ART FLOWERS TEPPEI TAKEDA
絵画の歴史を塗り重ねた 絵画を描いた絵画 武田鉄平
一見すると、花のような絵画。油絵の具の性質や動きを熟知しているからこそできる筆使いで濃淡や筆跡を使い分けて描かれた本作は、抽象的でありながら花を連想させられる。だがこの作品の主題はそこではない。これは「絵画を主題にした絵画」なのだ。絵画を模写した絵画という方が伝わりやすいだろうか。実物を見ないことには実感しづらいのだが、濃淡や筆跡、絵の具の盛り上がり、ドリップ、光を受けたツヤ感すら鮮明に再現されている。手がけたのは、画家 武田鉄平。確立され切ったと思われていた絵画の世界に武田は「絵画のための絵画」と称される新たな表現を提示した。まるで絵画の美しさの在り方を確認する行為のようであり、武田が自身の人生や日々の生活に向き合った実践の塗り重ねのようでもある。
何を描くのか
を問い続けてきた
武田の制作プロセスはこうだ。まずは主題となるイメージの下絵を描く。美しいと自身で認める一枚ができるまで、何十枚何百枚も同じイメージを描き続ける。そして理想の一枚に辿り着くと、ついに主題が決まったことになる。ここからが「絵画のための絵画」の始まりだ。主題となる絵をなぜ美しいと感じるのか。言葉にはできないその感覚に自問自答しながら、武田は筆跡をなぞるように毛束の一本一本を描いていく。風景や人物を対象として描くのではない、絵画に向き合って絵画を描く行為。この時間は、幼い頃から絵を描き続けてきた武田が自身の人生を振り返る時間でもあるのかもしれない。武田がこの手法を生み出し、世間に発表したのは彼が37歳のときのことだ。「何を描くのか、ということを探し続けてきました。絵画以外にもさまざまな表現をしてきましたが、絵を描くことが自分には一番だといつも立ち戻ってきました。僕の今の表現が生まれたきっかけは偶然でした。元になる絵をそもそもは描き続けていたのですが、あるとき机になにげなく置いてあったその絵を見た瞬間に、『この絵を主題として描くとどうなるのだろう』と思いついたんです。実際に描いてみると、自分の作品が持つ意味をさらに深く捉えるようになりましたし、コンセプトも考えるほどに広がっていった。昔は目の前にあるものを描くことが画家の仕事でしたが、現代でそれを成立させている人は極めて少ないと思います」。写真の出現が絵画のあり方の大きな分岐点となっている。目の前にあることは写真が写すからこそ、写実主義だった絵画は表現を問われ、印象派やシュルレアリスム、キュビズム、抽象主義など絵画だからこそできる新たなものの見え方を提示してきた。現実の拡張表現としての側面が強まっていた絵画だからこそ、武田の「絵画のための絵画」という手法は、目の前にあるものを描くという絵画の原点に立ち返っているといえる。絵画の在り方を根底から覆す存在として世間に衝撃と問いを与えたのだ。
美しさは言葉にできない
芸術のなかでも最もクラシックで王道な表現の一つである絵画。その表現に武田は何を求めるのか。「美しいということを追求していて、それが自分の作品を成立させるために欠かせない要素であり条件です。でもなにをもって“美しい”と言えるのかは正直僕もよくわからない。構図はその一つの要素で、美しいとされる型があります。でもそれ以上に美しさを成立させるための要素がどこかにある。それを探し、できるだけ少ない手法で画面を構成し、シンプルに表現することが今回の「まるで、花のような」という個展のテーマでした。言葉じゃ伝えられないから描いている。芸術は作り手の投影ですから、僕が考えていることを絵画から読み取ってもらえると嬉しいです」。筆と絵の具を用い、過去数百年にわたって作り上げられてきた絵画の歴史。「絵画のための絵画」という手法と表現は、膨大な絵画の歴史と美しさの在り方を振り返ってなぞり、新たな1ページを塗り重ねる行為のようにみえる。決してほかの人には真似できない、武田鉄平だけの表現ではないだろうか。
武田鉄平
1978年山形市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2016年に初個展「絵画と絵画、その絵画とその絵画」(KUGURU, 山形市)を開催。2024年11月には5年ぶりとなる第2弾作品集『FLOWERS』を発売した。
Born 1978 in Yamagata City, Japan. Graduated from Musashino Art University, Department of Visual Communication Design, and held his first solo exhibition “Painting and Painting, Its Painting and Its Painting” (KUGURU, Yamagata City) in 2016, and released his second collection of works “FLOWERS” in November 2024, his first in 5 years.
Photo MAHO KUBOTA GALLERY | Interview & Text Yutaro Okamoto |