Travel through Architecture by Taka Kawachi

歴史と文化を巡る建築旅行のすすめ 大規模な改修で新たに蘇った建築 全日本海員組合本部会館 河内タカ

六本木のビル群の中の思いがけない場所に、「全日本海員組合本部会館」はひっそりと建っている。創建されたのが1964年、つまり東京オリンピックが開催された年だが、あえて“ひっそりと”と書いたのは、今や無機質な超高層ビルが立ち並ぶこのエリアの狭間で、なんとも健気に生息しているように見えてしまったからだ。

海員組合と言うほどなので、この建物が海の仕事に従事する人たちに関わるものであるのは察しがつくはずだが、もともとは港の街である神戸を拠点としていたそうだ。協議がなされた後、政府の中枢機関が近くにあることから活動の拠点が東京に移ることになり、1962年から現在の場所に建造が始まった。ちなみになぜ海から離れた六本木に建てられたのかと不思議に思えたが、 当時はまだこの周辺も低層の建物ばかりで視界を遮るものがなく、この建物の屋上からも東京湾が見えたという。

地下3階・地上6階、プレキャストのコンクリートによる手すりと庇の外装が一際目を引くが、この端正なモダニズム建築を設計したのが大髙正人であり、前川國男建築設計事務所から独立したばかりの頃の気合いが一際入った作品である。大髙は個人的に好きな建築家で、彼の故郷である福島の県立美術館や、千葉県立美術館、広島の基町高層アパートなども見に行ったことがあったが、まさか大髙の最初期の作品が都心に残されていて、しかも近年大規模な改修作業を経て再生されたと知り、俄然興味が湧いたというわけだ。

歴史的な重要性を帯びた建築でありながら、ほかの多くの昭和のモダニズム建築同様、老朽化や耐震問題によって建て替えが検討されていたという。しかし、どうにか取り壊されず改修されることになった背景に、2016年に国立近現代建築資料館にて「建築と社会を結ぶ 大髙正人の方法」展が開催された際に、この建物が取り上げられたことで新たに注目を集めたからだ。大髙はすでに亡くなっていたため、大髙事務所出身で歴史的な建物の保存や継承活動に携わってきた野沢正光に本部会館の改修工事の仕事が依頼されたのだった。

現地で見るとすぐにわかるのだが、コンクリートのプレキャストを得意とした大髙だっただけに、手すりと庇からはいかにもという“組み立て感”が伝わってくる。この建築を完成させ自信を得た大髙は、千葉県立中央図書館の建築でさらに進化させたプレキャストに挑戦していくことになるのである。コンクリートの手すりがところどころ青に彩色されていることに気づいたが、これはペンキを剥がしたら出現した色を使って塗り直したそうでいいアクセントになっている。

野沢による大規模改修だが、まずすべてスケルトン状態に戻し、外観は既存の建築を継承させながら空調衛生設備や内外装を更新させた。階段とエレベーターを収めた2つのコアで建物は支えられているため、天井高の柱が一本もない広々とした空間を確保するとともに、周囲より低い位置に造られるサンクンガーデンにあった増築部分もすべて撤去され、竣工当時の自然光が入る空間へと生まれ変わった。

大髙は前川國男事務所時代に設計チーフを務め、上野の東京文化会館に深く関わった後に全日本海員組合本部会館を手がけたからか、それぞれに共通するデザインや意匠が用いられているのも特徴だろう。一例をあげると、照明やドアの取っ手は文化会館のものに類似したもので、玄関やロビーの床に使われた三角形を多用したタイルにいたっては文化会館と同じ不二窯業によるものが使用されている。ここのタイルは72種類もあるそうだが、欠損していたタイルに関しては、不二窯業で新たに焼き直してもらったほどのこだわりを見せている。

壇上に「海員」と書かれた赤い垂れ幕が掲げられた地下の大会議室もまた美しく蘇った。星を形どったような中央の照明は見たことのないような造形で、ここは労使交渉などの組合活動のほか、講演会や音楽会などの文化活動もできる空間となるという。また地下1階ロビー横には新たに展示室、地下2階には図書資料室が設けられ、組合メンバーだけでなく一般の方も入館できる地域に開かれた施設へと生まれ変わろうとしている。近年、取り壊されることが増える一方のモダニズム建築であるが、六本木という都市開発の新陳代謝が最も激しい場所柄、いつ取り壊されてもおかしくなかった瀬戸際で、新たに再生されて蘇ったことは高く評価されるだろうし、建築の温存と改修の好例として注目されていくはずだ。

The office and hall of the All Japan Seamen’s Union
六本木に“海員組合員の団結の象徴”として1964年竣工。プレキャスト コンクリートの多用や、梁を同じ方向に配するジョイントスラブ形式を採用するなど構造や意匠などの工夫が見られる。完成後も増築と改築を繰り返しながら使われてきた。船乗りは船を常に綺麗にすることに習い、改修前から清掃が隅々まで行き届き大切に使われていたというが、築60年の劣化や不具合を解消し、温熱性能、室内環境、オフィス機能を今日的なレベルに引揚が得るとともに、増築部を撤去し竣工当時の姿に復元するなどの大規模改修工事が行われ、2024年12月にリニューアルオープンした。
東京都港区六本木7-15-26

河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)があり、今秋に本連載をまとめた新刊が出版が予定されている。

Text  Taka KawachiPhoto  Tomoaki ShimoyamaEdit  Yutaro Okamoto

Related Articles