かそうというアイディアがこの企画の原点だが、それを実現するためには当然この構造原理への深い理解が欠かせない。
「これまであまり言ってきませんでしたが、このテントはSFC…慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの協力があって完成したものなのです。自社で試行錯誤をするのはいつものことですけど、社外の専門家の協力を得てつくったプロダクトは今のところジオドームだけですね」。
協力者としてSFCに白羽の矢が立ったのは、鳴川肇という人物がそこで教鞭を振るっていたのが最大の理由。建築家・構造家であり、長年遠近法の研究に従事してきた鳴川は全方位を歪みなく平面に表す独自の世界地図を考案したことでも知られる、構造物のスペシャリスト。そして彼自身もまた、かつてフラー博士が提案したジオデシック構造で長年開発・設計をしてきた研究者だった。
ただ、実はTNFがジオデシック構造のテントを製作するのはこの時が初めてではない。1975年に登場したオーバルインテンションを皮切りに、いくつかのテントでもすでに同様の試みがなされていた。
「有名なものだと2メータードームがそうですね。でも、あれは山岳遠征用で丈夫な代わりに重さもあり、8人用と大きい。僕たちはキャンプで使えるようにもっと小型で、値段もできるだけ抑えたものをつくりたかったんです」と狩野は経緯を振り返る。修正を重ね、6回程のサンプルアップと実地テストを経て出来上がった完成品はただ従来のモデルの小型版というだけではなく、よりシンプルな要素で求められる耐久性や機能を果たすことにも成功していた。2メータードームでは12本だったポールは半分の6本になり、より組み立てやすく、見た目もさらに洗練されたものになっている。
「実際に使ってみて一番印象的だったのが、中に入った時の包まれるような安心感ですね。車座になるなら8人くらいでテーブルを囲んでも窮屈な感じがしないんです」。球状のテントに人が収まる様は、まるで大きな卵のようにも見えてくる。強い構造体を追求すると往々にして卵型にたどり着くという説があるが、ジオドームの安心感の理由はただ空間が広いというだけではなく、多くの生命を一番最初に守るものに似ているからなのかも知れない。
完成したのち、狩野は出来上がった製品を持ってマウンテンリサーチを主宰する小林節正の元を訪ねた。
「話の流れで、実際にみんなでジオドームでキャンプをしようということになり、それまで雑誌でしか見たことの無かった小林さんのプライベート・キャンプサイトに連れて行ってもらえることになりました(笑)。それで、このジオドームとオーバルインテンションと、2メータードームを並べて設営したんですが、その日の夜がちょうど満月で。あぁ、自然の中にあるドームって美しいな…って」。
正五角形と正三角形の組み合わせから成る準正32面体のジオドームのデザインは、コンテンポラリーを通り越してフューチャリスティックですらあるが、狩野の言葉通り、不思議と人の手が加わっていない自然の中に溶け込んでいる。フラー博士の考案した建築物に形が似ていることから、炭素原子が60個結合した高分子構造を博士の名に因んでフラーレンと呼ぶそうだが、このジオドームのフォルムも普段我々の目に見えていないだけで、自然界には遥か昔から存在していたのだろう。
それを思えば、ジオドームと自然の親和にも合点がいく。ジオドームにはもうひとつ、テンセグリティという重要な理論が活かされていて、それは張力と圧縮力の相互作用によって統合性を維持するというもの。こうした性質上、どうしてもそこにはアカデミックな話が多く付きまとうが、開発責任者の狩野は「学問としての科学とかテクノロジーは昔から苦手です。文明の利器は好きなんですけどね」と照れ臭そうに笑う。それでも彼がこのテントを完成させられたのは、専門家たちの協力を得て、紙の上ではなく立体物に触れながら自分の五感でその理論を学んできたからに他ならない。座学が生まれる以前から、人類がそうして知恵をつけてきたように。
「ジオドームって理屈は難しいかも知れないけど、単純に美しいと思うんです。それを多くの人に感じてもらえたら嬉しいし、審美性が高いものであったら良いなと思っています。結果的にそこに惹かれて、子どもたちがジオデシック構造に興味を持ったら素敵ですよね」。
TNFが生まれて、すでに半世紀以上。同社に残された資料写真の中に’70年代当時、製造部門の責任者を務めていたブルース・ハミルトンという人物がフラー博士とともに映っている一枚がある。元々ヒッピーだった彼は、数学者でもあり熱心なフラー支持者でもあったことから博士の知恵を借りて、当時のTNFのものづくりに活かしていたと言う。その図式はSFCと、鳴川肇と手を組んで開発に尽力した狩野の姿にそのまま重ねることができる。また、ブルースが辣腕を振るっていた当時のアメリカは大量生産・大量消費の世相の真っ只中。そこに疑問を抱き、より無駄を減らしてより良いものづくりを志す“do more with less”というTNF黎明期から続く姿勢も、現代に生きる我々に大きな気付きを与えてくれる。
「今と当時は、多分世の中が似ているんじゃないでしょうか。ベトナム戦争が終わってバック・トゥ・ザ・ランドなど自然回帰の気運が強まったことと、現代のコロナ禍の閉塞感から自然に目が向くっていうこととかが。自分自身も基本は前を向いてものづくりをしているつもりだけど、昔の物を参考にすることはやはり多いですね」。
未来を目指すと、そこにたどり着くための答えが往々にして過去から見つかる。今と昔、機能とデザイン、そして自然と人。物事というのはいつだって多面的であって、一側面ばかりを見ていたら全体の調和を見落としてしまう。視点は自由に、考え方は柔軟に。本質的な美しさは、きっとその先で見つかるのだ。ちょうどこのジオドーム4が、そうであったように。
Setsumasa Kobayashi
(Mountain Research)
理論を学べる素晴らしい教材
「ジオドーム4は厳しい環境下での使用にはあまり向いていないように個人的に感じるところはあるけれど、プロダクト自体のコンセプトを理解するという点ではすごく価値のあるものだと思います。前身となる2メータードームと比較すれば、今まで誰も手をつけなかった地平線より下の1列までデザインの手が届いたということが大きな変更点として挙げられ、それにより大自然の中に現れるナイロンとアルミのパイプでできた球体感という非常に特異でキュートな造形に一役買っています。
そもそも今の時代までテントの分野が進歩してこれたのは、ジオデシックドーム理論を開発したバックミンスター・フラー博士が特許を主張しなかったという点が大きく関係していると思います。後に続くコピーレフトの流れの急先鋒であり、そもそもアウトドアというのはヒッピーカルチャーの根本、権利を解放するというマインドが根底にある事をこのドームによって思い起こすんですよね。またジオドーム4はテンセグリンティ理論やジオデシックドーム理論などのフラーが言ったことを確認しながら組み立てていくことができる素晴らしい教材でもあります。組み立てて、理論に触れて、しかも泊まれて、畳んで家の中に置いておける。これは本当に凄いことなんです」。
更なる進化を予感させる存在
「元々自分はアウトドアメーカーが作るミルスペックのアイテムが好きで、ザ・ノース・フェイスが制作し米軍に納めていたECWTというドーム型のテントを所有していました。気が向いた時にHYKEのオフィスに設営して眺めたりしていたのですが、ザ・ノース・フェイスとのミーティングの際に、そのECWTの話になり盛り上がったところで、『近々新型のドーム型のテントをリリースする』という話を聞きました。後日展示会でそのジオドーム4を初めて見たとき、球体状のフォルムがとても美しく、一目惚れしてしまったんです。なんとかHYKEとのコラボレーションモデルを製品化出来ないか話し合いを続け、SS19シーズンに特別カラーのTANをフライシートに制作したジオドーム4SEを発売することが出来ました。
ジオドーム4の魅力は、やはりバックミンスター・フラー博士のジオデシック構造、テンセグリティ理論に基づき開発されたオーバルインテンション、その後発売された2メータードームに続きその設計思想を継承したテントであり、その開発の歴史の時間軸の現在地にいて、さらなる進化を予感させる存在であるところだと思っています。実用面でいえば成人男性が立って動ける2.1mの天井高はテント内での時間を快適に過ごすことができますし、メッシュポケットなど小物を収納するパーツが豊富なところも魅力です」。
◯ THE NORTH FACE
https://www.goldwin.co.jp/tnf/
Photo Yusuke Abe | Interview & Text Rui Konno (P121-122) Shohei Kawamura (P123) | Edit Takayasu Yamada |