Silver No.13 ART manifestation OSCAR MURILLO
パンデミック禍の混沌を 感情に表現したペインティング
感情的に表現したペインティング
何層にも重ねられた力強い配色のペインティング、その作品の背景から伝わってくる社会的なメッセージ。様々な国を転々と移動しながら制作活動を続けるコロンビア出身のアーティスト、オスカー・ムリーリョには、2015年にロンドンのデイヴィッド・ツヴィルナーギャラリーで初めて個展を観た時から作品から溢れ出るエネルギーに惹かれていた。
これまで、日本で彼の作品を目にする機会は少なかったが、森美術館のMAMプロジェクトで彼のアートプロジェクト「フリクエンシーズ(周波)」が公開されており(9月26日まで)、そこでは世界各地の学校の学習机に数ヶ月間貼られたキャンバスに生徒が思いついたことを自由に描いていくという、思春期の心のあり方をそのままに捉えた作品を展示。東京のほか、アメリカやコロンビアなど様々な国の小中学校で実施されたキャンバス作品が一同に展示され、国ごとの特色が見て取れるのも興味深いインスタレーションだった。そのように、彼の表現はペインティングだけではなく、彫刻や映像、インスタレーションなど多岐に渡るが、多くの作品が社会移動性やグローバリゼーション、文化的多様性といった事柄を題材としているのが特徴だ。
そんなオスカー・ムリーリョの個展が新たにタカ・イシイギャラリーにて始まった(10月2日まで)。展覧会のタイトルは「geopolitics (manifestations)」。かねてから彼が様々な土地で制作をし続けているマニフェステイションシリーズの新作である。マニフェステイションとは邦訳すると「政治的な表明」という意味を持つ。オスカーは、このシリーズについて聞くとこう答える。「マニフェステイションのシリーズは、物理的なエネルギーをキャンバスに落とし込む過程である、オートマティズム(自動現象)の進化から生まれたものです。自分の芸術的実践を絵画という領域に広げるときに取り組み始めたシリーズです」。
作品のタイトルがあらわすように、この作品群はオスカー・ムリーリョによるキャンバスの上で表現した政治的な抗議運動といえる。それに加え、今回の展示作品は2020年3月以降に制作されたもので、つまり世界的な新型コロナウイルスのパンデミックの危機が迫る時期から制作を開始した作品群だ。彼は、その時期から故郷であるコロンビアのラ・パイラに戻り、制作活動と人道支援活動を行なってきた。その背景を知った上でこの作品を観ると、パンデミック禍の混沌とした社会の様子が表れているような配色の印象を感じる。
それに加え、何層にも重ねられたペインティングも印象的だ。ラ・パイアでの製作について尋ねると「自然のエネルギーがみなぎると同時に、魅惑的であり、とても恐ろしく危険な深い闇が存在しています。キャンバスには道徳的、詩的、政治的、社会的要素がマグマのように混ざり合い、作品を観る人によっては、自分の生涯を振り返り感情が溢れたり、個人的な苦悩を爆発させるでしょう」。本作をよく観察すると、ペインティングの中にごみのような物質がくっついているのがわかる。彼の作品は以前より、ごみやホコリが入り込んでいることがあるのだが、これに関して、「(綺麗なアトリエではなく)不安定な制作環境の中で、自然とそこに存在するもの」だとオスカーはいう。様々な国や場所を移動し、コミュニティやその土地の文化などを向き合い続けてきた彼が生み出す作品は、年月が経ち、シリーズを重ねていくうちに更に深みが増していくようでもある。ある意味、パンデミックによってたくさんの価値観が生まれ、それは彼にとって制作に取り組む好機ともなった。そんな時期に作られたオスカー・ムリーリョの作品を本展で実際に目の当たりにしてほしい。制作した土地のエネルギーを纏い、パンデミックや市民と政治の軋轢を目撃した「苦難の証人」であるペインティングの圧巻の力強さに惹き込まれることだろう。
オスカー・ムリーリョ
1986年コロンビア生まれ。幼少期にロンドンへ移住し、ウェストミンスター大学を卒業後、12年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートを修了。世界各地を拠点に制作を続けるアーティスト。2019年にターナー賞をほか3名のアーティストと同時受賞。
© Oscar Murillo Photo by Tim Bowditch and Reinis Lismanis. Courtesy of the artist and Taka Ishii Gallery | Interview & Text Takayasu Yamada |