Interview with Aimi Sahara (Tu es mon Tresor)

佐原愛美が考える 「Respect for Heritage」

建築家吉村順三の設計による1977年に竣工した熱海の個人邸宅が2022年夏に改修工事を終え、あるブランドによって一般公開された。77年、女性実業家とその家族の依頼を受け吉村が手がけた邸宅は、かつてみかん畑だったという緑あふれる高台に建ち、雄大な太平洋を望むことができる。建物に入れば、隅々まで計算され尽くしたモダンなしつらえとピエール・ジャンヌレをはじめとするモダニズムの時代のデザイナーによるヴィンテージ家具が出迎え、45年の時を経てもなお、居心地の良さは当時のままだ。

「この家は築45年。すぐに変えることを考えるのではなく、まずは家を体感するということからはじめました」。そう語るのは、この建物の改修、そして内装や家具のディレクションを担当したデニムブランド“Tu es mon Tresor (トゥ エ モン トレゾア)”のデザイナー佐原愛美だ。長年かけて培われたアートや建築、デザインへの深い関心が、このプロジェクトへとつながったのだという。「ここは本当に素晴らしい建築ですし、改修を任されたことはとても光栄でした。ただ、同時にデニムブランドとしての自分達の活動とはどう繋げることができるのだろうという課題もあった。でも、過去の資料などに触れていく中で、そもそも建築は生活の上に成り立っているもの。その風景の中に内装や家具、そして服も存在するのだと感じ、吉村さんはそうした広い視野で建築を捉えていたのではないかという考察に辿り着くことができました。だから建物はなるべくあるべき姿を尊重し、そこに今を生きる私たちなりの表現を加えることにしたんです」。壁は漆喰で塗り変え、床は絨毯を張り替えたが、いずれもかつての姿に戻すようなアプローチで改修を行い、そこに吉村と同時代に生きた建築家やデザイナーによる家具をレイアウトし、ニューヨーク在住の女性写真家ジェナ・ウェストラの写真を飾った。そして、暮らしの風景の1ピースとして、植物から抽出された自然の染料で染めた新作のデニムが加えられ、「サマー・レジデンシー・ショップ1977- (イチ・キュー・ナナ・ナナ)」が開かれた。「改修という行為はよく“リストア”や“リノベーション”という言葉で語られますが、私たちにとってはいずれの言葉もしっくりこないんです。この建物は何十年も残ってきたし、この先も残っていくべきもの。でもそこに人が存在していなければ、建物自体が生き生きしているようには見えないんです。そこに足を運んでもらい、デザインの魅力や心地よさを体感してもらう。強いて言えば歴史に“活力を与える”“イキイキさせる”という意味で“re-energize”という言葉が、私たちが目指していたことに近いかもしれません」。デニムデザイナーが歴史的名建築の継承を考える過程で見つけたこと。それは、ブランドのクリエーションにも大きな影響を与え、世界観を大きく広げていく。吉村順三による時代を超越するデザインが佐原に与えたもの。そして生まれたカラーデニムの軌跡を辿り、ヘリテージについて考えたい。

絨毯の色から生まれた
草木染めのカラーデニム

1000坪の敷地に建つ地下1階・地上2階建ての邸宅。佐原が最も感銘を受けたのは、絨毯だった。「最初にここに来て、絨毯を見た時に真っ先に“この風景だ”と思ったんです。明るさを抑えた建物北側の玄関を通って居間に抜けると、大きな窓から陽の光がドラマチックに射し込む。玄関にはレンガと調和するような赤の絨毯、居間には窓の外に広がる芝生に繋がっていくような緑の絨毯と、それぞれの空間を引き立てる色が選ばれています。そんな色鮮やかな絨毯がもたらす視覚効果に感動して、色への興味が湧いてきました」。褪せた色の絨毯の中に当時の色が採取できる一片を見つけ、1935年創業の老舗カーペットメーカー山形緞通へと持ち込んだ。居住空間に絨毯を用いることが少なくなかった吉村と縁が深かった会社で、当時の絨毯の発注書をはじめさまざまな色見本を頼りに、当時の印象を残しながらも現代に寄り添える色合いの絨毯を各部屋にあしらった。「各部屋の絨毯の色から得られる高揚感に、77年の当時はどんな感覚だったんだろうと想像をして。どれもくすんで落ち着いているのに、鮮やかな色でとても日本らしく、窓から入る光や風景に自然と馴染む。吉村さんが生活する人がどう感じるのかを大事にされていたことを色使いから感じました」。こうして建物の改修が進むにつれて、色への関心は加速。自然が豊かな熱海という土地に親しんでいくなかで草木染めへの興味も高まっていった。「ここで絨毯に出会っていなければ、きっとカラーデニムを作らなかった」と言うほどに、惚れ込んだ絨毯の色彩をデニムに落とし込むため、友人で染色家のシャネル・ウエヤマとともに染色に取り組みはじめたが、「草木染めはコットンや絹のように透ける生地や、ニットなどのフワッとした糸だと綺麗な色を発するのですが、デニムの生地は分厚く綾織りで影ができるため光を吸収してしまい、色が沈んで綺麗に見えなかったんです」と試行錯誤が続いた。「行き詰まった時、ここに来て絨毯に目を向けたらふんわりとした絨毯の1本1本の糸が光の効果でべロアのような質感のように見えたんです。『ああ、光を受けて色は輝くんだな』と思い、それから色の効果について勉強して、何度も何度も染色や焙煎、洗いを行うことで、デニムの生地に毛羽立ちが生まれ、そこに光が反射することで色が生き生きと綺麗に見えるようになったんです。通常、染色作業は数日ですが、今回は仕上がるまでに数週間かかるものもありました。筆で染料を重ねていくことで色の濃淡による奥行きをつくるなど、とても手間と時間がかかる作業でした。また、吉村さんの絨毯の色の組み合わせに倣って、補色を重ねていくことで色の深まりを生むことができました」。

男女の体が変化する現代に馳せた
初のユニセックスデニム

こうして誕生したカラーデニムは邸宅の一般公開とともに初披露。空間と馴染む優しい色合いのカラーデニムがグラデーションで並ぶ様子は来場者を魅了したが、これらは全て染料のレシピをとることなく制作した一点もの。再現が難しいと思っていた矢先に、ドーバーストリートマーケットギンザの依頼を受けて、佐原は再び草木染めのデニムの制作に取り掛かる。「熱海での経験があったので、その学びをもとに今回は宝島染工の大籠千春さんとレシピをとりながら取り組みました。ドーバーストリートマーケットギンザの空間や、そこに集まる人を想像して、より強いデザインに挑戦しようと考え、色のグラデーションで一枚の抽象画のように見せるデニムを目指しました」。抽象表現主義の画家マーク・ロスコの手法からもヒントを得た。「ロスコの絵画はテクスチャーの異なる染料や顔料を、薄塗りで幾度にも重ねる手法で描いていると知り、そのメソッドをデニムにも活かしたいと思いました。4種類の色のバリエーションを制作しましたが、色に奥行きを出し、テクスチャーを変えられる墨で最初のベースは染めています。同じように全バリエーション共通で加えたのが、着る薬と言われる阿仙薬の染料です。昔からカテキューという名前で知られていて、ベージュやカーキのような色合いが特徴です“。着て病気を避ける”と言い伝えられている染料で気薬とも言われ、そういう背景やストーリーも含めて使いたいと思いました」。染めに加えてもうひとつの新しいアプローチが、ユニセックスのシルエットを開発したこと。「熱海には男性の方もたくさん来場してくださったんですが、ご要望があっても履いていただけるものがなかった。何かブランドと関わりたいと思ってくださったのに申し訳ないなと思っていた矢先だったので、男性も履くことができるデニムに挑戦してみることにしました」。イチからひいたパターンにも、佐原らしい視点がある。「最近の若者を見ていると、男女で体つきが似てきている気がしていて、男性は腰まわりが細くなっているし、女性のお尻もスッキリしている。古い建築ではドアの寸法が今より小さくて、頭をぶつけてしまうことがあります。人間の体が大きく変わってきた現代に合ったユニセックスデニムを考えたくて、男女の体を重ねてパターンをとることにしました」。男性が履くとスッキリし、女性が履くと少しゆったり。自然と現代の潮流に寄り添うものづくりが実現していることは、面白い。

芝生と同じ若草色の絨毯が広がるリビング。ピエール・ジャンヌレの切り株のテーブルを囲むのは、ホアキン・テンレイロによるイエローのソファとアームチェア。サマー・レジデンシー・ショップが終わってから加えられた壁沿いに置かれたキャビネットは吉村順三がデザインしたもの。

通気窓以外の全ての窓には、障子が備え付けられている。「吉村さんの障子は、面と線だけが意識される、まるでミニマルアートのよう。日本人建築家だけど西洋の建築の歴史や文脈とも繋がっていると感じさせる」と佐原。屋根の銅板は当時のまま生かし、外壁のレンガはそのままに、杉板は貼り直したり、サッシは塗り替えたという。
吉村建築でこそ生まれた
「トレゾア」の新しい世界

「表現は大きく変わりましたが、“女性のためのデニム”というトレゾアの芯は変わりありません。ブランドを始めた頃から今にかけて、大きくジェンダーの捉え方が変化しました。そんな中で、フェミニニティの表現をこれまでとは別の方法で、より深く追求できるようになったと思います」。佐原は、2010年に「トゥ エ モン トレゾア」をスタートし、2020年にリブランディングを図っている。ものづくり、デザイン、ヴィジュアルの表現方法などあらゆる面をより女性のためのデニムという原点のコンセプトへと集中させたが、今回ここに色の表現という強みが加わりブランドはさらに存在感を高めたように思う。吉村の邸宅が与えた影響は、色だけではない。「吉村さんは、経済性に優れた素材を好んで使われていたようです。そうした素材を、いかに審美的にも機能的にも優れたものに仕上げるか。それぞれの窓の寸法に最適に合わせた障子の堅子と横子の比率や、細い枠に見てとれる丁寧な木工にその答えを見つけることができます。そして日本特有の風土や精神、技術を生かし、そこで生活する人が喜びを感じられるデザインにするために、吉村さんは全体から細部に至るまでこだわっている。そういった素晴らしい仕事を後世に残してくださったこと、デザイナーとして心から尊敬しています。同じように、デニムにも昔からコットンという経済性に優れた素材が使われてきました。補色効果でインディゴのブルーをより綺麗に見せるオレンジのステッチや、機能的な5ポケットなど、長年受け継がれるデザインのヒントに気づくことができたと思います」。どこにでもある普遍的なジーンズというデザイン。そこに、いかに「トゥ エ モン トレゾ ア」らしさを吹き込むか。曲線的なボディラインを隠すのではなく補うパターン、女性の体の周期的な変化に寄り添うバックベルトや爪先のネイルを損なわないジッパーフライ、鮮やかな色のボタンホールなど、女性のための機能性を追求する佐原だからこそ、吉村建築の細やかな機能美に大きく心を揺さぶられたのだろう。「今の時代、ゼロから作られる物はほとんどありません。2020年代があるのは00年代、90年代、80年代、70年代と時代が繋がってきたから。先人がつくったものが蓄積されて今が作られているんです。そういう時代にデザイナーとしては良いものを受け継いでいきたいですし、変化が必要なものは変化すべきだと感じます」と言い、時代を超えて受け継がれるヘリテージについて最後にこう語った。「表層的なものは時代とともに変化しますが、この空間で感じた『なんて気持ちがいいんだろう』という感動は、45年前にこの家を訪れた人も同じだったんじゃないかな。人間の根源的な感情は、時代を超越します。そこには、デザインのためのデザインではなく、人間が生きる上で必要な機能や感情のためのデザイン、そんな人間的な必然性から生まれたデザインが存在するように思います。無意識に感情が呼び起こされる、そういうデザインは時代を超越し、この先もずっと無条件に愛されていくのではないでしょうか」。

「昔はフローリングより絨毯の方が安価で、空間ごとの雰囲気を変えるのに吉村さんが使われていたようだ」と佐原。サンルームにつながる、書斎は落ち着きのある深青の絨毯が敷かれている。

ドーバーストリートマーケットギンザからの依頼を受け、同店限定で展開した草木染めのデニム。マーク・ロスコの手法から着想を得て、染料と顔料を幾重にも重ね奥行きのある色合いや生地の表情を作り出している。下は熱海で展開した草木染めのデニムに用いた桜の木とウメノキゴケ。染色家自身が材料の収穫も行なっている。

熱海で展開した草木染めのデニムに用いた桜の木とウメノキゴケ。染色家自身が材料の収穫も行なっている。

佐原愛美
1985年生まれ。2010年にデニムブランド「トゥ エ モン トレゾア」をスタートする。プレタポルテなどの展開を経て、20年にデニムブランドとしてリローンチ。ニューヨークを拠点に活動する女性写真家ジェナ・ウェストラとのコラボレーションなど、写真や建築、デザインなどの視点から女性デニムの解釈を広げている。

◯ Tu es mon Tresor
https://ja.tu-es-mon-tresor.com/

Photo Keiichi SakakuraInterview & Text Mio KoumuraEdit Shohei Kawamura

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