THE THINGS HERMÈS CHAINE D'ANCRE

野村訓市の腕元を彩る エルメスのシェーヌ・ダンク

タイムレスでシンプルなものがいい
野村訓市

「今何時ですかね?」そんな声を耳にして、左腕を上げ手首に巻かれた時計で時間を確認しようとする。生まれてから時計をほぼしたことがないのにそんな行動をとったことが数回あるのだから、すごいですよ時計というのは。人類の記憶の中に左手首をあげて見るという行為が=時計を見ると刷り込まれているのですから。時計が欲しいと思ったこともあったんですよ、昔は。スケーターでクリスチャン・ホソイという日系のスケーターが80年代に登場したんですが、他のスケーターのスポンサーというのが、ボードやトラックのブランドや、ヴァンズかエアウォークといったスケートシューズといったスケート界隈の範疇だったのに対し、クリスチャンはコンバースだったり、ジミーズだったりと1人まるで違ったんですよ。そんな彼のもう一つの大口スポンサーが時計のスウォッチで、しかもそれをダブル付けするという。ひょっとして一つはロス時間、もう一つはNY時間とかなのかな?なんて思ったこともありましたが、どうも特に意味はなくファッションとして2つ付けていたみたいだけれど。ただそんなことは子供だった俺にはどうでもいいことで、とにかく「カッケー!スウォッチすげー、俺も2つ付けて〜」となったわけです。それから高校の時にはGショックが流行ったでしょ。そりゃあ気になってね、チラチラと見ていたわけ、なにしろその人気の出方というのがすごく正しい感じだったから。当時、アメリカの正規軍が出撃した湾岸戦争がイラクとの間に起きて、オペレーションデザートストーム、砂漠の嵐作戦が発動したわけ。初めてリアルタイムで起こる戦争をテレビで観て、まるでビデオゲームのようにミサイルが発射され、爆発したりするのが延々と流されていて、戦争は悲惨、起きてはいけないものと思いつつ、軽いミリタリーオタクの気があった自分はアメリカ軍の装備に目が釘付けになってたわけですよ。そんなときにアメリカ軍の兵士がそのタフさを買って、Gショックの5600系を使っているという情報が流れてきた。質実剛健を求められる軍モノでデジタルウォッチが?ってことで突然火がついたわけですね、人気に。アマゾンの熱帯雨林の保護活動を熱心にしていた人気絶頂期のスティングが現地でしてたというのも人気を盤石なものにした気もします。みんな本当によく見てましたよ、誰が何を使っているかってのを。それを探して見つけるっていう行為が一番楽しかったなぁ。その後は時計だとオメガのスピードマスターが周りで流行った。NASAの宇宙飛行士が使ったクロノグラフ。文字盤の文字が細かいクロノグラフは、まぁ時計に詳しくない奴が見てもかっこいいと思えるもの。値段も10万とかそんなだったような気がするんだよね。高いけど、例えば大学入学記念に買ってもらうってものの上限ぐらいの。それでも俺は手を出さなかったけど。それが俺が個人的に時計の人気動向を把握していた最後かもしれない。いやそれから始まったロレックスまでかな。当時も高くてぼったくりと思っていたけど、今の時計ってのはもともと実用品であったし、実用品のはずなんだけど、もはや見栄の押し売り大会の最たるものだと俺は思ってる。もちろん自分に合った、好きな時計を身につける人が大多数だとは思うけれど、自分が今どれだけ金を持っていて、なんなら権力もあるぜ!っていうのをさりげなく、かつ確実に人様に知らしめたい!そのために時計をつける奴のなんと多いことか。ちょっとした焼肉屋さんだの、高い寿司屋みたいなのに連れて行ってもらう機会がたまにあるんだけど、そこにはごっつい時計をしたパーカーおじさんが、香水の風呂にでも入ったかのようなお嬢さんを連れている姿を確実に見ることになる。そもそも彼らは時間を確認するために時計なんか見たことないと思う。常に片手には携帯があるのだから。奴らはとにかく高額なものを狙う。まるでガレージにランボルギーニだフェラーリだと詰め込むように、高い新作を買う。もしくはナローポルシェって粋なんでしょ?なんて奴はエクスプローラーだ、デイトナだと金に糸目をつけずヴィンテージウォッチを買い漁る。時計もさ、たまには付けてあげないと調子狂うんですよね?古いのとか。新しいのは知らないけれど。車も時計も一緒でたくさんもっても乗り切れない、使いきれないと思うんですよ。だから自分にとってタイムレスな、どんな格好でもあうものがまず一つあって、もう一個は遊び、みたいなそのくらいでいいんじゃないかと俺は思う。

値段と比べたら冗談みたいなもんですよ。

で、こんなに時計の話をしてるくせに、僕は時計をしないんですよ、基本。時間を見るのにはiPhoneで事足りてるし、Apple Watchつけて常にメールを確認したり、脈拍を図るほど忙しくも、健康思考なわけでもない。けどね、手首には何か欲しかった。あまりごついものは嫌だし、デザインされすぎていても自分の服装に合わない。シンプルで何にでも合わせられて、タイムレスなもの。そこにちょっとしたユーモアがあればなおいい。おしゃれにシリアスなんて笑えない冗談ですよ。というわけで、自分から一番駆け離れたモノを身につけたいと思った。らしいですね、とか、好きなカルチャー由来のものですね、なんていうものより、まさか!とか合わねー、みたいな笑えるもの。それが俺にとってエルメスのシェーヌ・ダンクルだった。俺がエルメス、なぜエルメス?それは自分とはあまりに距離のある代物だった。夏はTシャツ、短パンにビーサン。それがデフォルトであり、なおかつ1年を通して一番長くする格好でもあった。「身に着けているものの総額、まじ安そうっすね。」、本人がいうのはいいが、他人に言われると腹がたつ。この格好のまま、さりげなく総額を上げたい。全ての条件に合ったのがシェーヌ・ダンクルだったのだ。船の錨につかう鎖がモチーフという何にでもあうシンプルなデザイン。延々と作り続けられている定番でありながら、実は時代ごとにディテールが違うという、501を愛したことのある輩なら大好物のウンチク付き。シェーヌ・ダンクルにはちなみに4つのサイズがある。一番大きなTGM、その次は適度なヴォリュームのGM、すっきりとしたMM、そして一番華奢なPM。俺は60年代初期のGMとMMを持っている。なぜ二つ持つのか?気分によって付け替えるから?いやとりあえず子供が2人いるから大人になったらそれぞれに一つづつ譲ろうと手に入れただけなんだけどね。ブレスレットは指輪と違って性別も関係なくつけれると思ったから。とにかくこの俺がエルメスを身につけるというのは、最初ちょっとした笑いを周りのものにもたらした。「ハワイアナスの安いビーサンに、ステューシーのボロい短パンに、ヘインズの無地かどうでもいいバンドや映画T着てるのに、エルメス(笑)」笑われると俺も笑ったものだった。なんならこれにボロボロのオータクロア(バーキンの元ネタの大型カバン)で旅をしていたこともあるんだけど、「こんな貧乏そうな格好の子がエルメスのカバンを持ってるなんて、偽物かしら?」こそこそ話す後ろの初老白人カップルににっこりしながら英語で「本物です」といってごめんなさい、と謝られたこともあるし、反対に空港で職業を聞かれて「ゴールドマンサックスです」と嘘をついたときには、「やっぱり!そうだと思ったのよ、本当の金持ちはそういうカジュアルな格好をするものだから」と言われたこともある。もちろんそれもエルメスをつけていたからこそ、さりげなくいいものを身に付けているということでそう良い方に解釈されたのだ。これってすごいことですよ。さりげなく質の良いものを身につけることのパワフルさを俺はシェーヌ・ダンクルによって学んだんです。この号は確か時計特集ですよね?時計のことは俺にはよくわからないけれど、身につけるなら派手じゃない、タイムレスでシンプルなものがいいですよ。そしてそれがあるのなら他に余計なアクセサリーだのなんだの足さないこと。腹八分目、それが一番だと俺は思うよ。

野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、10年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。

Illustration T-zuan15:02 – 16:14
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