MUSIC SET IT FREE NUBYA GARCIA
ヌバイヤ・ガルシアの エレガントなサックスの魅力
女性サックス奏者のエレガントな魅力
女性サックス奏者、ヌバイヤ・ガルシア。現代の英国ジャズシーンを牽引するひとりである。そんな彼女が9月20日に最新アルバム『Odessey』をリリースする。4年前の『Source』に続く待望の2ndソロアルバムだ。あいにく原稿執筆中の現在、先行配信されているのは3曲のみであるのだが、それだけでもひとかたならぬポテンシャルを感じさせてくれる魅力的な内容。スタートのドラムブレイクにも痺れる「Set It Free」、荘厳で繊細なグルーヴが心地よい「Clarity」、太いグルーヴと疾走感に唸る「The Seer」など、アルバムの全貌が待ち遠しい魅力的な楽曲が並んでいる。ある取材の中で彼女がサックス奏者として追求してきたテーマを問われた際、「メロディのクオリティ、そしていかにストーリーを語るかを目標にしてきた」と話していたのを目にした。その言葉の示す通り、彼女の奏でる音は時に力強く、時に優しく曲を捉えて表情を変えるようだ。ソロ以外にも「ネリヤ」、「マイシャ」などいくつかのバンドのメンバーとしても活躍しており、ジャズを軸に置きながらもレゲエやダブ、時にはクラブミュージックなど様々な音楽へのアプローチで音楽の新境地を切り開いている彼女。ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、ウェイン・ショーター、デクスター・ゴードンをはじめとしたジャズの先人たちのほかに、両親の影響でカリプソやキューバの音楽にも親しんできたという彼女の音楽ルーツは、ストレートなジャズだけでは終わらない、どこかエキゾチックな雰囲気をまとっている。以前、本誌ではユセフ・デイズの作品も取り上げたが、近年の英国ジャズシーンでは次から次へと素晴らしいアーティストが登場している。その背景には音楽などの芸術活動に対する協力的な環境が少なからず結びついているのかもしれない。イギリスには「トゥモローズ・ウォリアーズ」というジャズ教育のNPOがある。ベーシストであるゲイリー・クロスビーとそのパートナーであり音楽教育者・マネージャーのジェナイン・アイアンズによって1991年に設立され、ジャズを学びたい全ての若者たちに音楽を体験し学ぶ場を提供しようという試みから始動した機関だ。驚くべきことにここでは生徒たちは練習のために楽器を借りたり、ワークショップに参加する費用がかからない。男性に比べるとまだまだ少数の女性ミュージシャンをはじめ、そのほか経済的な事情や様々な問題によって活躍の場が損なわれている若手ミュージシャンの育成・サポートも積極的に行っており、人種や生活環境に関係なくコミュニティに参加することができるのである。ジャズミュージシャンを志す若者たちに演奏や互いの技術を磨く機会を与え、才能を育てるプラットフォームとして運営されるこの音楽機関は、まさに昨今の英国ジャズシーンを考える上で大変重要な役割を果たしていることは言うまでもないだろう。「トゥモローズ・ウォリアーズ」を経て世界へ羽ばたくアーティストも多い。エズラ・コレクティブ、カミラ・ジョージ、サラ・タンディー、シャバカ・ハッチングス。ヌバイヤ・ガルシアもそのひとりである。このような開放的な環境があるからこそ、若い世代にとって歴史あるジャズという音楽が身近なものとなり、現在進行形の音楽であり続けているということはこれらの若き才能が証明している。オーセンティックなジャズという音楽、文化を、先人たちへの敬意を、今を生きる若者が日々アップデートしていく。そんな状況がまさに今の英国ジャズシーンでは行われている。伝統芸能や娯楽、ファッション、音楽に限らず、人々から必要とされるモノやカルチャーはいつの時代も進化を続けながら、次の世代へと引き継がれてきた。私たちが受け継ぎたいもの、残したいもの。何十年後の未来で私たちはその精神をどれだけ守ることができているのだろう。
ヌバイヤ・ガルシア
1991年生まれ。ロンドンを拠点に活動する女性サックス奏者であり作曲家。2020年にリリースしたソロデビュー作『Source』がイギリス最高峰の音楽賞とも言われるマーキュリー・プライズにノミネートされるなど、現代の英国ジャズシーン最重要人物のひとり。ソロ活動以外にもバンドやセッションへの参加など幅広く活躍している。
Select & Text Mayu Kakihata |