Interview with Mars89 (DJ / Composer)

マーズ・エイティナインが感じる 東京という街の刺激

計画しきれていない東京という街の刺激
マーズ・エイティナイン

今年3月にランウェイショー形式で発表されたアンダーカバーの2021秋冬コレクション。ウィメンズコレクションの音楽をトム・ヨークが担当し、メンズコレクションの音楽を担当したのがMars89だった。以前から2019年秋冬コレクションをパリで発表した時にも音楽を担当していたり、カプセルコレクションを制作するなど、デザイナー高橋盾から厚い信頼を寄せられている。音楽シーンのみならず、ファッションシーンでも東京発のカルチャーを牽引するMars89。遊び、クリエイションを行うこの東京という場所の魅力について、彼はこう考える。

「ほかの都市と比べて東京に感じるのは、計画しきれていない街という混沌とした面白さ。渋谷駅周辺は資本に支配されかけてますが、新宿から新大久保みたいに様々なエネルギーが集まっている場所もあれば、中央線カルチャーとか、下町の方にいくと市民の力がより強く出ていたり、街ごとにいろんなタイプの刺激があるんです。自分は刺激がないとダメな性格で、常に新しい刺激を求めています。東京はそういった全然違うカルチャーがいくつも共存している状態にある。深く見てみると、そのカルチャーの中にもいくつものレイヤーが潜んでいる。その面白さが好きなんですよね」。

話を聞くと、ほとんどが渋谷近辺を拠点に行動をすることが多いようだ。家も職場も遊び場も渋谷だという。

「文化服装学院に通っていたこともあり、初台とか参宮橋周辺の学校に近いところに住み始めたんです。卒業してからも大体遊び場は渋谷区であったのと、クラブで刺激やインスピレーションを得て、曲のアイディアを思いついた時に、すぐ作業に取り掛かりたい。だから、すぐ家に戻れる場所に住むのも僕にとっては重要なんです」。

自転車で動ける圏内での
居心地のいい生活

刺激があって、遊び場と家をすぐに行き来できる場所ということが、Mars89にとって渋谷を拠点にする理由である。また、家や職場、遊び場を移動する手段は、ほとんどが自転車であるという。この取材当日もかなりの雨であったが、ゴアテックス生地のC.P. COMPANYのアウターに身を包み、自転車に乗って現れた。

「電車が大嫌いで。できるだけ自転車で移動したいという思いで、新宿、渋谷が生活圏内になったんです。気分を変えたかったら自転車ですぐ下北の方に行けるし、中野の方にも行ける。自転車で行ける範囲内で生活するのが自分にとって居心地がいいんです」。

最近は、コロナウイルスの影響によってクラブが閉まっていることで、以前のように刺激を受けられていない現状が続く。コロナウイルスによってオンラインサービスがさらに普及したことで、音楽イベントやDJをネット上でライブ配信することも増えてきた。Mars89もコロナ禍の初期はそういったオンラインでのライブ配信をよくやっていたが、今はそれも減ったようだ。

「やっぱり、フロアにお客さんがいないと全くやる気が起きなくて。誰もいないフロアに向けて音を出しても、あんまり気分が乗らないし、精神的に来るものがあった。汗だくのお客さんや、誰かがトイレで吐いた臭いだったり、前は嫌だったものすら最近は恋しくなってます(笑)。それでも新しく見つけた曲だったり、刺激を得られるものはネット上でも転がっているんですが、エネルギーのぶつかり合いみたいなものは中々ないので、早くそこを回復させたいです」。

外に遊び場がなくても
家で刺激を求め続ける

外で遊べない反動で、最近は家で曲を作っている時間が増えたと話す彼。家での過ごし方として、SFを中心とした小説を読んだり映画を観たりすることが好きで、これまでも作品から得た影響から曲を作ったりしていたようだが、このコロナ禍で新たに始めたことといえば、ゲームだという。

「映画はほぼ毎日観るんですが、観るジャンルも限られていった。外に出られないし、家で何かできることはないかと考えた時にゲームに行き着いたんです。新しい世界と接して、自分なりに作品を作るということを家でずっとやってきたんですが、残っているのはもうゲームくらいしかなくて。PS4のソフトで“サイバーパンク2077”というゲームがあるんですけど、それをずっとやってました。舞台は未来で、大企業が支配するアメリカ西海岸みたいな場所なんですけど、日系企業がのさばっていたり、ゲーム内にいろいろな名作SFのオマージュが入っていて、キャラクターにキアヌ・リーブスが出てきたりと結構面白い」。

音楽だけではなく、様々な文化を通してインスピレーションを得ていく。そうやって、Mars89の世界観は作られているようだ。

2021年10月下旬に行ったプロテストレイヴでは、渋谷駅ハチ公口にDJブースを設置。政府による日本学術会議への不当な人事介入に対する抗議を音楽デモという形で表現した。
Photo Toshimura
自分が自分の思うように生きることで
周りの意識を変えていく

キャリアやセンス、シーンでの評価の高さを見ても世界中で活動できそうだが、彼はとことん東京から発信することにこだわっている。

「僕が曲を出しているレーベルもヨーロッパが多いので、よく『拠点をヨーロッパにしないのか?』と聞かれることがよくあります。もしかしたらヨーロッパに行くことでチャンスはあるかもしれない。でも、東京や日本で活動して限界を感じた人たちが海外に行ってしまう流れがこのまま続くと、結局いつまで経っても日本はそこを越えられないままです。出て行かなくても、そこを越えられるようにしたい」。

話をしていると、Mars89は自分だけではなく自分の周りや社会のことをよく考えていることがわかる。2019年から不定期的に行っているサウンドデモ、プロテストレイヴもまさにそういった社会を良くしたいという考えからの行動だ。踊ることで自己表現することの大切さを知る。それを目的に、渋谷の路上で行われた1回目のプロテストレイヴではDJブースを設置したトラックの上でプレイし、参加者は1000人を超えた。昨年、10月末に行われたプロテストレイヴは、渋谷駅のハチ公前にDJブースを設置し、政府による日本学術会議への不当な人事介入に対しての抗議を表した。

「何年か前にハロウィンで盛り上がった人が、トラックをひっくり返したというニュースがありましたよね。それくらいみんなエネルギーが有り余っているけれど、普段は抑えつけられているから、そういう時に噴出する。抑えつけなければ、トラックなんてひっくり返さなくても、そういったエネルギーを別の方向に向けられるはずなんですよ。だから自分が自分の思うように生きることで、それを見た人たちが、『もっとのびのびやって良いんだ』って思ってもらえたらいいなって思います」。

Coat, Mask by C.P. COMPANY
「元々、文化服装学院でファッションの勉強をしていた時からアーバンテックウエアが好きでした。自分が好きなデザイナーで、アイター・スロープがいるのですが、彼がコラボをしていたことをきっかけにC.P.COMPANYを知りました。山とか自然環境での着用に向けるわけではなく、都市生活者の服として機能性を追求しているところが良いなと思っています。自転車が移動手段の僕にとって、夏場はゲリラ豪雨も多いんですが、そういう時でも天気に負けていられない。防水のC.P. COMPANYを着て、雨がひどいとゴーグルもつけて普通に自転車漕いでます。それに、80年代後半から90年代くらいのマンチェスターの方で、アシッドハウスとかのレイヴでC.P. COMPANYを着ているのがステータスだった時代もあったり、フーリガンがゴーグルつけて顔隠していたり。カルチャーと結びついている点も魅力を感じています」。

Mars89
英国のクラブカルチャー誌“mixmag”のカバーを務めるなど世界的にも評価の高いDJ。UNDERCOVERのショーやLOUIS VUITTON 2019AWの広告映像の楽曲も手がけ、ファッションシーンからも注目を集める。

Photo Yusuke YamataniInterview & Text Takayasu Yamada

Related Articles