MUSIC REVOLVER THE BEATLES

聴き直すほどに新しい 1966年生まれの前衛音楽

Record Editor’s Own
The Beatles Revolver
Released 5th August 1966
Apple Corps

1966年8月5日に『Revolver』が発表されて今年で57年が経ち、新たなミックスで生まれ変わった2022年スペシャルエディションが発売された。エンジニアでありプロデューサーのジャイルズ・マーティン (ジョージ・マーティンの息子)によってリミックスが施され、ニューミックスの企画としては2017年の『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』、2018年の『The Beatles』、2019年の『Abbey Road』、2021年『Let It Be』に続く5作品目となる。ヴォーカル、そして楽器それぞれのバランスや彩度が、現代の再生環境の中で一層引き立つように施された最新リミックスからは、オリジナルミックスへの深いリスペクトが感じられる。『Revolver』を発表した1966年はビートルズにとって、大きな節目の年であった。アルバムを制作しながらも日々多くのライブツアーをこなし、アイドルさながらの熱狂的ファンに囲まれ、異常と言っていいほどのハードスケジュールに心身共に疲れきっていた彼らは、この頃から人前で演奏することよりもスタジオでの制作に専念するように方向転換を始めていた。ライブ向けの曲作りという縛りから解放されたことにより、テープループを用いたり、音をコラージュしたり、伝統音楽や新しい楽器や機材を取り入れるなど、曲作りは徐々に実験的で複雑化し、斬新で高度な楽曲が次々に生まれることになった。結果として、翌年1967年には彼らのクリエイティブにおいてまさに最高潮とも言えるアルバム、『Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band』が生まれたことにも納得だ。これまでのアイドルスター的な位置づけではなく、一流のレコーディングアーティストとしての方向性を位置付ける決定的な瞬間でもあった。その前夜、過渡期とも言える大きな変化の中で生まれたこの『Revolver』は、メンバー各々の活動が目立つようになるサージェント以降の作品に比べ、どのアルバムよりも4人組バンドとして新しい音楽を追求した作品であるように感じられる。“思考を止めて、力を抜いて、ゆっくりと下流に浮かんでこれは死ではない”冒頭でこう歌われる「Tomorrow Never Knows」は、LSDによる幻覚体験、そしてチベット仏教の教えを説いたティモシー・リアリーによる経典『チベット死者の書』を元ネタとし、ジョン・レノンによって書かれた。『Revolver』の要とも言えるこの曲はセッション初日にレコーディングされ、さらなる進化を遂げる後期のビートルズを暗示しているとも言える重要な一曲だ。ジャケットのアートワークを手がけた、クラウス・フォアマン(マンフレッドマンのベーシストとしても活躍していた人物)はこの曲を聴いて、その斬新さに衝撃を受け、そこから受けたインスピレーションをデザインに落とし込んだそうだ。「Tomorrow Never Knows」に限らず、ジョージの「Taxman」でアルバムを幕開け、葬儀を題材に孤独を歌った「Eleanor Rigby」、ポールらしい美しいバラードの「Here,There and Everywhere」や「For No One」、効果音のコラージュを取り入れたリンゴの「Yellow Submarine」などなど、バンドとしての成熟を感じさせる名曲の数々が詰め込まれている。新しいリミックスの誕生により再びスポットライトを浴びて私たちの前に現れた『Revolver』は、むしろ今っぽさすら感じてしまうくらい、アバンギャルドで、色褪せることのない輝きに満ちている。

それにしても、ビートルズほど誰もが知り、多くに愛されるバンドはいない。彼らの残した”音楽”という大きな遺産は、次の世代へと受け継がれながら、この先もずっと人々に愛され続けていくだろう。ビートルズに限ったことではないけれど、60年代や70年代の名盤の多くは何十年経った現在においても、古臭さを微塵も感じさせないエネルギーが溢れていて、それどころか新しさすら感じることも少なくない。それは私自身も日々体感していることで、自分が生まれるずっと前にそれらの作品が作られたという事実には心底驚かされるし、単に音楽的完成度が高いというだけではなく、特にアナログの場合はレコードに刻まれた音や、個性豊かなジャケットのデザインや質感から伝わってくる当時の空気感は、そこにしかないロマンが詰まっているようにも感じる。リアルタイム世代ではない人々にとって過去のものが新しく、魅力的に感じるのはある意味自然なことで、そのサイクルがあるからこそ私たちは文化の遺産を守りながら再構築を繰り返し、新しい時代を生きることができるのかもしれない。音楽やファッションのみならず、人の心を動かし、受け継がれてきた文化の数々。私たちは時々後ろを振り返って、その精神やレガシーと向き合える時間を大切にしていきたいものである。

ビートルズ
イギリス、リヴァプールで結成し、1960年代から1970年代にかけて活動した、20世紀の音楽史の頂点とも言うべき伝説のロックバンド。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人のメンバーで構成され、バンドとしては勿論のこと、ソロとしても幅広い分野でその才能を開花させた。

Photo Taijun HiramotoSelect & Text Mayu Kakihata

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