Interview with Robert Glasper

ジャズ界のゲームチェンジャー ロバート・グラスパーへの特別インタビュー

本能のままに
演奏するために
他者を信頼する
ロバート・グラスパー

ジャズはプリミティブな音楽だ。その始まりは19世紀の終わりにまで遡る。アフリカ系アメリカ人の伝統音楽やブルースをルーツとして立ち上がったその音楽のジャンルは、挙げればキリがない程の名プレイヤーたちの手によってピアノやサックス、トランペットをはじめとした楽器から奏でられ、現代までその文化が紡がれてきた。ジャズがプリミティブたるゆえんとして、最も大きな要素は、即興演奏という部分にあると言えるだろう。コードに合わせてプレイヤーたちのアドリブが絡み合い、お互いに高め合いながら曲が進行していく。それはまるでリズムというルールの中で、人間の直感的な本能が音となってぶつかり合って曲が形作られるといっても過言ではない。

そんなジャズという音楽において、ゲームチェンジャーと呼ばれる男がいる。それがロバート・グラスパーだ。ジャズにHIPHOP、SOULやR&Bなどブラックミュージックの要素を掛け合わせ新たなスタイルを確立させた『BLACK RADIO』は、ジャズはもちろんブラックミュージックにおいてもその音楽性を次なるステージへ押し上げたと世界中で評価されている。近年におけるジャズにおいては、ロバート・グラスパー以前か以降かとも例えられる程に、彼が果たしたシーンへの功績には目を見張るものがあるといえるだろう。でもここで忘れてはいけないのが、彼はただ新しいものを作っているというわけではないこと。そこには自身のルーツや歴史への並々ならぬリスペクトがあってこそついてきた結果なのだと彼は話す。

そしてデジタル化が進む音楽業界の中でも、ジャズの根幹的要素である直感性、人とのつながりや信頼を最も大切にしているとも。現代の世界の音楽表現においてトップを走り続けるロバート・グラスパーはやはり根源的でプリミティブな感覚を大切にしていた。ツアーで来日していた彼の多忙なスケジュールの合間を縫って敢行したインタビューから見えてくる、彼が考える今のジャズとプリミティブとは。

人とのつながりと信頼

インタビューを行ったのは、ライブ当日のリハーサルの合間。場所はビルボードライブ横浜の楽屋の一室だった。開場まで時間が迫る中での取材。ヒリヒリとした緊張感はとても久しぶりの感覚だ。インタビューが始まり今回の号のテーマはプリミティブであることを伝えると、まるでポエトリーリーディングのように淡々と、それでいて重厚感のある口調で話し始めた。

「プリミティブという言葉を聞いて連想するのは、やはり僕の音楽活動においての本質的な部分だね。つまり人とのつながり、仲間を信頼すること。なぜなら僕は自分のバンドをとても信頼しているんだ。優れたバンドと一緒にプレイすることであったり、良いバンドを作り上げるための最も重要な要素は信頼でしかない。一度ステージの上に立ったら彼らを絶対的に信頼するべきだと考えているんだ。いかなる音楽のフィールドに行っても、みんな僕の背中を押してくれる。ステージの上ではメンバー全員の演奏をとてもよく聴いているし、彼らも僕のことを信頼しながら演奏を聴いてくれる。同時に僕が決断を下せば、説明をしなくても彼らは僕の判断を深く理解し、僕がやりたいと思ったことに基づいて正しい決断をしてくれると信じている。だから深く考える必要はなくて、ステージの上ではただ実行すればいいだけで、それが自然と形になっていく。人を信じないと、その人が混乱しないように、間違ったことをしないようにと考えすぎてしまうからね。僕は本能のままに行動ができる。他のことを考えてしまうということは、本質的なことではないんだ。だから、仲間と一緒にステージに立つときは自由に、思うがままに演奏をするだけで良い。ああ、これをやりたいと思ってやると、自然とドラムがこれをやって、ベース奏者がこれをやって、そして、ああ、今度はこれをやろうと、すべてが自然な形で進んでいくんだよ」。

人を信頼すること。単純なようでいて実は一番難しいことでもある。バンドメンバーを信頼するという彼のプリミティブな信念は、根底にあるジャズマンとしてのマインドが支えていると考えられるのではないだろうか。

Photo Masanori Naruse
本能に訴えかけるリズム

人類の歴史がこれまで音楽と共にあったように、私たちの身体には細胞レベルで内から湧き上がるリズム感やグルーヴ感が備わっているように感じる。音楽に身を任せ体が勝手に動きだす経験は、誰しも体感したことがあるはずだろう。ロバート・グラスパーもまた、そうした人間の本能に訴えかける音楽を数多く手掛けてきた。では、音楽制作においてはどのようなことを意識しているのだろうか。

「どんなジャンルの音楽でも、どんな曲でも、常に自分が正しく演奏できているか意識しているよ。それはヒップホップを演奏する場合でもアーティストによってそれぞれのスタイルは細かく異なるんだ。例えばJDILLAのスタイルのヒップホップをプレイするのと他のスタイルのヒップホップは全く違う。だからピアノ、ベース、ドラム、それぞれ気をつけながらJDILLAのビートに合わせて演奏しなければならない。どんな曲でも演奏するときに考えなければいけないことはたくさんあるけど、僕はそれらを深く勉強し、理解しているから演奏中に考える必要はないんだ。だからこそ自然体で演奏することができる。車の運転と同じで、運転ができるようになると、どうやって左折しようかと考えないだろ?何度も練習して、体に染みついているからこそ、自然とハンドルを左に切り左折するだけ。それは僕がピアノを演奏したり、バンドのメンバーがそれぞれの楽器を演奏するのと同じことなんだ。たくさん練習、勉強をしてきたからこそのノウハウが僕たちに継承されている。考えてみればとても自然なことだと思うよ。マイケル・ジョーダンやレブロン・ジェームズのドリブルのように、彼らは足の間にどうボールを入れるか考える必要がない。でも、ドリブルを学んでいるときは、とても特別なんだ。ただ習得しているときは特別だけど、それはやがて自分の本能的な部分に自然となっていくんだ」。

本能的な演奏によって、人々の本能に訴えかける曲を作っていく。理屈としては単純であるが、そこには並々ならぬ技術や、音楽への造詣の深さが求められる。まさしく彼自身の経験と、信頼できるバンドメンバーを携えているからこそ実現する境地なのだろう。また本能に訴えかける要素として、ライブはもちろんレコーディングされた楽曲についても特別な要因がある。それは彼の手がけるすべての曲にはクオンタイズされた音が使われていないということ。つまりデジタル上でループをかけずに、全てを生演奏で構成しているのだ。

「今は誰もがスマートフォンひとつでビートを作れてしまう時代。でもそういったビートメイカーたちは、所詮ドラマーの真似事をしているだけに過ぎないんだ。でも僕にはビートを演奏するバンドがいる。だから、スマートフォンで作ったビートとは説得力がまるで違うんだ。でも、それを演奏できるバンドを見つけるのは特別なことで、うまく演奏してくれるバンドを見つけると特別な気持ちになる。リアルでオーセンティックな演奏ができるバンドはそう多くないからね。バンドで演奏していると、それぞれのメンバーが演奏している物語を感じることができる。そこには情熱やさまざまな感情など人間味が溢れているんだ。mp3から得られる感情には限りがある。ストロークは難しいけど、よりリアルに感じられるんだよ」。

情熱や感情。それは人間の持つ根源的な感覚であり、どれほどデジタルのテクノロジーが進歩しようとも代替ができないもの。彼の楽曲や演奏には、そんなプリミティブで本能的な要素が詰まっている。

グラスパーの考えるジャズ

先述の通り、ジャズというジャンルにおいてロバート・グラスパーの果たした功績は非常に大きいものがある。では本人は今のジャズに対してどのように捉えているのだろうか。

「ジャズの世界では今、僕自身や過去の人々の実績によって、アーティストはより自分らしく表現できるようになったと思う。若い人たちは自分らしく、自身のリアルや世界に語りかける音楽を演奏できるようになったと感じている。本当のジャズを知るには、年配の人と話をしたり常に過去に起きた出来事について話さなければならない。ジャズはまさに過去について語るツールであり、今や誰もがその過去を振り返っている。そしてそのすべては、原点を学ぶことにある。原点を知ることで、原点と向き合いながら生涯を過ごすことができる。自分らしくあるためには原点を知らなければならないから。そして今アーティストたちは過去や原点を学び、自分たちに正直でいられると確信しているんだ。ジャズシーンをより新しいものにし、より多くの色を作り出していくために」。

過去を知ることで新しい何かを生み出すヒントを得ることができる。これまで歴史上の多くの偉人たちも同じような言葉を残してきた。彼が言うようにジャズは今、間違いなく新たなステージへと進もうとしている。グラスパー自身もまた、ルーツを見つめ直し新たなステージを見据えている。

「僕はアフリカ系アメリカ人だし、僕の先祖が多くのスタイルと音楽を生み出してきたんだ。先祖達が生み出した民族の音楽、遺産、それはとてもクリエイティブなこと。僕はアフリカ系アメリカ人であることをとても幸運に思っているし、僕の祖先が多くのブルース、ジャズ、ヒップホップ、R&B、ゴスペルなどといった多くのジャンルを作り上げてきた。自分の中にあるものはすべて、先祖たちが築き上げたものであり、血と汗と涙の結晶なんだよ。つまり僕はそこから生まれたプロダクトであり、またその一部であることは名誉であり、幸せなこと。それらが今の自分と僕の音楽を形作っているんだよ。今は分からないけど、このまま続けていればもっと多くのチャンスがやってくると思うし、それが何なのか楽しみでもある。でもどうなるか分からないし、期待はしていない。なぜなら僕は決して『こうなりたい』と言わないから。自分を信じて突き進んでいけば、世界が自然と僕を導いてくれると思うんだ」。

インタビューを終えてからポートレートの撮影をする際に、ぜひ彼の手まで入れて写させて欲しいと話した。なぜならこれまで語られてきた彼のプリミティブで本能的な要素は、すべてその手から生み出されてきているから。そう告げるとグラスパーはとても嬉しそうに笑っていた。その姿がとても印象的だった。

ロバート・グラスパーアメリカ、テキサス州ヒューストン出身のピアニスト、音楽プロデューサー。ジャズを基盤にHIPHOP、R&B、SOULなど様々なジャンルを独自のスタイルで表現する。これまでに4度のグラミー賞受賞歴を持つ。現代のブラックミュージックシーンを代表する音楽家のひとり。

ロバートグラスパー
https://www.universal-music.co.jp/robert-glasper/

Photo Kento MoriEdit & Text Shohei KawamuraInterview Shunya Watanabe

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