ART HIROSHI SUGIMOTO: EXTINCTION

杉本博司と銀塩写真 『絶滅』間際の到達点

《相模湾、江之浦》
2025
gelatin silver print
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

銀塩写真*が全盛期を迎えつつある20世紀半ば頃のこと、1970年代中盤よりその特質を引き出した数々の作品を世に送り出してきた現代美術作家・杉本博司。デジタル写真が急速に普及したことで、銀塩写真という技術そのものが「絶滅」の淵に立たされている現在、晩年の成熟期を迎えた氏が“写真家”としての集大成ともいえる展覧会「杉本博司 絶滅写真」を東京国立近代美術館で開催(〜9月13日)。近年は建築設計や舞台の演出、執筆など多岐にわたる領域で活動してきた杉本にとって、写真をメインとした大規模な国内での展示は21年ぶりとなる。

19世紀前半に発明された写真は「ほどなく絵画から肖像画や歴史画といった伝統的なジャンルを衰退させた」と本展を担当する東京国立近代美術館主任研究員の増田玲氏は解説する。写真が先行する視覚表現を変革する一方で、写真自体の精確な描写性や記録性に立脚した表現も登場、徐々にモダンアートにおいて存在感を増していったものの1970年代には、写真そのものは現在ほどアートとして広く受け入れられていたわけではなかった。当時の状況下での杉本作品の特異性について、増田氏は「モダンアートの一ジャンルとして扱われる写真作品としても、現代美術の文脈でも、どちらの側面でも評価される、写真としてのクオリティと現代美術としてのコンセプトの洗練を当初より高いレヴェルで実現していた」と指摘する。同館所蔵品ギャラリー3階にて公開中の「スギモトノート」にはその裏づけが見られる。

「自分がほかの人よりもうまくできる領域である写真から攻めることにしたわけです。何であれ、職人の技みたいなもので差別化してやろうということはありました」と杉本は振り返る。流行に乗るのではなく「本当に自分の心に適う存在感のあるものをつくりたい」という思いが、杉本の表現の原点にあった。その表現におけるアプローチの要こそ、半世紀にわたってこだわり続けてきた「銀塩写真」である。杉本は「デジタル写真以前と以後で写真というメディアそのものが違う」と述べ「写真の特徴、利点として、証拠能力というものがあったわけですが、デジタルになってそれが失われました。世界の警察が写真には証拠能力は無し、とした時点で、写真的な写真は一旦終わったと思っています」と、今よりはまだ随分と昔に現れた銀塩の絶滅の兆しの事象についてもコメントしている。

杉本が写真においての師のひとりと仰ぐアンセル・アダムスに薫陶を受けて以来、自身でも、独自の手法を積み上げ続けてきた。銀塩においての、世界最高レベルの技術をもってのみ到達し得る表現域の世界、それこそ今回の“絶滅写真”の作品群に写された情景とも言えるのだろう。「本質的に私がやりたいことのほとんどはそれまでやってきたアナログ写真でしかできないことです。引き伸ばしに関しても、展覧会に出す大判のプリントでもあれほど拡大しても粒子が見えないようにしたければ、旧来のその方法でやるしかないわけです」。

さらに杉本は、微細な粒子の連なりが生み出す階調について、次のように語る。「やっぱり、ゼロイチ、ゼロイチという信号になるよりも永遠に階調が続く膜面の中のその粒子の方がまだ細かいわけです。そのいわば職人的な技術を保持してるのがほとんど私一人になってしまっているというのは非常に誇らしいことです」。

本展のメインビジュアルとなっている杉本の代表作〈海景〉シリーズは、世界中の海を前に撮影された画面を二分する空と海。それ以外を写し込まない構図が特徴で、時間を超越したスタイルとしての普遍性を纏い、景色ごとの違いはその「階調」によってのみ表現されている。今回の展示において、この〈海景〉シリーズは特別な空間に配置される。初期の三部作を紹介するセクションの最後、緩やかに弧を描く30メートル近い壁面に、厳選された7点が展示される。この空間について、増田氏は「太古から変わらない空と海の風景を通じて、人類の意識の始まりにさかのぼるというコンセプトの〈海景〉に対面し、ある種、瞑想的ともいえる鑑賞体験をしていただければと」とその意図を明かす。手前には連作につながる初期作品《華厳の滝》(1977年)が展示され、『滝』から『海』へと流れ込んでいくという本展独自の切り口で杉本の表現の変遷を辿ることができる。

緩やかなアールのついた壁を用いた展示空間は、自身の思考とも結びついていると杉本は言う。「そもそも〈海景〉の水平線も厳密には直線ではなく、球の一部を切り取っているわけです。それをアールのついた壁に展示する面白さもあり、また、それによって、このセクションの展示全体が見渡しやすくなるということもあります」。〈海景〉は新作も展示されるが、透明度の低下や、無数に行き交う巨大なコンテナ船など、被写体である海そのものは大きく変容してしまったと杉本は話す。「海景を撮ることは、古代の人と現代の我々が同じ風景を見ているという悠久の時間を表現することなのだけれども、海そのものが壊されかけているという現実。それが目に見えてわかってしまうんです」。

「進化するとともに失ってしまうものが多くあるということを覚えておかなくてはいけないでしょう」という杉本の言葉は、写真技術の変遷にとどまらず、人類の歩みそのものへ向けられている。「絶滅」という言葉が冠された本展について、彼は「何ごとにも始まりがあって終わりがあるということでしょうか。それは人類史もまた然りということ。写真も絶滅するけれども、人類も絶滅するかもしれない」と語る。絶滅に向かう銀塩写真というメディアの終焉を自身の人生、人間の存在自体とも重ね、かたや階調のなかに永遠に続くかのような時間を定着させようとする杉本の試み。彼が写真と対峙し、時に飛び越え続けながら到達した今回の展示は、過ぎ去る時代の記録に留まらず、絶滅と不滅の間に存在する何かを私たちに投げかけているのかもしれない。

* 光に反応する銀の化合物(ハロゲン化銀)の化学変化を利用して像を記録する写真技術・写真のこと。デジタルカメラが主流になる前の「フィルムカメラ」全般がこれにあたる。

「HIROSHI SUGIMOTO : EXTINCTION」
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:2026年9月13日(日)まで
住所:東京都千代田区北の丸公園3-1
開館時間:10:00~17:00(金・土は20:00まで開館、入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(7月20日は開館)、7月21日(火)

サテライト展示「劇場・海景・スギモトノート」
会期:2026年9月13日(日)まで
観覧料:一般500円、大学生250円
会場:東京国立近代美術館 所蔵作品展「MOMATコレクション」内にて展示

杉本博司
1948年生まれ。〈ジオラマ〉〈海景〉〈劇場〉シリーズが写真作品の初期代表作として知られる。2000年代からは、写真だけでなく、建築、舞台演出、執筆など数多くの分野に活動の幅を拡げる。2017年には「小田原文化財団 江之浦測候所」を開設。世界中から日本を訪れる現代美術、建築好きのデスティネーションのひとつになっている。

Text  Kensuke YamamotoEdit  Yutaro Okamoto

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