Travel through Architecture by Taka Kawachi
歴史と文化を巡る建築旅行のすすめ
谷口吉生による丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
河内タカ
崇高さを感じさせる
アートのような建築
「建築と自然が干渉しあい、風景が作られるとき、都市空間と呼応して、街並みが構成されるとき、その場所に美術館が建てられたことの意味が読み取られるものとなる」- 谷口吉生 『Museums By Yoshio Taniguchi』(建築交流ネットワーク刊) より
今から4年前になるのだが、建築家の谷口吉生が手がけた美術館建築を見るために国内のあちこちを旅して廻ったことがあった。その建物の一つが以前Silverでも書いた金沢市の「鈴木大拙館」だったのだが、谷口の作品を見ていくうちに、彼の建築を訪れることはなにか崇高なものに遭遇しにいくような気持ちになっていった。そして谷口が手がけた国内の十件に及ぶ美術館を巡り終えたとき、決して大袈裟でなく長い巡礼の旅を終えたような高揚感がこみあげてきたほどだった。
僕が最初に谷口吉生のことを知ったのが「MoMA」として知られる「ニューヨーク近代美術館」だった。シルバーとガラスの外壁が印象的な美しいモダニズム建物で、厳しいコンペを勝ち抜きそのリニューアル設計を任されたのが谷口だったのだ。当時、つまり2004年頃は海外で谷口の名前はほとんど認知されていなかったと思うのだが、偶然目にしたニューヨーク・タイムズの日曜版に掲載されていた設計者のポートレートとインタビューによって彼の存在が知ることとなったというわけだ。
そのインタビューの中で、谷口が日本国内にいくつもの美術館建築を手掛けていることも知り、この建築家がいったいどのような作品を設計したのか気になって仕方なかった。その後帰国してまもない頃、僕は写真家のホンマタカシの巡回展が行われるということで香川県丸亀市にある谷口の代表作の一つである「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)」を訪れる機会を得た。JR丸亀駅から一本公道を隔てただけの立地にあるその美術館は、駅前広場に向いた巨大な開口部や庇が大きく突き出していて、白やシルバーを基調とした寒色の外観は「まさに中庭から見たMoMAじゃないか!」と心の中で叫んでしまったほどだ。
駅から出るとすぐ目に飛び込んでくるその建物の、限りなく薄い屋根と壁面にまず驚かされてしまった。奥まった白い壁には猪熊弦一郎が描いた子供のドローイングのような巨大壁画『創造の広場』と、その前のゲートプラザには『四つの生命』『星座』『シェルの歌』と題された屋外彫刻が置かれ、駅前広場と美術館が一体化するように結びつけていた。冒頭の谷口の言葉にあるように、MIMOCAは地理的条件を最大限に取り入れたデザインとなっていて、駅前広場に面した「舞台」のような造りは世界的にも類を見ないのではないだろうか。
門型の正面エントランスの脇に造られた階段は、上野公園にある谷口の「法隆寺宝物館」に近い構成となっている。正面壁の横に設けられたエントランスを抜けると、そこに現れるのがマルセル・ブロイヤーのワシリー・チェアと上階への階段を配した自然光溢れる軽やかな空間だ。1階部分には猪熊作品をモチーフにしたオリジナルグッズやカタログを販売するミュージアムショップ、2階には天井の高さやプロポーションが異なる二つの展示室があり、特に天井高の「展示室 B」は自然光の効果も素晴らしくじっくりと猪熊の絵画に浸ることができる空間だ。さらに天井が約7mにも及ぶ広々とした展示室を配した3階は、半屋外空間の大階段からも入館できる仕組みになっているのもユニークである。
美しい空間の中でいい作品を見ることで、新鮮な刺激を受けて心が元気になる場所であることを美術館に求めた猪熊は、 MIMOCAのあるべき姿として「美術館は心の病院」という言葉を残している。この美術館で実践された幾何学的な線やディテールの精度の高さ、多彩な外光の取り込み、開放的な吹き抜け空間、そしてなによりも緊張感のある美しいプロポーションは谷口建築の真骨頂であり、新装MoMAが誕生するきっかけとなった作品だったことが今となってはより感慨深く思えてしまうのだ。
香川県丸亀市浜町80-1
開館時間 10:00 – 18:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(祝休日の場合はその直後の平日)
年末12月25日から31日、および臨時休館日
Marugame Genichiro-Inokuma Museum of Contemporary Art
https://www.mimoca.org/ja/information/general/
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
猪熊弦一郎 (1902-1993) が少年時代を過ごした丸亀市に、晩年に寄贈された約2万点の作品を収蔵と展示に加え、現代美術を中心とする企画展などを開催する施設として1991年に開設。通称ミモカ=MIMOCA(Marugame Genichiro-Inokuma Musium Of Contemporary Art)は、市民の芸術文化の振興を図ることを使命とし、市立図書館、レストラン、ミュージアムホールも併設されている。
香川県丸亀市浜町80−1
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口 アメリカ編&ヨーロッパ編』、『芸術家たち 1&2』などがある。
Text Taka Kawachi | Photo Yoshiro Masuda | Edit Yutaro Okamoto |