A Table in the Nature KOKI [Doshimura, Yamanashi]

プリミティブを辿り、見えてくる 新たな食文化の可能性

佐藤が山へ入るのは、料理の仕込みのためだけではない。植物を観察し、土の状態や環境の変化を知ることもまた、料理をつくる上で欠かせない仕事のひとつだ。山へ通う回数を重ねるごとに、植物が芽吹く場所や季節ごとの変化を少しずつ覚えていくのだとか。
自然と人間愛が
重なって生まれる料理

神奈川県と山梨県の県境に位置する道志村。都心から車で約2時間という距離にありながら、いまも豊かな自然が残されている。その一角にあるオーベルジュ「KOKI」は、レストランとヴィラ、畑や山がひと続きになった場所。端正な山と澄んだ沢に囲まれ、瑞々しい草木や果樹が生き生きと茂る。ここでは自然が特別なものとして切り離されているのではなく、日常の延長線上に存在している。

オーナーシェフの佐藤想留は、道志村で生まれ育った。現在は国内外からKOKIでの食体験を求めて客が訪れるが、もともと料理人としてこの土地へ戻ることを決めていたわけではない。ただ、オーベルジュをつくりたいという夢だけは早くから持っていたという。「21歳の頃にフランスで働いていたオーベルジュがあって。人口も少なくて駅もなくて、本当に何もない場所であるにも関わらず、そこに世界中からお客さんが来ていたんです。その光景がすごく格好良く見えて、いつか自分も、村に世界中から人が集まるような場所をつくりたいと思っていました」。当時働いていたのは、フランス中南部のオーベルジュ「Serge Vieira」。しかし、その頃はまだ現在のような料理のスタイルを思い描いていたわけではなく、山や植物についての解像度も高くなかったという。

その後東京へ戻り、レストランで経験を積むなかで、少しずつ山へ入るようになった。そして改めて故郷を見つめ直した時、料理人としての可能性がこの土地に詰まっていることに気づく。「料理人になった頃は、ここに全部あるなんて全然思ってなかったんです。フランスへ行ったり、東京で働いたりして、いろんな食材や文化を見てきた。地元に帰ってきて山に入った時に、あれ、ここに全部あるじゃんって思ったんです。知らなかった野草や山菜、きのこもたくさん生えていて、市場には絶対出回らないものが手に入るということに気づきました」。野草や山菜はもちろん、川魚、そして季節ごとのジビエ。都会では特別な食材として扱われるものが、この場所では当たり前のように存在している。料理人として外の世界を知ったからこそ、自分が育った土地の価値に気づいたのだという。「料理人じゃなかったら、不便な場所だと思います。たまたま料理人という職業を選んだからこそ、帰ってきたときにここが自分にとって完璧な場所なのだと気づけました」。

その言葉に地元愛を語るような特別な熱量はない。ただ、生まれ育った土地だからこそ、猟友会に幼馴染がいて、川魚の釣り師は幼い頃からの顔見知り。祖父の代から受け継がれてきた土地との関係性があり、その先に今のKOKIがある。山にあるものが料理になるのは、豊かな自然があるからだけではない。そこには長い時間をかけて育まれてきた人と人との信頼関係がある。自分の料理のスタイルを突き詰めていった結果、この土地が最も合理的だった。そして、その土地との関係性を受け継いでいるからこそ、山にあるものすべてがKOKIの味になる。自然と人間愛、その両方が重なり合って生まれる料理なのだ。

父親が営んでいた洋食屋を改装。もともとはレンガと木をベースにした温かみのある建物だったが、左官に変えることでモダンな印象に。果樹や草木が季節ごとに彩りを変え、建物の表情も変わっていく。

コースの最初に出てくる「森出汁」。植物だけで味に深みを出す。ベースになっているのは杉の葉と竹の鬼皮。そこにクロモジ、アブラチャン、米麹、湧水、塩を加える。竹は増えすぎると環境が壊れ、ほかの植物が生きにくくなってしまうため、竹が増える時期にまとめて収穫して有効活用する意味もある。

季節ごとに異なる山菜が登場する。左からアザミの新芽、オゼイユの蕾のピクルス、モミジガサのおひたしと揚げ浸し、ウドの新芽、セイタカアワダチソウ、ヤブガラシ。上にはカシスの葉のピクルス。植物の出汁とミツバウツギのお花のシロップに、セイタカアワダチソウのオイルと花のオイルで仕上げる。シロップは季節ごとに旬の花のものを使う。
野草と植物を中心に
研究を重ねる料理哲学

KOKIの料理を特徴づけているのは、佐藤自身の野草や植物への尽きることのない探究心だ。「植物はまだ全然掘られていない」と彼が何度も口にしていたように、肉や魚の調理法は世界中で研究され尽くされている一方で、植物には、まだ見つかっていない可能性が数多く残されているようだ。佐藤が植物について勉強する方法は、まずは本でインプットをすること。そして山に入り、はじめて通る道は四足歩行で歩いてみる。本で勉強した野草をみつけるために、動物と同じ視点になると解像度が上がって、山菜を見分けられるのだという。きのこも同様に、本で見たきのこを探しながら山を歩くが、一般的に毒きのこと定義されているものもまずは自分で少量食べてみる。その姿勢は料理人というよりももはや研究者に近い。山へ入り、観察し、試し、失敗し、また試す。その積み重ねがKOKIの料理を形づくっている。

全18皿の料理に使う植物を、朝にまとめて収穫することはほとんどない。ハーブや山菜、料理に風味を添える花、それぞれの最もいい状態で食材を出せるように山と厨房を行き来して、その都度必要なものを採る。レストランから数歩で山に辿り着く、距離の近さがあってこそ実現できる段取りだ。「山の中が天然の冷蔵庫みたいなものなんです。朝これを採って、昼これを採って、また夕方これを採って。収穫と仕込みをずっと繰り返しています」。

レストランの裏手には山が広がっていて、畑もある。そうして採取した植物を料理へ落とし込むために、佐藤は数え切れないほどの試行錯誤を重ねている。現在KOKIで使われる食材の多くは、この土地から生まれるものだ。「柑橘とバター、クリーム以外は、ほとんど半径300メートル以内で手に入れたものだけで料理を作っています」。それは地産地消を掲げるためではなく、その環境にあるものだけで料理を組み立てることが、佐藤にとって最も自然な方法だからだ。

たとえばコースの最初に提供される「森出汁」。昆布や鰹ではなく、森にある植物だけで旨味の土台を作るために完成まで二年以上を費やしたという。「せっかく繊細な味を持っている山菜なのに、鰹出汁を入れたら鰹の味になってしまう。でも水と塩だけで味付けすると物足りない。だから植物の味を消さない出汁を作りたかったんです」。森出汁に使う山菜も季節に応じて変化するが、たとえば、ワラビは昆布のような味の深みを出す。植物を用いた出汁を世界的に広めていきたい、という展望も持っているようだ。

また、近年は薪火料理が注目されているが、佐藤はむしろ薪の香りすら強すぎると考えている。「植物を知れば知るほど、もっと繊細に出さなきゃいけないと思うようになったんです」。旨味を足していくのではなく削っていく。派手な演出や華美な味付けではなく、植物が本来持っている本来の旨味や苦味、香りを引き立たせるための、繊細ながらも最低限の味付け。その考え方がKOKIの料理の根幹になっている。

道志川で獲れた岩魚(いわな)を使った一皿。魚の腹にはその季節の野草を詰め(写真は菜の花)、ノビルの茎で縫い合わせて焼き上げる。野草が内部の水分を保つことで身はしっとりと仕上がり、一方で頭や皮目は香ばしく焼き上げられる。串打ちにも工夫があり、魚の身に余計な穴を開けず骨に沿って打つことで、水分の流出を最小限に抑える。ヒレの部分に多めに塩を振り、薪火の前で約2時間かけて火入れ。焦がしバターを塗りながら、霧吹きで水分を補い、部位ごとに理想の状態に仕上げていく。また、中の骨もカリカリにするために、尾ヒレにある串打ちの穴から焦がしバターを一滴一滴ずつ注入する。そこまで手間と時間をかけることで、頭と骨はカリッと、身はふっくらと瑞々しくエアリーに。
自然を特別視しない
オーベルジュのあり方

筆者がKOKIを初めて訪れて最初に感じたのは、この場所で食事をしたあと、そのまま眠りにつけることへの多幸感だった。ここでは食事だけでなく、その前後の時間も含めた体験が設計されている。夕方に山への収穫に同行させてもらい、料理で使う植物を自分の手で採る。土のある場所には食べられる植物が当たり前のように生えていて、そのひとつひとつに名前があることを知る。そして料理を味わい、ワインを飲み、部屋へ戻る。朝になれば鳥の声で目が覚める。自然は常にそこにあるが、不思議と「自然を体験をしている」という感覚ではなく、その環境に溶け込むことができるような実感が新しかった。

興味深いのは、これほど自然と密接に関わりながらも、佐藤自身が自然を特別なものとして語ろうとしないことだ。「自然だからこうしなきゃいけないとか、ここに来たからこう楽しんでくださいとか、あんまりないんです。思想を押し付けたくないから、コンセプトも明言していません。ただ美味しかったと思ってもらえれば、それも経験としては正解だと思っています。もちろん興味を持ってくれるお客さんにはどこまでも深く説明しますし、植物のことも山のことも共有したいとは思っていますが、それを必ずしも理解できなくてもいい。ただ純粋に、各々の時間を楽しんでほしいんです」。

野草を知ってほしいわけでもない。自然について学んでほしいわけでもない。レストランで料理を味わう時間も、ワインを飲む時間も、自然の中で過ごす時間も、その人自身のものだ。料理も自然も、その時間を構成する一部に過ぎないからこそ、説明しすぎない。山の中にありながら、自然体験施設でも学びの場でもない。ただ食事をして、泊まって、誰かと時間を過ごす。その結果として自然との距離が近づくことはあっても、それを目的にはしていない。そんな肩の力の抜けた距離感こそが、KOKIらしさなのかもしれない。

2時間かけて焼き上げた岩魚。ソースには柑橘とネギボウズ。条件が揃わないと、ヒレが立ち上がり自立した盛り付けにならない。

セイタカアワダチソウの天ぷらとスイバのサラダ。スナップエンドウと烏山椒のソースにクリーピングタイムのお花が添えられている。ソースにはバターを使用していて、コースの中で唯一動物性の要素を持つ皿だ。

冬菜のムースとメロン。冬菜のピュレを作り、1日ガーゼで包んで残った上積みだけを使用していて、濃厚な青々しさがぎゅっと詰まっている。メロンは一度真空にすることで繊維が壊れているので、味がすっと馴染む。デザートと食事のあわいのような一皿。

レストランの扉を開けるとまきの香りが一気に漂う。料理によっては、厨房の中で調理を行い、最後の仕上げは客席のカウンターで見せてくれる。
古きを尊び
新しさを生み出す

KOKIという店名は、いくつもの意味を持つ。古い季節。古い器。古い記憶。佐藤が料理を通して向き合っているのは、そうした時間の蓄積でもあるのかもしれない。「昔の人たちが当たり前にやっていたことを、もう一回やってみようという感覚なんです。地域のお年寄りから教わった暮らしの知恵や食文化を実践してみる。でも、ただ郷土料理を再現したいわけじゃない。その先を掘り下げていくと、今度はおばあちゃんたちも食べたことがないものになっていくんですよね」。取材中、佐藤は何度も「自分たちがやっていることはすごくプリミティブだ」と話していた。山へ入り、植物を採る。季節ごとに手に入るものを食べる。その土地にあるものを余すことなく使う。一見すると革新的なレストランのように見えるKOKIだが、その根底にあるのは昔から続いてきた営みだ。

そのサイクルを守るためには、当然のごとく自然との付き合い方も重要だ。「食材って結局、環境ありきなんです。だから外に向けて何かを発信する前に、まずはこの敷地の中でしっかり循環するようにしたいと思っていて、コンポストを作ったり、落ち葉で堆肥を作ったり、そういうことにもチャレンジしています」。昔の人たちが当たり前に行っていた循環の仕組みを、現代の暮らしの中で改めて実践してみる。その試みもまた、KOKIの料理を支える大切な土台だ。

「実際にやっていることはプリミティブだけれど、その先に新しいカルチャーができるんじゃないかなと思ってるんです」。過去を懐かしむためではなく、その先にあるまだ見ぬ価値を探すために、佐藤は今日も植物を観察し続けている。その先にあるのは、誰も見たことのない驚くような一皿かもしれないし、まだ名前のついていない食文化そのものなのかもしれない。

森出汁に使用する竹の鬼皮。旬の時期にまとめて収穫し、干して貯蔵庫に一年分保管しておく。
Top Right オゼイユの蕾のピクルス。オゼイユは花が咲いてしまうと味が渋くなるため、花が咲く前の蕾を見つけて採る。常に植物の状況を把握することができるため、ベストな状態での収穫が叶う。

客席は大きなカウンターテーブルがメイン。天井が高く開放感のある空間で、深呼吸しながら食事と向き合うことができる。内装を手がけたのは、建築家の長田篤。

山に収穫に入る際はタッパーをいくつも持つ。厨房と山を行き来し、最良のタイミングで盛り付けるため、身軽でいられることが重要。

手に持っているのは、フタリシズカとヒトリシズカ。一輪と二輪、その姿から名付けられた山野草で、それぞれ静御前の舞姿と、能楽『二人静』における静御前と亡霊の舞に由来するといわれる。

道志村の山や畑の周辺に自生するカラスノエンドウ。美しい花を咲かせるマメ科の植物で、若い芽や実を食す。

KOKI
山梨県南都留郡道志村谷相7383-2
0554-52-2781

Photo  Asuka ItoInterview & Text  Aya Sato

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