Travel through Architecture by Taka Kawachi
ポストモダン建築の先駆け アテネ・フランセ 河内タカ

1962年に竣工したフランス語学校「アテネ・フランセ」は、日本のモダニズム建築家を代表する一人である吉阪隆正によって設計された。神田駿河台に位置し、地上4階・地下1階の鉄筋コンクリート造り。映画上映や図書室など、単なる語学学校を超えたフランス文化の発信地として、50周年時の2012年に改修され今も活発に使われている。
おそらく誰もが思うはずだが、アテネ・フランセの最大の特徴は、周囲のビル群の中で際立つ鮮烈な紫とピンク色の外壁ではないだろうか。神田の閑静なエリアに突如として現れる度肝を抜くようなその壁は、吉阪が留学時代に見たアンデス山脈の「アショニオー(夕映え)」を再現しようとしたものらしく、確かにそう言われてみると、時間帯や光の当たり方によって建物の表情が変化する印象がある。メキシコ・シティにあるルイス・バラガン邸*のピンクの壁を思わせる極彩色が選ばれた背景に、1960年代初期の日本のモダニズム建築が機能重視で無機質になりがちだった中、あえて鮮烈な色を使用することで、「文化の拠点」としての存在感を際立たせようとしたという吉阪の思惑があったようだ。
この壁には、校名である「ATHENEE FRANCAIS」のアルファベット文字が立体的にデザインされているが、よく見ると「A」や「T」がくり抜いたように凹凸を用いて表現されている。しかもそれが単なる装飾ではなく、ストリートに向かって建築そのものがメッセージを発信しているようでもある。彫りの深さによって濃い影が生まれることで、建物全体が一枚の巨大なレリーフのようにも見え、ル・コルビュジエも好んだステンシル文字によるタイポグラフィ建築*の引用の可能性がある。

よく知られているとおり、吉阪はル・コルビュジエに師事した日本人弟子の一人であるが、打ち放しコンクリート、独特の造形、非対称で入り組んだ内部空間など、ル・コルビュジエ直系のモダニズム精神をこの建築でも実践している。機能性と芸術性が融合した館内は、遊び心のある吉阪らしい設計がいたるところに施されていて、外装のみならず内装にいたっても、カラフルな色が随所に使用され独特の雰囲気を醸し出す。そして階段は、意図的に左右対称を崩した不規則かつダイナミックな造形となっていて、視線が上下に抜けるようなスキップフロアを使った空間構成は、狭い敷地ながら開放感と次に何が現れるか分からない意外性が魅力だ。
コンクリートを流し込む際の型枠に、手仕事の痕跡や質感が残されているが、そのノミで削り出したような力強い表情から彫刻のような趣が漂っているのも魅力的だ。四角い教室を整然と単純に並べず、複雑に組み合わさっていて、大きな塊から空間を削り出したかのように設計されていて、その様子はやや大袈裟に言えば、建物自体が巨大なアート作品として存在しているといった独特の雰囲気を醸し出している。
建築を「人間同士が触れ合い、対話する場である」と考え、コミュニティ形成を促すべく、「正解は一つではない」という自由な学びの精神を建築に反映させようとした吉阪だが、特徴的な階段やホールが、学生や講師が自然と顔を合わせるように意図的に構築されているのもそのためだろう。アテネ・フランセは、竣工の翌年である1963年に日本の建築界で最も権威のある日本建築学会賞作品賞**を受賞したが、それは単なる校舎建築という枠を超えて、芸術的・技術的に優れた建築作品であると公式に認められた証だろうし、この建築を目の当たりにすれば、日本のポストモダン建築の先駆けとして高く評価されているのも納得がいくのである。
*ルイス・バラガン邸:メキシコを代表するモダニズム建築家の自宅兼仕事場。ピンクや黄色といった鮮やかな色が使われた邸宅として知られている。
**タイポグラフィ建築:ル・コルビュジエが自身の書籍デザインを建築的行為として捉えた概念や、建築の構造・空間と文字デザインの共通性を指す際に使われる。
***日本建築学会賞作品賞:国内に竣工した建築作品の中で、技術・芸術の進歩に寄与する特に優れた作品に贈られる、日本で最も権威のある建築賞の一つ。
Athénée Français
吉阪隆正によって設計され1962年に完成。外壁や内観の大胆な色彩感覚で知られ、崖地の傾斜を巧みに利用した構造となっている。校内は、地下と地上を複雑につなぐ迷宮のような内部構造を有し、後の日本の建築デザインに大きな影響を与えた。
東京都千代田区神田駿河台2-11
吉阪隆正(1917-1980)
日本の建築家、思想家、冒険家。早稲田大学で建築を学び、フランス留学中にル・コルビュジエのアトリエで働き、モダニズム建築を学ぶ。さらに考現学の創始者である今和次郎に師事し、生活学や住居学の研究も行い、戦後の日本建築界に大きな影響を与えた。代表作にヴェネチア・ビエンナーレ日本館、江津市庁舎、アテネ・フランセなどがある。また冒険家としてキリマンジャロ登頂やマッキンレー登頂やK2遠征などに挑戦したことでも知られている。
河内タカ
長年にわたりニューヨークを拠点にして、ウォーホルやバスキアを含む展覧会のキュレーション、アートブックや写真集の編集を数多く手がける。2011年に帰国し主にアートや写真や建築関連の仕事に携わる。著書に『アートの入り口』(太田出版)や『芸術家たち』(アカツキプレス)があり、今夏に本連載をまとめた新刊の出版を予定している。
| Text Taka Kawachi | Photo Athénée Français | Edit Yutaro Okamoto |












