Interview with Barnabé Fillion about New Fragrance Collaborated with Aēsop
調香師バーナベ・フィリオンに聞く イソップのクラフツマンシップ
日々の生活から切っても切り離せない「香り」。それは目には見えないからこそ、魅惑的で心に直接訴えてくる。だからこそ様々なことを想像させられるし、ふとした瞬間にいつかの記憶が蘇らせられることも少なくない。そんな香りを操り、様々なプロダクトに落とし込んで高い評価を得るブランドに、メルボルン発の「イソップ」がある。フレグランスをはじめ、動物性原料不使用の高品質なプロダクトが世界中から愛されている。そんな同ブランドから絶大な信頼を得る調香師の1人として、フランス人のバーナベ・フィリオンがいる。彼はイソップの数あるプロダクトの中でも傑作と名高いマラケッシュ インテンス オードトワレを生み出すなど、その実力はトップクラス。バーナベは嗅覚だけでなく、視覚や聴覚など複数の感覚に影響を与える「マルチ・センソリー」を哲学として掲げていることも興味深い。そのモダンなクリエイティビティがイソップのクラフツマンシップと再び交わり、新コレクション「アザートピアス」を生み出した。モダンクラフツマンと呼べる調香師バーナベは、今回のフレグランスにどのような想いを込めたのか?
ー新作のフレグランス「アザートピアス」を作った時のインスピレーションや、ストーリーを教えてください。
このコレクションは、「どこにも属さない場所の追求」の研究から始まりました。今作の3種の香りは、現実世界に相関するそういった異空間へのオマージュなのです。それらの空間はユートピアということではないですが、神話や詩歌と繋がりがあり、私たちを空想の世界へといざなう力を秘めているんです。フレグランスを「異なる場所(アザートピアス)」として捉え、どうすればこのコンセプトに基づくコレクションを生み出せるのか検討しました。そのために地理的な空間、詩歌的な空間、抽象的な空間について考えを巡らせていくと、「まとった人を詩の世界へいざなう」というコンセプトを思いつきました。こうしてコンセプトは詩的で観念的、哲学的になり、今までより少し強烈なフレグランスとなりました。
このコンセプトの背景にある美しさは、物理世界から観念的世界への移行という考えにあります。それは変容であり、転換であり、一時休止であり、間隙であり、階段の踊り場であり、呼吸なのです。詩の世界に浸っている時に心に抱くイメージに近いのかもしれません。今回のプロジェクトを進めるには、地理、地質、植物、語源、現象論、精神分析の知識が必要になると考えたため、開発プロセスの大部分を哲学者と協働しました。そこで得た様々な知識をイソップの開発チームに共有し、フレグランス作りに取り掛かりました。つまり、詩の世界に浸る者が思い描く世界を語りながら、アザートピアスを学び追求する中で今回のフレグランスが形作られていったのです。
アザートピアスの空間概念に関連して、人と自然の関わりについて深く掘り下げたくなりました。なぜなら私たちが使用する原料がどれも自然由来のものだからです。また、イソップにとって非常に大切なコンセプトである科学と自然との対話についても探求したいと考えました。なので、今回のどのフレグランスにも、人と自然の関わりが常に顔をのぞかせています。たとえば「ミラ セッティ」は人をイメージの中心に据え、「エレミア」は荒廃した地で命を燃やす自然をイメージした香りになっています。いずれのフレグランスも、人と自然との関わりを示す道具となっているのです。
ーフレグランスを作るときのインスピレーションの源は?
たくさんありますが、主には人生について考え、五感としっかり繋がっている瞬間を味わうことです。私の場合は、音楽と読書、そして旅行がそういう時間です。例えば音楽だと、1960年代初頭の初期の電子音楽をよく聴きます。世に存在するものはみな音楽ですから。もちろん新しいことや材料に関しては常にアンテナを張っていて、じっくり時間をかけて抽出しています。
ー以前は写真の仕事をしていたそうですが、調香師になったきっかけを教えてください。また、写真と香水に共通点はありますか?
「ピクトラル・エンサイクロペディア」という植物の写真集の制作が調香師になったきっかけです。その本のプロジェクトには詩人と調香師を招いたのですが、調香師の話す言葉に魅せられてしまったのです。それから一緒に教室に通い始め、プロジェクトも始めるようになりました。
写真とフレグランスの関係は大いにあります。私は長時間露光撮影が好きなのですが、それは光や動きを長時間レンズで捉える手法です。動きの速いものをじっと見続けていると、ちょっと瞑想的な気分になりますよね。いろんな要素が溶け合う変化のさまが写し取られ、それがフレグランスに似ているのです。
ーファッションと香水の関係をどう考えますか?
私はファッションとフレグランスの関係に見られるような、資本主義における依存システムが好きではありません。フレグランスは金銭面ではファッションブランドを助けていますが、哲学という意味ではあまり貢献していませんよね。もちろん成功しているブランドもあります。でも、ファッションとフレグランスの関係において素晴らしいと思えるブランドが個人的には多くないのが実情です。
ーご自身のインスタグラムから日本の写真を多く拝見しました。日本に対してどのような印象を持っていますか?
私は日本を終(つい)の棲家にしたいと考えています。実は今、京都に家を建てているところで。私の人生と感性の成長に最も大きく素晴らしい変化をもたらしたのは、日本で学んだことが多いです。日本の社会や人々には道徳心があると思います。欧米社会ほど個人主義ではなく、感性豊かな文化や静けさに対する感受性、今ここにあるために心を静かにすることを大切にすることもそうです。そして、極めることを否定しない点も素晴らしいです。極めることと静けさが融合され、より深めることができるので、日本にいることは私には合っています。
それからシャルロット・ペリアンの家族と個人的に親交があり、彼女の日本での生活をオマージュしたり、功績を称えるフレグランス「ローズ オードパルファム」も作りました。日本での彼女のアプローチについても色々話しましたが、日本で暮らすことはとても興味深いことなのです。
ー日本では香水をつけない人(特に男性)もいます。改めて、香水をつけることの魅力を教えてください。
私もずっとつけていませんでしたし、今もあまりつけません。しかし、それもあってフレグランスの仕事をしています。フレングランス業界は享楽的であり、神聖なものは求めていないと感じています。だからこそその逆をいくイソップと仕事をしています。スキンケアも同様です。イソップの製品には内側から高めてくれる力を感じるのです。
日本にも同じものがあると思います。例えばフレグランスについて話すとき、欧米の人は手首にスプレーを吹きかける仕草をします。けれども日本の人は手で香りを煽ぐ人が多いです。まるで何かに耳を傾けたり、自分の方に導いたりするように。纏うというより、刺激の変化を楽しんで、香りを味わっているようにすら感じます。これは日本人独特の感性だと思いますし、驚くべきことです。
ーこれからの時代や社会、人間に撮って香水はどのような役割を果たすと思いますか?
私にとっては残念ながら、フレグランスは享楽的で魅惑的なものなので、自分を偽るための人工的な手段になっています。それは市場が長年送り続けてきたメッセージでもあります。でもイソップはそうではないのです。だから彼らとは哲学や内面から高めることについて話し合うのです。私にとってフレグランスは、対話や知覚を刺激する機会を提供してくれるもの。つまりツールなのです。茶道のお茶は、別の空間に心をいざなうという意味ではツールですよね。それと同じことなのです。心穏やかに共にいる人々との交わりや、今ここにあることを楽しみ、身の回りの芸術に感性を研ぎ澄ましたり、様々なインスピレーションを与えてくれる身近な自然に敏感になることができるのです。もしあなたが書道家でフレグランスをつけたなら、突然のひらめきでその日の作品が書けるかもしれません。
そのように意識すれば、香りはどこにでもあるのではないでしょうか。私の場合は、フレグランスを作り、それを鍛錬として探求することを楽しんでいます。それが私には心地がいいからです。だからといって、いつでもどこでも匂いを嗅ぎ回っているわけではありませんよ。けれども外に出て自然の匂いに感動すると、まるで天啓を受けたような気分になります。これは皆さんも同じなのではないでしょうか。
問い合わせ先
イソップ ジャパン
Tel.03-6271-5605
www.aesop.com/jp
Interview Takuya Chiba | Text Yutaro Okamoto |