The Timeless Appeal of Leather
革という素材が持つタイムレスな魅力

[漆革作家]
経年変化を楽しめる素材である革製品。だが、さらに一歩踏み込み、なるべく経年変化のしない“究極のタイムレスな技法”を探求する作家がいる。世界で唯一無二の革人形師として知られる本池秀夫を父に持ち、生まれた時からレザーに囲まれた中で育った作家、本池大介だ。これまでも、レザーや彫金の世界で活動してきた彼が今手掛けている象徴的な技法に漆革(しっぴ)というものがある。革に漆を塗り、強度を持たせ、美しくする技法で、日常的に我々にも馴染みのある漆器の革バージョンといえばわかりやすいだろう。この技法は、かつては唐から伝わり、日本でも奈良時代を中心に盛んに使われていたようだが、型崩れしやすいという理由から、皮から木材へと素地が変化していったことで永く忘れ去られた技法。ゆえに、文献や先人がいない状況にも関わらず、本池はこの漆革の持つ美しさやタイムレスな概念に魅せられ、一人で発展させようとしている。“漆革”と“漆皮”、2つの言葉があるが、本池が創作しているものは漆革。古来からの技法のことを漆皮と呼ぶ。

静かな工房で彼の作品を前にすると、まず、時間の流れ方が変わった。光を鈍く返す漆の表面には、塗られたというより、どこかから浮かび上がってきたかのような色の層が宿っている。近づいて目を凝らすと、そこには均一な塗膜ではなく、革の繊維がつくる微かな凹凸や揺らぎがそのまま景色となって現れていることに気づく。「1つの作品を作るのに大体漆は7層塗っています。塗って乾かして研いで、塗って乾かして研いで、っていう風に。それによって一切厚みを持たせてないんです。7層塗ってもおそらく1ミリもない層になっているんです。要は塗ったものを取っているので」。 重ねるほどに厚くなるはずの塗膜を、あえて削り落とす。削ることで、初めてその奥に潜んでいた色が立ち現れる。彼はその現象を説明する時、慎重に言葉を選ぶ。「よく勘違いをされるんですが、色を塗って最後に研いで柄を出しているわけじゃないんです。それだと出ない。僕が狙ってここだけ塗ったわけではなくて、革本来の表面にある凹凸がそのまま出てくる。作為的ではないんです」。 研ぎの作業は、表面を整える行為であると同時に、素材の記憶を掘り起こす行為でもある。砥石で平らにならしていくうち、革の繊維が絡み合っていた痕跡や、わずかな歪みが姿を現す。「砥石でフラットに研ぐ。そうすると、この柄が現れる」。それは描かれた模様ではなく、時間そのものが滲み出た痕跡のようだ。

塗って、削ぎ落とす
時間を浮かび上がらせる技法
一方で漆は湿度と空気に反応しながら硬化し続け、時間とともに強度を増していく。相反する性質が一つの表面に共存すること。その緊張関係こそが、彼にとっての美しさだという。「革自体はやっぱり柔らかくなっていく。ただ表面の漆は硬くなっている。この相反する動きをする二つの素材の経年というのは面白いんです。重要文化財として奈良時代に作られた漆皮箱が東京国立博物館にありますが、漆革は千年以上持つんです。でも、千年っていうレベルのものを扱っていると、いわゆるレザープロダクトで言われる十年の経年は短すぎるんです。もっと年月を耐えられるものを作りたい。世間は、経年変化を欲しすぎたところがあるんじゃないか、って思うんです」。革という素材は本来、使い込むことで味わいが深まる“変化する素材”として語られることが多い。だが彼は、むしろ変わらないことの中に潜むわずかな変化に目を凝らす。表面が大きく変わらなくても、内部では確実に時間が蓄積されている。その見えない変化を受け入れることこそが、彼の言う“タイムレス”の感覚なのだ。


変わらないことの中に宿る
タイムレスという価値
この思想に辿り着くまでには長い時間があった。レザーと金属、二つの素材の間を本池は行き来しながら試行錯誤を重ね、研究を続けた末に、漆革という技法に行き着いたという。アトリエで、初めて手応えのある作品が完成した瞬間のことを、彼は振り返る。「できた瞬間に、あ、もうこれいける、っていうふうに思って。レザーに色々なものを塗ったり、研究する時間が3年ぐらいあって、漆革にたどり着いた。漆革に出会った時は、もうこれで行こうっていう決断でした」。それは新しい表現を見つけたというより、自分が進むべき時間軸を見つけた瞬間だったのかもしれない。
彼の制作は、常に過去の職人たちへの想像とともにある。甲冑や防火服、古い革製の道具など、歴史の中に断片的に残る漆革の痕跡。それらを辿りながら、文献に残らなかった技術や手つきを思い描く。「名もなき職人たちがいたっていう、そこをタイムトリップしながらものづくりしている感じなんです。実物もない、文献もないっていうところがゆえの、作りながら想像する楽しみがある」。工房の中では、外の時間とは別のリズムが流れているという。「外ではみんながスピード感を持って動いてても、ここの中の空気感がすごいゆっくり流れてる」。塗り、待ち、研ぎ、また塗る。漆は乾燥ではなく反応によって硬化するため、その日の湿度や温度に制作の進行が左右される。「今日できることはここまで、っていう線があるんです」。その制約は不自由さであると同時に、時間に身を委ねるための装置でもある。


名もなき職人たちの時間を
現在、そして未来へと繋ぐ
彼の作品はバッグや履物、オブジェといった具体的な形を持ちながら、どこか彫刻のような静けさを帯びている。バッグは持ち歩くための道具でありながら、家に帰ると箱のように自立し、空間の中に置かれる存在へと変わる。「この鞄は茶筒や印籠のような形状になっていて、家に帰ると、箱に戻るっていうのがコンセプトなんです。家に帰って、紐をしまい、棚に置くとオブジェになる」。使われる時間と、眺められる時間。その両方を受け止める器として作品は存在している。
漆革という技法には、防水・防腐・防臭といった実用的な機能も備わっている。「濡れても色も落ちないし、防臭、防腐、防水っていう漆の優れている部分がそのまま出る」。だが彼にとって重要なのは、その機能性よりも、自然由来の素材同士が結びつくことで生まれる時間の重なりだ。「動物の革と植物の樹液を使って人間が一つのものを作っている。それを誰かが持って、使って、話の一つとして物語が繋がっていく」。作品は単なる道具ではなく、使い手の時間を引き受けながら次の世代へと受け渡されていく媒介でもある。
では、百年後、あるいは千年後に彼の作品はどのように残っているのだろうか。その問いに対し、本池はこう話す。
「名もなき職人っていう。変な奴がいたんだなって思われるぐらいでいいんです。でも、千年後こういう会話をされてたら、こんな幸せなことないですよ」。大きな変化を求めるのではなく、時間の中に佇み続けること。革に漆を重ねるという逆説的な行為は、変わりゆく世界の中で、変わらない時間を手繰り寄せようとする試みなのかもしれない。経年変化を楽しむ素材である革に、あえて変化を抑える漆を重ねる。その緊張関係の中で、本池大介は、過去から未来へと連なる“タイムレス”という概念を、現代の工芸として更新し続けている。
| Photo Yuto Kudo | Interview & Text Takayasu Yamada |











