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松浦弥太郎にとっての “アイディアの原点”となるものたち

発想のお手本となるものたち
松浦弥太郎

70〜90年代にかけて、建築やインテリアの世界では「ハイテック」と呼ばれる潮流が熱を帯びた。松浦弥太郎が影響を受けたのも、まさにその時代の空気だという。ハイテックとは、工場や倉庫にあるような“本来は隠すべきもの”を、あえて見せるスタイル。配管や階段、金属の質感。コンクリート打ちっ放しの建物も、その延長にある。
「金物屋さんで売っているようなものが、素敵だよね、っていう時代があったんですよね。エレクターシェルフだって、もともと家に置くものじゃない。工場の棚でしょう。ビーカーとか試験管とか、実験道具みたいな備品もそうです」。
無機質で工業的。けれど、そこに新しさと美意識を見いだす。松浦にとって、その象徴がニューヨークで出会ったディーン&デルーカだった。二十歳を過ぎた頃、ちょうど店がオープンして間もない時期。食料品店の棚にエレクターを使い、商品を整然と並べる光景は、当時の一般的な常識からは大きく外れていた。
「いちばん衝撃だったのは、スパイスを入れるアルミの缶が、棚にずらっと並んでいること。整然としているのが、とにかくかっこよかった。しかも手書きのラベルなんですよ。昔の映画に出てくる食料品店に売っているものみたいで、すごく良かった」。
“ハイテック”という冷たさと、手書きの温度。その混在が、店の魅力になっていた。さらに松浦を驚かせたのが、試験管とホルダーを使ったスパイスラックだ。実験器具店で売っているものに、ラベルを貼り、コルクの蓋を付けただけ。それを「スパイス入れにしよう」と提案する発想が、当時のニューヨークのおしゃれな家に広がっていったという。
「ゼロから作ってないんです。買ってきたものにラベルを貼っただけ。でも、アイディアってこういうことなんだなって。今あるものを違う視点で見つけて、新しい命を吹き込む。そういった発想の仕方というのはずっとお手本ですね」。

マイケル・ハーヴェイのブラウンバッグは、一見すると普通の紙袋にしか見えないほど質感や皺の形までもセラミックで再現されている。

もうひとつ挙げてくれたのが、80年代にニューヨークで見たカナダ人陶芸家、マイケル・ハーヴェイの作品だ。一見するとただのブラウンバッグ。しかし触れると、それが陶器だとわかる。紙袋の形をした花瓶なのである。
「ぱっと見は本当に紙袋なんだけど、セラミックなんですよ。このほかにも段ボールの形やTシャツの形をしたものもあるんです。普段は捨てられるようなものを、セラミックで作って、インテリアの中心に置いて花を飾る。彼なりのハイテックの解釈だったんです」。
装飾ではなく、すでにある“ハードウェア”を生活のアクセントにする。そんな価値観は、アメリカのみならず日本でも多大な影響を与えた。いま人気のワークウエアが、かつては「街で着るものじゃなかった」ように、文脈をずらすことでスタイルは生まれる。
ハイテックが行き過ぎれば、世界は銀色に支配される。90年代半ばには反動としてナチュラル志向が強まり、土や葉、石、オーガニックという言葉が前に出てきた。それでも、天井を剥き出しにする内装や、業務用のラックを家に置く感覚は、形を変えて残っている。
では、当時のプロダクトはいまどうなっているのか。試験管のスパイスラックはすでに廃盤。一度姿を消したアルミ缶のパッケージは、近年復活した。松浦が持っているのは、イギリスの釣り具メーカーの缶を仕入れて使っていた時代のものだという。

40年程使い続けているディーン&デルーカの缶は、錆や変色など経年変化が美しい。

「スパイス入れは、ホールのままのスパイスを入れて使っています。アルミ缶は空のまま、積み上げてオブジェみたいに置いています。宝物みたいな感じですね。ブラウンバッグの花瓶は、いまも花を挿して使ってます」。
必要なのは、最新でも高価でもなく、日々の台所や机の片隅に置かれ、見るたびに思い出す「アイディアの原点」。松浦弥太郎にとって日常の暮らしを豊かにするプロダクトとは、使い続けることで“発想の姿勢”まで考えさせてくれるものなのだ。

松浦弥太郎
1965年、東京都生まれ。エッセイスト、クリエイティブディレクター。2006年から2015年まで「暮しの手帖」編集長を務める。現在は多くの企業のアドバイザーも行う。

Photo  Kengo ShimizuInterview & Text  Takayasu Yamada

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