THE THINGS Dickies × TRIPSTER SET UP SUITS

「スーツは仕事着じゃない、 ⼈⽣の制服」 by野村訓市

Illustration  T-zuan

⼦供の頃に忌み嫌っていた服が⼆つあった。⼀つ⽬は学校の制服。何で毎⽇同じ格好をしなきゃいけないのか?といつも不満を持っていた。クラス中がずらりと並べば全員が同じ格好をしているのって何だか怖いじゃないですか?それぞれが違うはずなのにといつも思っていた。そこからどうやったら違う格好になるか、サイズ感を変え、こっそり靴を指定のもの以外に履き替えと⾃⼰満の世界へと没⼊するきっかけとなったんだけれどね。そしてもう⼀つがスーツ。俺は幼い頃から電⾞通学だったのだが、当時の朝のラッシュアワーというのは死⼈がでるんじゃないかと思うくらい激混みだった。だって、あれだよ、⼤学⽣とかがバイトで雇われて、ドアが閉まりまーすというアナウンスとともギュウギュウと客を押し込んだりしてたんですよ!いまならお触りでセクハラ、無理やり押し込むのでパワハラと訴えられてもおかしくない⾏動ですよ。電⾞を⼀本やり過ごしても状況は変わらず、結局遅刻しない時間に⽬的地に着くには⽬の前の⼀本に乗り込まなきゃいけないので、そこに⾶び込んでいく。背の低い低学年の頃はもう息だってつけないし、教科書を⼊れていない空のランドセルはペシャンコになるというその状況下で、「あぁ俺はこれを⾼校を卒業するまで毎⽇味合わなきゃならんのか!」と思い、絶望したわけです。そして、そこから「いや学⽣時代だけじゃない、⼤⼈になって会社勤めしたら、今度は制服をスーツに変えて、毎⽇同じ時間に電⾞に乗らなければならない!それだけは避けなければ!」という考えに⾄ったわけです。そこからはいろんな⼤⼈に将来何になりたい?と聞かれる度に、「わからないけれど、朝、電⾞で通勤しなくていい仕事に就きたい」それだけを望むようになりました。今、俺は定時に電⾞に乗って通勤しなくていい毎⽇を過ごしている。⾊々とあったけれど、⼦供の頃の夢が叶ったといえるんじゃないだろうか?ビバ、⼈⽣。

会社勤めもしたことないし、スーツを着る場⾯に遭遇することも稀な⼈⽣を送ってきた。成⼈式に冠婚葬祭、着る機会といったらそんなものだ。けれどね、嫌い嫌いも好きのうちというじゃないですか?実は服としてのスーツはずっと熱視線を送っていた、それも⼩さい頃から。⼦供の頃に⼀番最初に憧れたのが映画『ブルース・ブラザース』に主演していたコメディアンのジョン・べルーシだったからだ。孤児院育ちの⼆⼈組が、院のピンチを救うためにブルースバンドを結成するという話しなのだが、⾝軽な太っちょを地で⾏くべルーシのブルースマンな格好に⼼を奪われた理由が何だったかは、10歳かそこらだった当時の⾃分に聞かなきゃわからないが、とにかく格好いいと思ったわけ。ボルサリーノのようなハットを被り、ウェイファーラーをかけ、⿊のスーツに⿊いタイ。これこそが本当の男だと思ったのかもしれない。以来、特定の⼈が着るスーツ姿を⾒ながら、いつか俺も着たいとこっそり思うようになっていたのだ。まぁ⼤抵がミュージシャンなんだけどね。昔のジャズミュージシャンとかさ、ビル・エヴァンスとかチャーリー・パーカーとか、みなスーツがよく似合う。あとはトム・ウェイツとか。酔いどれ詩⼈だの遅れてきたビートニクと呼ばれて20代そこそこでデビューしたトムは格好良かった。ヨレヨレのスーツにハンチングなぞを被り、タバコを咥えたままピアノをポロリ、ポロリと弾く。そんなときの格好は確かにスーツ以外ありえない。基本的に俺が好きなスーツというのはヨレヨレだったり、肩が落ちたような、下⼿するとだらし無く⾒えるようなスーツ姿だ。間違ってもサビルロウだのイタリアのテーラーが仕⽴てるキッチリとして、腰回りがシェイプされているものではない。着ていて楽で、毎⽇おんなじ格好でもいい、タイだって解けちゃっているほうがいいと思えるようなスーツ。けれでもそんなスーツなんてどこにも売っていなかった、古着屋で地道に探す以外は。

あれはもう10年位前のことか。⼀緒に仕事をしている仲間と葬式に出なきゃいけないことがあった。着て⾏くスーツがないとちょっとした騒ぎになり、みな慌ててゲットすることになったのだが、⼤して着る機会がないのに⾼いものは買いたくない。ましては冠婚葬祭にキメキメのを着るのも嫌だと、みなどこからか安いスーツをゲットして着ていたのだがそいつがすこぶる調⼦が悪かった。親族、友⼈の⽅ではなく、ここの⽅ですか?と声かけられてしまうようなダブルのスーツとかで。これはいかん、早急にスーツを、俺たちのスーツを⼿に⼊れなければ、そう思った。丁度その頃よく会っていた若⼿の友達たちも成⼈式のスーツがない、卒業式のスーツがないと騒いでいた。「どこのを買えばいいんすかね?」「ほぼ着ないのに⾼いもの買いたくないしな」みな同じ悩みを持つ同⼠だった。ここは⼀つ作るんしかないんじゃないか?という結論に⾄った。条件はいろいろとあった。まず第⼀にお求め易い価格であること。滅多に着ないものに⾦はかけられない。同時に丈夫であること。なんならそれを着てスケートしたり、⾃転⾞移動できるような。そしてかっちりし過ぎないこと。堅苦しいのは嫌いだ、楽でヨレても様になる、昔のだらしないジャズマンやトム・ウェイツが着ても似合うようなものがいい。そこで浮かんだアイディアがディッキーズでスーツを作ればいいんじゃないかということ。俺たちは内装屋を⽣業としていて、今となってはもう業者に頼んでいるが、昔はちゃんと現場に⼊ってペンキを塗ったり、釘も打っていた。そんな作業のお供といえば丈夫で安いディッキーズだった。働く男の制服、仕事着のディッキーズを紳⼠服のディッキーズにしてしまえ。けれどそんなことしたことがない。簡単にコラボなんてできるわけないだろうということで、仕事をしていたビームスさんにご⽤⽴てしてみた。「あの、つかぬことをお尋ねしますが、こんなことって可能すかね?はい、ディッキーズとコラボでスーツを作って御宅で販売して頂くなんていうのは?」。図々しいオファーはなぜかすんなり通り、俺は⼈⽣で初のスーツを作ることになった。⾃分のためじゃなく、俺の回りのブローから未だ出会っていない⽇本のヤングたちに。寒いときには中に着込めるオーバーサイズのジャケットに、踵を引きずらない短めの丈のテーパードしたパンツ、もちろん⽣地はポリ混のコットンで丈夫さを。タグは男らしくステイゴールドということで⾦⽷にしてくれ、けれど値段は安くしてくれと粘った。物には適正価格というものがある。安くて丈夫さが売りであるディッキーズをコラボものだからといって⾼くはできん。あくまでディッキーズらしい値段で作らねば意味がないのだと俺は信じていた。

最初のスーツが出来上がったとき、俺は出来栄えには満⾜しながらも、果たしてそれが売れるのかと不安になった。世の中で、とくに若年層にスーツなど流⾏るどころか、時代は脱スーツといわれていた。なのにビームスさんは何百もオーダーをつけた。「訓市さんのなら売れるんじゃないでしょうか?」「そうかなー、需要はないんじゃないか…。」ところがだ、発売したら並びが出るくらいで即完した。俺たちは⼩さいが需要が確かにあった商品を作っていたらしかった。つまり安く、丈夫で、堅苦しくないスーツを求めている層が確かにいたのだ。冠婚葬祭、⼊学式に⼊社式、成⼈式に⼦供の⼊園式にと。デートにスーツを着たかった、普段使いでちょっとスーツを着てみたかった、そんな輩にささったのだ。以来、このスーツはアップデートを繰り返しながら、年⼀でリリースするようになって8回を数えるようになった。多い時は4000着を作る。毎回ちゃんと捌ける。要はみんなスーツが好きなんですよ。普段着ない奴ほどスーツを着ると特別感がでる、というか気分が上がったりする。いつもと違う俺、それにみんな弱いのだ。「いつもと感じが違うね」「意外とちゃんとした格好似合うんだね」そんな事⾔われて気分が上がらない奴などいない。俺?俺だってそうだ。⽉に⼀度は着てるかもしれない、あまり意味なく。ダボっとしてヨレたスーツを着て飲みに打ち合わせに⾏き、そのまま飲みに⾏く。トランペットが吹けるわけでも、ピアノの弾き語りができるわけでもない。けれどスーツを着ながら、カウンターで酒のグラスを傾けながら古い⾳楽でも聴く時、何ともいえない⾄福感に包まれるのだ。それは⼩さいときの憧れの⼈たちの歳を超えた中年になった⾃分が、スーツを着て酒が飲めるという事実を噛み締めることができているからだと思う。はっきり言うよ、俺はスーツが好きだ。みなも⾃分が⾃⼰満できる普段着のスーツを1着は持つといいと思う。スーツは仕事着じゃない、⼈⽣の制服なんですよ。

野村訓市
1973年東京生まれ。編集者、ライター、内装集団Tripster主宰。J-WAVE『Traveling Without Moving』のパーソナリティも早、12年目になる。企業のクリエイティブディレクションや映画のキャスティングなど活動は多岐に渡る。

Illustration T-zuan19:55 – 22:00
3rd March 2025 Tokyo
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