The Spirit of Amateurism Leather Artist, Daisuke Motoike

革の可能性を広げる 漆皮作家、本池大介

“革”。旧石器時代から人間の生活とともにあるその素材は、実用性の高さからさまざまな道具の形となり愛されてきた。そんな革の厚い歴史に新たな1ページを刻む作家が、東京の閑静なエリアである駒場東大前にひっそりと工房を構えている。その人物は本池大介。革職人を父に持ち、生まれた頃から革に慣れ親しんできたスペシャリストだが、「今まで全く見たことがなかった革の表情がある」と話すのが“漆皮(しっぴ)”という技法だ。革に漆を塗り、磨いて削ってはまた漆を塗り重ねる。その繰り返しによって生まれる偶然のグラデーションの美しさに魅せられた本池は、1000年以上昔からあるこの伝統技法をモダンに再解釈している。漆皮に秘められた可能性について話を聞いた。

柔らかくなっていく革と
硬くなっていく漆の交わり

「革は使い込むほどに繊維が折れて柔らかくなっていきます。対して漆は時間の経過とともに水分が抜け、硬度が増していきます。10年経ってやっと乾燥するとさえ言われています。相反する経年変化をする素材の組み合わせなので、漆皮という形になったものの経年変化は予想を超えてきます。一般的に革は柔らかくなることで光沢が出てくるのですが、漆皮は革に漆を塗るので、漆が硬くなっていきながらも艶も出てくるという変化が僕は今まで見たことのなかった革の姿です。革に何層も漆を塗り重ねて砥石で研ぎ出すのですが、“革を研ぐ”という行為も自分にとって新鮮で楽しいですね。そういう素材との対話が醍醐味ですし、100年後も存在し続けられる素質であるからこそ、経年変化の姿を観察することがとても楽しいです」。

漆皮でバッグやジュエリー、アートワークを生み出す本池。前情報を知らずにそれらの作品を見ると、まさか革や漆だとはすぐ思わないような、今まで見たこともないようなものとしての存在感を放っている。「革の可能性を広げるための手段として漆皮を選びましたから、一般的な漆職人とは入り口が異なります。漆は木に塗ることが主流ですが、僕は木に漆を塗ったことが一度もない。漆を扱っていて木に塗ったことがない人なんてほかにいないと思いますよ(笑)。これまで革にさまざまな染料を塗ってきたので、漆の場合だとどういうアプローチをすればいいかなと経験値から推測して独学でアプローチしています。
先日京都で個展を行ったのですが、漆文化が盛んな京都にある老舗漆屋さんが僕の作品を見て、『こんな漆を見たことがない』と言ってくれたんです。漆の世界の人にそう言ってもらえたことがすごく嬉しかったですね。作ったものを多くの人に客観的に見てもらいたいし、技法を抜きにして『かっこいいものだな』と素直に感じてもらいたい。革を扱う作家としての集大成のような、論文を作るような感覚で取り組んでいます」。

革の可能性を広げるために

45歳で独立し、1人の作家として、人間としてのものづくりに改めて向き合い直した本池大介。彼の父である本池秀夫氏は世界で唯一の革人形作家と呼ばれ、レザーアーティストとして初となる無形文化財保持者認定を出身である鳥取県から授与された人物だ。そんな父のもとで育ったため、幼い頃から革を使ったものづくりが身近にあったという。
「幼い頃はおもちゃがわりのように工具を手にし、扱い方を当時から厳しく父に指導されてきました(笑)。そのおかげもあって工具は自分の身体の一部のように自由に扱えます。小学生の頃には革小物を作り始めていましたね。10代後半にはイタリアのフィレンツェに留学し、現地の工房で地金や彫金の修行も積みました。帰国後の20代前半には地元の鳥取県でレザーブランドを立ち上げ、ブランドを成長させるべく上京しました。20年以上レザーブランドの職人としてお客さんに満足してもらえるものづくりに向き合ってきましたが、『自分の心の底から純粋に湧き上がったものづくりにもう一度立ち返りたい』という気持ちになりました。子供が少しずつ成長してきたこともあり、僕の生き様を見せるという意味でも、独立して本池大介という1人の作家としての活動に専念しようと決めました。そうして選んだ表現が“漆皮”でした。歴史の長い技法ですが、時代の変化とともに薄れていってしまい、今では情報もあまり残っていない。だから独学で少しずつ勉強していっている最中です。失われつつある文化を継承するという大義を背負っているつもりはありませんが、歴史ある技法に手を出したからこそもう後には引けないですし、今後20年はこの漆皮に向き合ったものづくりをしていくという覚悟は決めています」。

アマチュアリズムの精神

本池が作家活動で心がけていることに、“アマチュアリズムの精神”がある。「アマチュアリズムとプロフェッショナルという二軸の考え方が何事にもあると思います。アマチュアリズムは作家と同義で、個人がしたいことを純粋に追求している。対してプロフェッショナルは職人であり、誰かからの依頼を受けてバッチリと仕上げる。僕はこれまで25年近くプロフェッショナルとしてブランドの枠の中でものづくりをしてきましたが、培った技術を持ってアマチュアリズムの精神でものづくりをしたいと思い作家となりました。口では簡単に言えますが、その精神性を実践することはとても難しい。何の制限もなく自由にクリエイティブをできるからこそ、0から1を生み出す種が自分の中にあるのかどうか。その一歩を踏み出すことは簡単ではないですし、自分もこれまで悩んできした。誰しもが本来は持っているものだと思うのですが、社会で生きる上でアマチュアリズムの自由な精神に蓋をしがちなのです。その蓋を外すきっかけを何かのタイミングで掴めるかどうかが大きな分かれ道だと思います」。

想像力は歳を取らない

「現在は生きるスピードがどんどん加速してます。時間という概念の捉え方も広くなっているのではないでしょうか。漆と革の関係性は1000年以上前からあり、名もなき作り手たちの継承の連続で技術や伝統が育まれてきました。僕もその歴史の一部になっていくのだと思います。平安時代に作られた漆皮箱が国宝として納められていますが、僕が駒場東大前で作っている漆皮箱が、数百年後には近所にある民藝館に展示されということもあるかもしれません。そうやって時間軸を長く捉えると、自分が取り組むものづくりの可能性を感じますし、想像が膨らんで全く新しいものを生み出せる気がするんです。妻にこの話をしても理解されないので、1人タイムトラベラーと呼んでいますが(笑)。プロフェッショナルとして積み上げてきた技術を武器に、自分の核に眠っていたアマチュアリズムの精神でこれからもものづくりを続けていきます」。

初めて本池の作品を目にしたのはとあるギャラリーで個展をしていた時のこと。当時は漆皮の作品であることを知らず、鉄やペイントの作品なのかと思っていた。特にパネルの作品は漆のグラデーションの奥深さが印象的で、マーク・ロスコの作品を彷彿とさせられた。その後本池と出会い、丁寧に話を聞かせてもらった。そうして作品の全貌が見えてきたときの衝撃はこの記事にある本池の言葉からも感じ取ってもらえたのではないだろうか。立体的な凹凸のある人形や、角のピシッとした四角いキューブでさえ革がシワもなく貼られている。これがどれほど高度な技術なのかは素人目にも理解できるし、そこに扱いの難しい漆を独学で塗り重ねている探究心には驚かされる。革とともに生きることを運命づけられたような覚悟が、柔らかながらも芯の強い言葉となって本池の口から発せられてくる。漆皮という稀有な作品であること、アートワークからバッグやジュエリーまで幅広く制作していること、そして本人の人間性に心を動かされた人は多く、さまざまなギャラリーでの個展も予定されている。いつかのタイミングで作品を実際に目にしてほしいし、何よりも本池との会話を楽しみ、「想像力は歳を取らない」という人間の真価を感じ取ってみるのもいいだろう。

▼展示会情報
作品展「light film」
場所:東京都千代田区東神田1-2-11 elävä Ⅰ 2階
会期:2023年12月16日(土)~ 25日(月)*開催期間中無休
時間:11:00~19:00
お問い合わせ:03-6825-3037

Photo Masato KawamuraInterview & Text Yutaro Okamoto

Related Articles