Takayuki Fujii (nonnative) & MOTOFUMI KOGI(POGGY) Talk about the Japanese Aesthetic within Grand Seiko
藤井隆行(nonnative)と小木基史(POGGY)が語る 日本の美学を刻む腕時計


日本ならではの美意識とはなんだろうか。光と影が生み出す陰影のグラデーション、四季豊かな自然に育まれる繊細な感性、そして細部にまでこだわり抜く職人魂などがあるだろう。そのすべてを一本の腕時計に宿すのがグランドセイコーである。世界からの注目も高まるその魅力を探るべく、侘び寂びや端正な上品さなど日本的な美意識が込められたブランド・ノンネイティブを率いるデザイナー藤井隆行と、国内外のカルチャーを横断しながら日本独自の価値を発信し続けるファッションキュレーター小木基史(POGGY)に、日本の美意識に通じるグランドセイコーの魅力を聞いた。

日本的感覚が持つ
強さと美しさ
― お二人も国内外の様々なファッションやカルチャーに日々触れられていますが、日本のものづくりが改めて評価されている感覚はありますか。
小木 海外の方と話していて感じるのは、日本人の誠実な姿勢や精巧な技術に惹かれている人がとても多いということです。日本にいると自分たちの身近にあるものの価値って、意外と見えにくいですよね。私たちからすると当たり前の感覚が新鮮に見えているんだと思います。
藤井 そうですね。僕らの世代だとアメリカのカルチャーに影響を受けた人が多いです。でも今は、日本の職人のものづくりに僕も惹かれます。奥ゆかしい美しさと高いクオリティ。そういう価値観は海外でも理解されてきている気がしますし、日本人も改めて向き合いはじめていると思います。
小木 昔は、アメリカの服を着ることでその背景にある景色やカルチャーをまとうような感覚があったと思います。でも今は、海外の人が日本のものや感覚に対してそういった価値観を見出す時代のムードが強まっている。クオリティを究極まで追求するような姿勢にこそ惹かれているのだと思います。
藤井 最近香港に行ったのですが、レクサスに乗ることがクールだという価値観があると聞きました。クオリティを見極められる人が選ぶものとして認められているようです。

― 分かりやすい主張ではなく、もののクオリティやストーリーに価値を見出す感覚が、今改めて広がっているのかもしれません。
小木 そうですね。ここ数年言われるクワイエットラグジュアリーという価値観も近いのかもしれません。ロゴや分かりやすい装飾で見せるのではなく、道具として使うことで機能性や思想が伝わってくるもの。日本のものづくりは、そのような価値観と相性がいいと思います。
藤井 使いやすさや丈夫さ、素材の良さなど、日本のものづくりは道具としてのクオリティが追求されています。そしてその結果として「用の美」が生まれてくる。最初から見た目だけを飾るのではなく、道具として追求されていることが前提にある。そこが日本らしいものづくりの根底にあると思います。
― 用の美や民藝などは日本的な美学ですね。
藤井 そう思います。腕時計も本来時間を見るための道具ですよね。電波時計やデジタル技術がある現代で、グランドセイコーは精度や仕上げをどこまでも突き詰めている。「そこまでやる必要があるのか」と思うところまでやる。けれど、その積み重ねにこそプライドを感じます。
小木 日本の職人さんと話していても感じるのですが、「これで十分」というところで終わらない人が多いんですよね。グランドセイコーも、ケースの仕上げが本当に丁寧で、特にザラツ研磨は鏡面に仕上げる前の下地からすごく時間をかけている。だからこそ、鏡面の部分と筋目の部分の境界がきれいに立って、光と影のコントラストが生まれています。光の当たり方によって、面の切り替わりで陰影が出る。そのシャープさと繊細さは、スプリングドライブ U.F.A.の年差±20秒という精度にも通じています。見た目の美しさだけでなく、移ろう時を表現するという腕時計本来の目的を追求しているところがグランドセイコーの美しさだと思います。
藤井 日本の職人さんって、なんとなくものを作っている感じがないんです。一人ひとりが誇りと責任を持って作っている。グランドセイコーも、よく見るととても繊細なダイヤルの型打ちですが、それを分かりやすく見せすぎていない。もっと派手なこともできるかもしれないですが、あえてしていない。
小木 もっと良くするにはどうすればいいかを常に考えているんです。例えばデニムでも、環境への配慮で昔と同じ加工が難しくなってきている中で、どうすればヴィンテージのような表情を出せるのかと試行錯誤を続けている。高みを目指し続ける姿勢には本当に驚かされます。
― ものとしての目的を突き詰めるピュアな姿勢こそが、魅力と美しさになっているのですね。
小木 そうですね。フランスでは、職人の技術や経験、受け継がれてきた文化を表す言葉として“サヴォアフェール”がよく使われます。「クラフトマンシップとアート性」という表現に近いのかもしれませんが、それだけでは言い切れない奥ゆかしさが日本のものづくりにはある。技術だけではなく、美意識や哲学まで含めた美しさではないでしょうか。
そういうものづくりをしているブランドや職人は日本にもたくさんいますが、それらを語る言葉や見せ方が少しずつ浸透し始めていると感じます。グランドセイコーは、精度や機能だけではなく、ダイヤルやケースの仕上げにも職人のこだわりが詰まっている。そこに日本ならではのサヴォアフェールが宿っています。


静けさの中に宿る
日本の美意識
― 日本らしい美意識は日々どのように養われると思いますか。
小木 日常的に目にする花や自然など、日本にいれば僕らにとって当たり前ともいえる風景から美しさを見つける機会は多々ありますよね。
藤井 四季の移ろいがある日本だからこそ、そういう繊細な感覚は生まれるのだと思います。グランドセイコーのダイヤルにおいても、樹氷林をモチーフにしたものと白樺林をモチーフにしたものでは全く異なる表情をしている。そういう微細なグラデーションを感じ取ることが、日本の美意識は長けています。
小木 そうですね。光と陰、季節によって変わる空気感とか。グランドセイコーは腕時計の中にとても自然で繊細に落とし込んでいる気がします。

人の感覚こそが磨き上げる
腕時計の本質
― 人の手や感覚によるものづくりの価値が高まる時代が近づいていると感じます。
藤井 そうですね。AIが進化すればするほど、人間はもっと人間らしくなることが求められると思います。僕らの仕事も、数値化できない感覚の判断が大きいです。何が格好いいか、何が美しいか、どこまでやるべきで、どこから先はやらないべきか。そういう判断は個人の経験にもよりますよね。
小木 単に正確な時間を知りたいなら、スマートフォンの方が便利かもしれません。それでも機械式の腕時計を身につけたいのは、その中から時間だけではなく人の技術、美意識が伝わってくるからですよね。腕に着けたときに気分が上がるとか、ふと見たときに美しいと思えるとか、そういう感覚も含めて価値になっていると思います。
藤井 時間を見るだけならスマートフォンで足りますからね。でも、それでも腕時計を身につけるということは、機能だけではない何かを求めているんだと思います。グランドセイコーには、その“何か”が宿っていると感じました。
小木 そうですね。色々な経験をしてきた人にこそ分かるような奥ゆかしさがありますよね。

対談当日、藤井が着用していたのは自身が手がけるノンネイティブとセイコーのコラボウォッチだった。「ミリタリー要素をセイコーにミックスすると面白いと思い作りました」と当時を振り返る。機能性をベースに、ノンネイティブらしいミニマルでシックなデザインが特徴だ。
腕時計に求められる価値は、機能だけではなく、身につけることで感じる高揚、細部に触れたときに感じる作り手のこだわり、そして長く使うほどに深まっていく愛着にある。グランドセイコーは、そうした数値化できない価値が確かに宿っているのだ。2人の言葉から見えてきたのは、日本のものづくりが持つ世界有数の技術力と職人の魂。そして奥ゆかしい美しさ。これからの時代に求められる本質であると言える気がした。
小木基史 (POGGY)
ファッションキュレーター。独自の視点でトラディショナルとストリートを融合させる、日本を代表するスタイルアイコン。腕時計に対する造詣も深く、所有する数は30本以上にものぼる。
藤井隆行
セレクトショップのスタッフを経て2001年よりノンネイティブのデザイナーに就任。人生を投影するための道具として表現されたシンプルかつモダンなウエアは国内外で高い評価を得る。
| Photo Takanori Okuwaki | Interview & Edit Yutaro Okamoto | Text Jo Kasahara |












